40 砦の未来
第三部終了です!
ブライアン伯父上は温泉水をお土産用として大量に持ち帰った。
王都で温泉水の増毛効果の噂が広がり過ぎて対処しきれなかったからとりあえず追加で汲みに来たのではないか、と穿った見方をしたくなってしまった。
シーナは問題の魔術具の手袋の処分方法を見届けるために大聖堂島に行ってしまった。
転移魔法を隠しているシーナがどうやって旅だったかというと、タオパイパイ飛行方法だった。
トニーとシーナは砦周辺に不審者が現れた時の移動方法を事前にいろいろと練習していたようでその中で最も早く移動できた方法がトニーを投げてシーナがジャンプで捕まえる方法だった。
話を聞いた子ども達が実演を見たい!と熱望するといろいろな方法を実演してくれた。
パルクールのように単独でジャンプしながら移動するより相方を飛ばして自らジャンプして捕まえる方が速く移動できた。
なお、僕達が真似をする事は禁止された。
あれは投げられたトニーもトニーに飛びついたシーナも風魔法で揚力を得ている。高度な風魔法が使えないと真似してはいけないらしい。
そもそも単純に投げ飛ばされても風魔法が使えなければ着地で地面にめり込むだろう。アップウの呪文を使えば何とかできそうだが、セドリックの手前やってみようとは思わない。
風魔法で制御できるなら別に人間を投げて飛びつかなくても適当な物を投げて飛び乗ればいいじゃないか、と提案すると即採用された。
そんなわけで、シーナは荒野で波乗りをしたサーフボードを改造してタオパイパイのように大聖堂島に飛んでいった。
シーナを見送った後、僕達は砦の外のカモミール畑に来ていた。
「いやぁ。シーナ様は素晴らしい」
シーナが飛んだ感動を反芻するようにサイラスが呟くとローラさんは頷いた。
「シーナ姉様に憧れる緑の一族の女の子たちは多いですよ。私はシーナ姉様の娘さんとも姉妹契約をしているので幸せ者です」
既婚者だったのか!とセドリックとサミュエル叔父と青年アダムと亀甲縛りの男は驚き、サイラスと一部の護衛騎士達が衝撃に言葉を失った。
亀甲縛りの男は首に質問された事しか答えられない魔術具のチョーカーをしていたので猿轡は外されていた。
亀甲縛りは僕が教えた罪人用の縛り方ではなく、なんだか複雑な縛り方に変化していた。
誰が縛り直しただろう?
サミュエル叔父か夜のお店に通い詰める独身騎士が自分好みに縛り直したのだろう。
「親子二代と姉妹契約ってよくあることなの?」
僕の疑問にローラさんは首を横に振った。
「シーナ姉様と姉妹契約を結んでいた私が偶々世界中を旅する養蜂家になったから世界中の薬草を研究したがっていたアンナちゃんと姉妹契約を結んだのです」
「女性の一人旅は危険がいっぱいだからローラさんは強くなったのですか?」
戦い続けているから強くなったと勘違いしているセドリックの疑問にローラは笑顔で首を横に振った。
「いえいえ。護身術の基礎しか学んでいない私はちっとも強くありませんよ。あの時だってアルフレッド殿下とノンちゃんが即座に飛び蹴りを入れてくださり騎士の皆さんが取り押さえてくださいましたからなんとかなったのです」
ローラの言葉に亀甲縛りの男は頷いた。
いやいや、あんたはローラさんにぶっ飛ばされたよ。
「私は基本的には親族を頼って旅をしていますから単独で行動する事はほとんどありません。シーナ姉様が迎えに来るまで親族のキャラバンに同行していました」
「王都の門番をした事があるのですが、私の印象では薬売りの行商人に緑の一族出身者が多いですね。美しい黒髪が印象的で覚えていました」
フサフサの髪の毛を風になびかせたバーニーの言葉に、そうなんだ、と言いながらみんなフフっと笑った。
ずっと気にしていた薄毛が直って良かったね。
亀甲縛りの男は羨ましそうにバーニーの頭頂部を見た。
温泉水の効果でまだらに爛れていた箇所は現在、綺麗な皮膚に治っているが、毛髪は生えてこずまだらハゲになっている。
「毛根が死滅してしまうとやっぱり毛は生えてこないのですね」
亀甲縛りの男の頭頂部を見ながらサイラスが呟いた。
「温泉水をかけながらアダムが呪文を唱えても生えてこなかった。皮膚の損傷が激しいと、どうやら無理そうだ」
サミュエル叔父の説明に掌の精霊達が、違う!と淡く一回光った。
青年アダムが精霊素を集めても仲間を殺された精霊達が精霊素を蹴散らして邪魔をしているのかな?
掌の精霊達が淡く二回光った。
「個人差もあるから別の人で試してみないとわからないよ」
「まあ、そうなんだが。ここにいるのはほとんど騎士ばかりだ。彼らは兜のお陰で頭部に傷がないが蒸れて薄毛になっている。その薄毛の騎士達ももう産毛が生えてきてしまった」
「体毛のどこかで試してみるのもいいかもしれませんね」
「体毛を濃くしたい騎士がいるだろうか?」
サイラスとサミュエル叔父のやり取りに護衛騎士達は首を傾げた。
「毛根が逝ってしまっても生えてくるかの検証の役に立たないならブライアン伯父上はこの男の処罰をどうするんだろう?」
僕の言葉に亀甲縛りの男の顔面が蒼白になり、掌の精霊達が嬉しそうに淡く光った。
精霊達の狙い男の検体としての価値を下げる事だったのか。
「もう教会には所属していないから何の交渉材料にならない。生かしておく価値もないだろう」
サミュエル叔父の言葉に護衛騎士達は頷いた。
「癒えた傷が毎日同じくらい元に戻る検体としての価値がありますからしばらく処分は保留でしょうね」
トニーの言葉に男は安堵の吐息をついた。
「それでは始めましょうか。足を出しなさい」
トニーの言葉に騎士の一人が亀甲縛りの男が前に出した足のズボンの裾をまくった。
男の脛はまだらに爛れたままだった。
青年アダムが男の脛に温泉水をかけると見る見るうちに皮膚が綺麗に治った。
「うむ。カモミール畑ではまだ温泉水の効能がそれほど薄れないな」
僕達がカモミール畑に来た目的は温泉水の効能の検証のためだった。
「それじゃあ、もう少し遠くまで行ってみようか!」
僕は収納ポーチから僕とノンのサーフボードを取り出した。
そうなのだ。
本当の目的はまだ灰だらけの原野で波乗りを楽しむためだ。
「温泉水が吸収されないように土魔法で地面を固める。……そうそう、いい感じだ。ここに温泉水を流して……」
トニーは土魔法と水魔法の心得のある騎士達に指導した。
今回、僕がアップウの呪文を使うのではなく騎士達の土魔法と水魔法でサーフィンをするのだ。
「こんなに少なくていいのか?」
水たまりの上にサーフボードを載せるとサミュエル叔父が訝しそうに声を上げた。
「殿下。温泉水は魔法を行使しやすくするための潤滑液です。実際には土魔法でうねりを作ってこの板を流すのです」
トニーは自分のサーフボードを取り出して実際に乗ってみた。
波のようにうねった灰が温泉水ごとトニーの乗ったサーフボードを動かした。
最近トニーに会えないのは真面目に仕事をしているからだとばっかり思っていたのにこんな魔法を研究していたらしい。
サイラスとセドリックは目を輝かせてトニーを見ている。
戻ってきたトニーは僕とノンの足元の温泉水を動かした。
「ヒャッホー!」
「……!」
僕とノンが波に乗って原野を滑るように進むと、お見事です!と騎士達から声が上がった。
ぐるっと大きくあたりを回って戻ってくるとサイラスとセドリックと交代した。
「始めは小波で練習します。落ちないようにバランスを取っていたに乗っているだけでいいです」
トニーの指導の元サイラスとセドリックはトニーのボードの乗っているバーニーと一緒に練習した。
「これはいいな。少量の温泉水でこんなに楽に移動できるのなら灰のだらけの荒野を走れる馬の数が限られているから滞っていた物流もよくなる」
初心者でもすぐに乗りこなせるようになった三人を見てサミュエル叔父はほくそ笑んだ。
「ここで取れる野菜はね。間違いなく世界で一番おいしい野菜だ」
サミュエル叔父の言葉に僕とノンは頷いた。
「種をよその土地に植えても温泉水がないからここまで美味しくなるとは思えない」
僕の返答にサミュエル叔父は頷いた。
「ここで生産される物は希少価値が高いけれど、生物だからここで消費するしかない。だが、人はね、こう言った希少価値が高いものにとてつもない値をつけるんだ」
サミュエル叔父の話はおおいに納得する部分があった。
「美味しい、珍しい物に高い価値が付くのは理解できます。でも、ここで育った野菜や果物の本当の価値をここで暮らしている僕達には理解できないんですよね」
サミュエル叔父は、わかってくれるか、と頷いた。
「毎日、最高の癒しの湯に入れる我々ではここで育った野菜を食べる事で得られる健康の効能を全く知り得る事ができない」
青年アダムとノンは僕とサミュエル叔父の会話の意図に気付いてハッとした。
「僕は地産地消を目標にしていましたが、移動距離で効能が減少してしまう温泉水とは違い、ここで生産される物は神々の恩恵を損なうことなく市場に流通させられるのですね」
僕の説明にローラさんの瞳に涙が溜まった。
「そうです!それが、私が養蜂家になろうと志した動機です。地上のあらゆる神々の恩恵を終結させたのが蜂蜜なのです!」
「あらゆる自然の恩恵を受け植物が育ち、次世代へとつなぐ花を咲かせる。蜜蜂はその花を結実させるための受粉の補助をしつつ集めた蜜で栄養豊富な蜂蜜を作る。そう考えると何年経っても腐敗しない蜂蜜は神々の恩恵の結晶のような物なんだね」
僕の掌の精霊達ばかりではなく周囲の精霊達が賛同している気配がした。
「うむ。生野菜は蜂蜜のように長期保存はできないが、王国の守りの結界の中で育った物の一部を王国内に流通させるのは神々の恩恵を結界内に行き渡らせると考えると理に適っているな」
蜂蜜への情熱を僕達が理解した歓喜の念を押さえが効かなくなった精霊達が一斉に光を放った。
四人の王族を護衛する騎士達と重罪犯を護送する騎士達で大所帯になっていた荒野をたむろする僕達の周辺に光を点滅する精霊達が飛び回った。
サーフィンの練習をしていたサイラスとセドリックとバーニーがバランスを取るのも忘れて辺りを見渡すと、トニーは魔法の波を消した。
ヤバイよね!
この事態をどう説明しよう!
「やっぱりこうなってしまったのね!」
上空からシーナの声が聞こえたかと思うと、サーフボードに乗ったシーナが僕とサミュエル叔父の間に着地した。
「精霊達は砦で生産された作物のうち、ここで消費されない余剰分が王都に流通する事になるのを歓迎しているわ」
「……シーナ殿。さっき見送ったばかりなのに、もうお戻りになったうえ、アルフレッドとの会話の内容をご存じなのですね」
「ええ、ここの流れは占いで読めていました。ああ、れいの魔術具は完全に燃やし尽くし、残った灰を教皇猊下が厳重に保管するのを見届けてきました」
シーナの言葉に亀甲縛りの男のこめかみがピクピク引きつった。
「あんな魔術具にまだ固執しているなんて反省が足りないわね。************……」
シーナが長めの呪文を唱えると亀甲縛りの男の古傷が復活した。
「あああああ!検証の途中だったのに!」
「大聖堂島の聖水を汲んできたから、今すぐそれをあいつにぶっかけたいのです!」
「あいわかった」
汲みたての大聖堂島の聖水の効能を試したいシーナの意図を察したサミュエル叔父は、亀甲縛りの男にぶっかけられた聖水の効能を黙って観察をした。
「……これは何も効いていませんね」
サイラスの言葉に亀甲縛りの男は何度も大きく頷いた。
「はいはい。これ以上の検証は明日以降に持ち越しです」
トニーはそう言うと亀甲縛りの男に温泉水を頭からぶっかけた。
「うーん。この検証が長引くと、私が砦に滞在する言い訳になるから、まあ、いいか」
サミュエル叔父上の言葉に青年アダムが笑顔で頷いた。
こうして、ヘンタイサディストだと思い込んでいた叔父との砦の生活は延長される事になった。
軽い熱中症だったのに自覚ないまま作業をしたらとんでもないことになった第三部でした。
エアコンがあるのにまだ付けなくても大丈夫だと思っていたら、何となく体がだるくなり頭痛がしたのにそのまま作業を続けていたら手に持っていた物を何度も落ちすようになり、ようやく熱中症を疑いました。
まだまだ暑い日が続きますので皆様ご自愛ください。




