第210話 頬を伝う涙
ペルセポネはベッドに座りながらエリーの描いている絵をぼーっと眺めていた。
「……ねぇ……エリー?
貴女は人間の成長途中の姿……なのよねぇ?」
エリーは絵を描くのを止めペルセポネの方を向く。
ペルセポネはそんなエリーの姿をまじまじと見つめる。
───弱々しくて見ていると不安になる小さな身体……ふにふにとした繊細そうな皮膚は突いたら今にも破けてしまいそうで何だか居心地が悪くなる。
「うん。エリスお姉ちゃんも言ってたけどペルセポネお姉ちゃんの世界には子供いないの?」
「……そりゃそんな非力で居られたら非効率だものぉ。
成育ポットの中で成熟させてから世に出した方が死傷率も下がるでしょぅ?」
ペルセポネは首を傾げるエリーに苦笑いを浮かべる。
エリーは所詮データインプットもしていない原始人の幼体……こんな話をしても無駄だろうとため息をこぼそうとする。
「でも……私はもっと早く皆と仲良くなりたいよ?
皆とお外で色んな事たくさんしたいよ?」
「……え?」
「だって……明日も楽しい事がたくさんなのに家に居たらつまんないもん!」
そう言って満面の笑顔を浮かべるエリーにペルセポネは無意識に微笑んでいた。
「……確かに……詰まらないのは嫌ねぇ。」
孤児院という施設での出来事を「それでね!それでね!」と必死に説明するエリーの顔をペルセポネはじっと見つめる。
両手両足を拘束されているのにペルセポネはエリーとの会話に楽しみを感じていた。
敵に加虐する事で喜びを得ていた時とは異なる、柔らかな楽しさ。
言語化出来ないそれが何だか可笑しくて……愛おしい。
───非効率の塊のような存在……子供。
けれど未来ではけして感じられなかった感情にエリスが何故裏切りの道を選ぼうとしたのかが少し理解出来た。
……守りたかったのだろう……彼女が話した明日の楽しい事を。
(実はもうナノマシンでスーツ直ったし何時でも脱出出来るんだけど……このまま黙って捕虜続けてよぅ。)
「───私も、楽しいのは大好きよぅ。」
無意識にペルセポネはエリーの頭に手錠で繋がれたままの手を置いていた。
そうするとエリーは嬉しそうに目を細めた。
「後ね!エリスお姉ちゃんが約束してくれたの!私達を絶対守るって!」
「……ふぅんそうなの。───じゃあその約束を果たせなかったら嫌いになるの?」
「ううん!もう大好きだから……大好き!」
「あはは!なあにそれ!」
ペルセポネは此処に来て始めて心の底から笑った。
意味の無い無駄な会話。でも楽しい無駄。
「私ねエリスお姉ちゃん大好きなの!」
「ふぅん……あの堅物エリスをねぇ……」
「あ、でもペルセポネお姉ちゃんも好き!」
「……へぇ……まだ数時間しか話してないのに、もう好きなの?」
「うん!」
「……そっか……そうね。あぁ……なるほど……だからエリスは……」
───自身を好きな存在を消す事は難しいのだと分かった。
おそらく、エリスが至った感情も。
「───じゃあ貴女の好きに免じて、私もエリーの事は守ってあげる。他は知らないけど。」
そう呟くペルセポネの表情はとても穏やかだった。
未来では既に失われてしまった感情……微かに芽生えたそれは……母性と呼ばれていた。
───
地球に向け移動するアスガルドの中でネメシスに向け一人の少女が質問をする。
自身の目的はマザーブレインが齎したこの過去世界の破壊による救済。
しかし───記憶に穴が空いたように違和感が拭えない。
故に自身のこれからを誰かに委ねたかった。
「ネメシス。───私はどうすれば。」
「……このままメカニカルワルキューレを叩く。貴女も戦闘の準備をしておきなさい……」
「……お言葉ですが、所詮は過去の遺物。
……簡単に片付くのでは?」
「敵は別世界から技術提供を受けている。油断はデウス・エクス・マキナであっても命取りと知れ……
───エリス。」
「はい……ネメシス。このエリス……」
その時……エリスの脳裏に一瞬ノイズがよぎる。
──私……エリ 大 き
「……えっ……?」
存在しない筈の雑音だらけの記憶に思わず頭を抱える。
「……どうしたエリス。」
ネメシスは突然頭を抱えたエリスを横目に見て質問をする。
「……いいえ。このエリス。マザーの与えし任務を遂行してみせます!」
ノイズを無理矢理払いのけるとエリスは地球を見つめる。
未来とは違う、青く綺麗な惑星……初めて見るはずのその星は、何処か懐かしく思えた。
───無表情でネメシスの斜め後ろに佇むエリスだったが、そんな彼女の頬を涙が静かに伝う。
しかし……エリスは自分の流した涙に気付けなかった。




