第198話 データとの乖離
「マザー……?ハカセが?」
エリスはリリィが復唱した事で自身の発した無意識に言葉を思い出しハッとする。
───この過去の時代に生きている人間が……自分達の居る未来世界の要にして、未来世界の全てを統括するマザーブレインが使用している"コミュニケーション用人型端末"と、メカニカルワルキューレの責任者……ベルの外見が似ているのは他人の空似か、或いはただの偶然だろうと首を振った。
「いいえ……何でもありません。
───私はロード・テスタメントの一柱、エリス。
誤ってしまったこの時代を一度ゼロにする為、遥か未来より私達は来ました。」
エリスは鋭い瞳で一同を見つめ言い放つ。
「誤ったって……!」
その言葉にリリィが反発しようとしてそれをハカセが手で征する。
「……そうね……まずはそのロード・テスタメントが掲げるこの時代を滅ぼすという作戦を行うに至った経緯と、貴女達の正当性を聞いてもいいかしら。」
ハカセの発言を受けリリィは黙りエリスを見つめる。
「私は……あまり詳しくは経緯を聞かされてはいません。
ただ、"このまま技術発展をし続ければ、やがて世界は消える。それを我らロード・テスタメントが正す"……そう記されていました。
───それ以上のデータにはプロテクトが施されていて、ネメシス以外は閲覧出来ない仕様になっています。
彼女経由でマザーの絶対命令が送られてきて、私達はこの時代に来ました。
───私達はマザーに生み出されし世界の均衡を保つための兵器……創造主の意向は我らの意向……それは、貴女達メカニカルワルキューレも同じでしょう?」
エリスの発言を受けリリィは俯きながらポツリと呟く。
「───確かに、私達メカニカルワルキューレも、世界を守るための……兵器なのかもだけど……でも……」
エリスの言葉にナギサは組んでいた腕を解き一歩前に出て答えた。
「……そもそも、私達は兵器であって兵器ではない。
ハカセは確かにメカニカルワルキューレを生み出した科学者だが、彼女が間違った選択をしたなら、その力を託された私達は誤った彼女にも反発する。
───それがメカニカルワルキューレという組織のあり方だ。」
「───誰かの指示をただこなすんじゃなくて、自分の意思で考え選び取る……それが私達メカニカルワルキューレです。エリスさん。」
メガイラもまたナギサに続けて言う。
「……マザーの意思が絶対だと言うなら、エリスさん。
貴女は何故今こうして私達の話を聞いてくれるつもりになったのかしら。」
サイサも続けて先ほどから話してくれなかった同行への理由を聞く。
ロード・テスタメントにおいてマザーの命令が絶対ならば、こうして対話に応じる理由など存在しないはずだった。
ワルキューレ達とサイサの発言を受け、エリスは自身の手を見つめる。
「……自分の意思……
───作戦自体に深刻なエラーが発生していると推測したのです。
マザーが齎したデータと実際の過去の事象を照らし合わせると、一致しない箇所が多すぎる。」
「そのデータとの乖離……見させてもらっても?」
ハカセが聞くとエリスは頷きデータを空中に展開する。そこにはこの世界……過去の記録が表示されるが、メカニカルワルキューレ達は皆首を傾げる。
「……この歴史データだとさ、MV-02ヘルは三年前に死んでるってなってるけどさ……」
アリアはデータを指差し口を曲げ眉をひそめながら続ける。
「───ヘルってアタシ以外に居ないよな?
……アタシ、死んでるんだけど……えっ、アタシ死んでんの!?」
アリアは困惑した表情でリリィにしがみつく。
そんなアリアの頭を優しく撫でながらリリィもエリスに聞く。
「……そこからの歴史……全然違います。
私はラクシャシーさんとアスラさんを殺してないし、そもそもメカニカルワルキューレに死人は居ない……
───もしかして……エリスさん達が来た未来って……サイサさんみたいな別の世界線なんじゃ……。」
「……アルファ、ベータときて、ガンマ世界線……って所かしら。
───でも……だとしたら……」
ハカセは顎に手を置き考え始める。
リリィの言葉を受けエリスは目を閉じ静かに呟く。
「やはり……ここは私達の知る過去ではありませんでしたか。
私自身、薄々は感じていました。
……これで合点がいきました。
つまり、作戦を成功させたとしても私達の世界には何ら変化は訪れない。」
そう言いながらエリスはある特殊なデバイスを取り出しハカセに渡す。
「……?これは?」
「───これには私の全てを纏めています。
私の解析データ、ロード・テスタメントの構造、未来技術……全て記録しています
もし私の身に何かが起きても、このデータは必ずこの世界を守る力になるはずです。」
「エリスさん……どうしてそこまで……」
リリィはエリスに問う。仮にも今はまだ敵勢力。
まさかロード・テスタメント側の技術まで託されるとは思わなかった。
そして何より仲間であるパンドラを殴り飛ばし孤児院の皆を守ってくれた理由すら分からなかった。
エリスは視線を少し開いた扉に向ける。
そこには部屋の様子をうかがうエリーをはじめ、孤児院の子供達が見えた。
エリスは彼女達に笑みを向けて小さく手を振る。
するとエリー達も笑顔で手を振り返した。
「───分かりません。
……分かりませんが……おそらく、私も……」
そしてエリスは一呼吸置き、視線をサイサに向けてから静かに続けた。
「───この世界の未来を、観てみたくなったのでしょうね。」




