第194話 滅びに向かった世界
サイサはリリィ達から離れ一人輸送機の通路の窓から外を眺めていた。
外は暗雲が立ち込め、窓ガラスに水滴がつき始める。
(あの日も……こんな天気だったわね。
───そう……忘れるはずも無い。
私の世界の全てを、私自らが切り裂いた……あの日だけは……)
サイサはそっと自身の顔が映る窓ガラスに指を触れ、まるで涙の様に窓の外を伝う水滴を指先でなぞった。
───あの日……私は世界で唯一、自分の上を行くと認めた天才と、互いの理想の世界をかけて殺し合った。
おそらく地上初のパワードスーツ同士の空中戦……後にメカニカルワルキューレとなるその雛形同士の戦い
『ベルぅうう!!』
『サイサァァァ!!』
思い出すは今から半世紀以上も昔の記憶。
あの頃の……14歳の頃の記憶は……もはやおぼろげにしか覚えていない
それでも──
ベルをこの手で殺したあの瞬間だけは、昨日のことのように脳裏へ焼き付いて離れない。
私、サイサは全世界に向け、メガミドライヴの圧倒的力を持ってテロという形で恐怖心を植え付け戦争を終わらせるという強制的な平和を……
そしてベルはメカニカルワルキューレを世界の調停者とし、戦争する事すら馬鹿馬鹿しく感じるほどの圧倒的な抑止力を世界に提示する事で齎される恒久的な平和を……
───今にして思えば……どちらも、ただ頭が良かっただけの、ただの14歳の少女達が掲げた穴だらけの歪な理想だった……
でも──私達は……そんな理想の為に……死が二人を分かつまで、互いを求め合い殺し合ってしまった。
───雨が降りしきる中、自らの手刀がベルを貫いた瞬間……
───ベルの心臓の鼓動が私の手を伝い弱っていくのを感じた瞬間……
私は二度と取り戻す事のできない……取り返しのつかない事をしたのだと、そこで改めて実感した。
『はは……今回の比べっ子は……君の……勝ち……だね……サイサ……』
ベルは血を吐きながらも必死に笑顔を浮かべながら私の頬を撫でた。
『あ……あぁ……わ、私は……なんて事を……!!いや、嫌よベル……行かないで……私を……一人にしないで……!!』
私が自らの罪を棚に上げ、資格もないのに涙を溢れさせた時……ベルは私の胸のメガミドライヴを小突いた。
『私達が作った世界を変える力……メガミドライヴがあるよ……
───これがある限り……私がこの世界に生きた証はちゃんと残る……
だから……私はずっと……サイサの側に……
サイサ……この争いの絶えない……醜い世界を……君が……平和に……皆を……笑顔に……』
そう言葉を残すとベルは事切れた。
その後、自分がどうやって生きてきたのか、記憶が曖昧だった。
ただ、世界には自分のちっぽけな理想の為に世界の全てより大切な親友を自らの意思で殺した哀れな少女だけが取り残された。
あの日、私の時間だけが止まってしまった。
それからは世界を平和にするというベルの遺言を果たす為、昔から研究していた寿命の克服による世界の安全な平和を掲げ研究を続けた。
もちろん、抑止力としてメカニカルワルキューレの開発も同時並行で続けながら。
それから数年後……私は自身を実験材料に開発に成功した細胞分裂回数の上限を無くす特効薬……アンブロシアの開発データを全世界に向け送信した。
私の目論見は見事的中し、寿命を克服して誰も死なない世界は、確かに一度だけ……平和になった……
───かに見えた。
世界から寿命という枷が無くなった。
やがて増え続けた人類は、星の資源が有限であるという現実に直面する。
───ただ生きるため。
───ただ家族を食べさせるため。
人類は再び、資源を奪い合うという原始的で醜い争いを始めた。
そして世界は……寿命のあった頃より更に混迷の渦に叩き込まれていった。
それから数十年……疲弊した世界の国々は自国の民を様々な法律で縛り上げた。
……それでも、アンブロシアの効果は次世代にも受け継がれ、生まれてくる子供にも寿命という概念は存在しなかった。
故に世界人口は爆発的に増え続け、国家は『新たな命を生み出さないことこそ最大の平和である』という結論に辿り着いた。
生殖能力の強制的永久剥奪……および妊娠の厳罰化……
違反した者は即座に死刑という……超反出生主義社会の誕生により……
───世界から赤ん坊の泣き声は消えた。
───私は……取り返しのつかない事を再びしてしまった……
私は自らが生み出してしまった争いを止めるため、世界の紛争にメカニカルワルキューレを持って介入を行なったが……
───一つの戦場を止めても、別の場所でまた戦争が始まる。
───私が一つの戦争を終わらせても、その頃には別の国で新たな戦火が同時多発的に上がっていた。
……もはや、全てが焼け石に水だった。
ベルと約束した。
この世界を平和にすると。
それなのに──
その約束の世界を……私自身が滅びへと導いてしまった。
この頃から、メガミドライヴの技術を私から盗んだテロ組織……プロメテウスが永久に続く戦争による人類種全体の進化を掲げ、大規模なテロ活動を開始……
せめてベルの作った技術だけは穢させないため、私はプロメテウスとの戦闘に明け暮れた。
───もはや、これくらいしか自分に出来る事は無かったから。
そこに……ラクシャシーとアスラという私のパワードスーツを模した二人の改造人間……メカニカルワルキューレモドキが投入され、彼女達との戦闘は苛烈を極めた。
アルファ世界とは違い、私は一人でメカニカルワルキューレをしていた為、全リソースを自身のパワードスーツにさけたおかげで性能こそ二人を上回れた。
───しかし、ラクシャシーとアスラ、更に複数の無人機も投入され、私はこの時、死を覚悟した。
その時だった。
最後に投入されたもう一人のメカニカルワルキューレモドキ……
最強の戦略兵器……後に特異点と呼ばれる少女を核に開発されたドゥルガーが戦闘に投入されるも、彼女はプロメテウスの……ダルクの命令を無視し暴走を始める。
魔力結晶の複数同時適合という荒業をしたドゥルガーの出力はプロメテウスの想定を遥かに上回り、プロメテウスの基地を構成員ごと消失させ
仲間だった筈のアスラを頭部から半分に切り裂き、姉を殺され激昂したラクシャシーをいとも容易く粉々に粉砕した。
そしてドゥルガーはそのまま世界に向け無数の光を放った。
───街は消え
───人々は消え
ほんの数分で人類は滅びの淵へ叩き落とされた。
まるでこの世界を終わらせるが如く暴れ回るとドゥルガーは瓦礫と炎の中でただじっと立ち尽くし、沈黙した。
家族を殺され、無理矢理拉致され肉体を改造され……数多のストレスから色素の抜けた淡い翡翠の髪をたなびかせ……本来翡翠だったはずの瞳は虚ろに濁り、この壊れた世界を見つめていた。
「……世界の皆が、泣いてるの……だから……全部……終わらせないと……」
ドゥルガーが複数の魔力結晶を輝かせ、無表情のまま、ただ涙だけを流しながらそう呟いた時……。
「……ううん……違う……私は……っ」
そこで空に浮かび呆然としていたサイサの方をドゥルガーが向いた。
「あ、貴女メカニカルワルキューレの貴女………どうか……わ、私を終わらせて……私……もう殺したくなななななな」
ドゥルガーは突然痙攣しだすと、意識とは無関係に勝手に光を放とうとする。
「……お願い……私……もう誰も殺したくない……だから……」
朝日が昇った時、黒いメカニカルワルキューレモドキ……ドゥルガーはサイサの腕の中で小さく呼吸していた。
「ごめんなさい……私には貴女を殺す事でしか止めてあげられなかった……」
ドゥルガーはその言葉にゆっくりと首を振る。
「貴女……本当の名前は覚えてる?」
サイサは徐々に呼吸を弱めていく少女に問う。
虚ろだった瞳に、ほんの一瞬だけ少女らしい光が戻った。
「……私……は……リ、リィ……リリィ……」
か細く掠れた声だったが、それでも自分だった証をしっかりとサイサに伝え、彼女は瞼を閉じた。
サイサは静かにリリィの前髪を撫で、閉じられた瞳をそっと指でなぞった。
「……そう……優しい貴女にお似合いの……素敵な名前ね。
……おやすみなさい……リリィ。」
───私は……また、消えぬ罪を重ねた。
────
サイサは窓ガラスに映る自分を見つめる。
気が付けば雨は晴れ、地上にはリーナの研究所が見えていた。
「……だから……だからこそ……こんなに皆の笑顔が眩しい世界……愛おしくてたまらないのよ」




