第207話 光の軌道
ペルセポネはゆっくりと瞼を開いた。
「あれ……私……こんなところで何を……」
目に映るのは白いが未来の様に無機質な白ではなく、ガラス窓から日光が差してクリーム色に見える温かな白い部屋。
そしてふかふかで温かな毛布とベッドに思わず深呼吸をする。
「確か……ヴァルキリーとヘルに負けちゃったのよねぇ……あーあ、屈辱だわぁ。」
口では小言を言ってみるものの、思いのほか怒や恨みが湧いてこなかった。
「まさか……このデウス・エクス・マキナである私が千年前の原始人に負けちゃうなんてねぇ……ふふっ……あはっ。本当に無っ様ぁ〜」
言い逃れのできない完全敗北に我ながら馬鹿にしてみる。
それでも湧き上がるのは負の感情ではなかった。
───楽しい
これまで無機質な完全管理された未来では経験出来なかった敗北という新たな刺激にペルセポネは無意識に笑みを浮かべてしまう。
───この世界にいればこれからも沢山の刺激に出会えるのではないか……そんなワクワクを胸にペルセポネは……
「……それにしても……お腹空いたわねぇ……ちょっと〜誰かいないのぉ?」
手足を拘束された状態で一人だったペルセポネは部屋の外に声をかけてみる。
しばらくすると小さな人間がひょっこりと顔を覗かせた。
「あら、可愛いおチビさん?
レーションか何か持ってない?私空腹なのよぅ……」
「───れーしょん?
……よく分からないけどお腹空いたならハカセ達に頼んで何か持ってこようか?」
小さな人間……もとい少女はそう言うとパタパタと走っていってしまった。
「あ……私好き嫌い多いから不味いもの持ってきたら許さないわよぅ〜?」
ペルセポネは既に閉じた扉に向かって叫んだもののその声は誰にも聞こえなかった。
───
「あら、早かっ……!?」
扉が開かれ少女が顔を覗かせたのを見てペルセポネは笑みを浮かべたものの次の瞬間硬直してしまう。
少女の後ろから先ほど自身を倒したリリィとアリアまで付いてきたからだ。
「あ、アンタたち!!」
ペルセポネは構えようとするも拘束されていたため何回か藻掻いてから諦めて脱力した。
「───で。
私を殺すか尋問でもしに来たのかしらぁ?
メカニカルワルキューレ?」
ペルセポネは少しだけ怒気を強めて二人を睨み付ける……しかし───
「いや、アンタが起きたって聞いたから、謝っとこうと思ってよ……悪かったよペルセポネ。」
アリアが頭を掻きながら本当に申し訳なさげに言うものだからペルセポネは困惑を隠せなかった。
「……は?……何を……」
「いや、一応作戦だったとはいえ……アンタの事ババアだとか行き遅れだとか年増だとか……まぁ何だ、アンタ見た目は綺麗だよ見た目は。」
「綺麗は当然だし……後半は初見ねぇ……このクソガキ、むしろ殺されたいのかしらぁ?」
ペルセポネはニコニコしながら血管を浮かべていた。
「あ、あの!一応食事持ってきましたから!」
リリィはアリアの頭を再び下げさせつつ少女と選んだ食べ物を差し出してみせた。
「……と言っても急だったので子供達の手作りクッキーとかポトフだけなんですけど……」
リリィが差し出したそれを少女は嬉しそうに指差して言った。
「このクッキーは私達が作ったんだよ!」
ペルセポネはその丸くて平べったい板を神妙な面持ちで見つめる。
「旧文明のレーションみたいなものかしら……あまり美味しそうじゃないわね……」
そして一つを摘んで眺めるも少女がキラキラとした目で見てくるものだからため息をつきつつ嫌そうに一つ口に運び───
「んだこりゃ!!んっめぇ!!」
───それはそれはめちゃくちゃ大きい声で叫んだそうな。
「貴女……っ天才よ!!名前は!?」
ペルセポネは無我夢中でクッキーを頬張りながら目の前の天才料理人小人に名前を問うた。
「私はエリーだよ!」
───
ラボでは宇宙から放たれようとしている主砲に対してディアナ達が対応に追われていた。
エネルギーフィールドを展開する案もあったがエネルギー量的に貫通してしまうだろう。
先ほどのコトネの緊急通信はオープン回線でリーナの研究所にも届いていたためハカセ達が遠隔で指示を出していた。
リーナはラボを捨てワルキューレ達に退避する事を打診、それではスタッフ達が逃げ遅れてしまうとハカセが止める。
そこでサイサがある提案をした。
「───私に、考えがあるわ。」
───サイサの考え、それは───現在ラボにいるフィレア、キュベレ、ディアナ、ミレイナ、ソフィア、ルキア、ノア。
七人の持つメガミドライヴを完全に同調させ、宇宙から放たれようとしている高エネルギー反応を迎え撃つという物だった。
ガドルが行っていたただメガミドライヴを複数接続したものより遥かに出力上昇の見込めるこの案は理論上は可能……しかし……
「……敵は十九万キロ以上離れているんですよ?そんなの実質狙撃は不可能……」
ミレイナの肩を抱くソフィアが言いかけた時、ノアとルキアがソフィアの肩を叩く。
「ソフィア、居るじゃないですか、最強の狙撃手が此処に。」
ルキアとノア二人の視線の先には彼女達の元教官であるディアナが居た。
二人の視線を受けたディアナは困惑の色を隠せない。
「───ディアナさんのメカニカルワルキューレアレクトは唯一の狙撃特化タイプ。そしてディアナさん自身が狙撃の名手。行ける。」
ノアが妙に自信有りげにガッツポーズして見せた。
ディアナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるも力無くため息をこぼした。
「い、いや流石に無理……とは言ってられないわね。
───サイサさん。
メガミドライヴの同調作業、遠隔でお願い出来ますか?」
ディアナの言葉を受け三人の科学者が同調作業を開始した。
医務室からフィレアとキュベレが合流しルキアとノアと三姉妹は抱き合うと空を見上げた。
同調自体はメガミドライヴ・リヒトの元々持つ魔力結晶同士を同調させる性質を利用し瞬時に対応が出来た。
パスを繋げ全てがディアナに注がれる。
スナイパーライフルはキュベレがガルド戦で使った大型の物をアレクトに接続。
宇宙に向けて射撃態勢を取った。
しかし───
「……やっぱり……こんなの無茶よ。
照準が僅かでもズレただけでも、向こうじゃ何千kmも外れる……こ、こんなの……」
狙撃の体勢に入ったディアナだったが、皆の命を背負う恐怖と純粋な難易度の高さから指先は震え、思わず震える歯を食いしばる。
その時、ルキアのメカニカルワルキューレ・クロートの強化センサーをディアナのパワードスーツに転送装備させる。
「───私のクロートはディアナさんのアレクトの強化発展機。
私には砲撃しか出来ませんがディアナさんなら……!」
ルキアは更に砲撃用ビットを空中に展開しスナイパーライフルのバレルとして展開する。
『───どんな時も貴女のアメジストの一撃は、困難な未来を切り開いてきた。
───大丈夫。私は貴女を信じるわディアナ。』
ルキアの物理的サポートとハカセの優しげな声を受け、ディアナの赤い瞳は宇宙に浮かぶアズガルドを完全に捉える。
───既にアズガルドの主砲は臨界。
タイミングはたったの一度だけ。
己を鼓舞するためディアナは呟く。
「───狙いを定め……撃ち放て……」
───Aim Lock───
「───アメジスト……ストライク!!」
宇宙と地表、異なる場所から同時に放たれた強大な力は激しくぶつかり合った。
雲が衝撃によって巨大な円を描くように吹き飛んだ。
──未来と過去、その二つが真っ向から競い合う。
眩い光と共にビーム同士は互いを押しのけ合い空気と地面を揺らした。
───
「お前達の夢や希望は……世界を破滅に向かわせる……!消えろ!メカニカルワルキューレ!」
ネメシスが主砲の出力を上げたことで徐々に競り負け始める。
「くっ……」
ディアナは苦悶の表情を浮かべる。
しかし、そこにエオスとの戦いを終えたナギサとメガイラも駆けつける。
「諦めるなディアナ!!」
二人のメガミドライヴも同調し更に出力を上げていく。
「私も!!」
メガイラもエネルギーバインダーを空中に展開しスナイパーライフルのバレルを限界まで強化する。
九基となったメガミドライヴ……魔力結晶は別世界のリヒトの力も使い臨界を超え、これまでのどの戦いよりも高次の力を生み出していく。
そして───まるで唄のような音を奏で始める。
『これは……唄?』
サイサ、ハカセとリーナの三人はその現象を見て各々眉をひそめる。
リーナの研究所からその光景を中継で見ていたリリィとアリアも叫ぶ。
「「いっけーディアナ!!」」
ディアナは押し合いながらわずかに射線を修正する。
「私の大切な家族は……私が、守るんだからあああああ!!」
ディアナは雄叫びを上げながら十九万二千二百km先のアズガルドの主砲の砲口へ正確にビームを押し込む。
砲身内部のエネルギーとスナイパーライフルのビームがぶつかり合いアズガルドの主砲は木っ端微塵に弾け、アズガルドを貫通した光の軌道は───そのまま月すら貫いた。
その光景を中継でエリーと見ていたペルセポネは目を輝かせる。
「メカニカルワルキューレって───本当に未来、打ち負かしちゃうんじゃないかしら……」
そしておもむろにポトフに口を付ける。
「あぁ……ポトフもんっめぇ……」
「ペルセポネお姉ちゃん……お口悪い……」
インフレが止まらねぇが……本来の予定通りだったり




