第193話 貴女のおかげで
パンドラはエリスの攻撃を受け、月と地球の間に停泊しているロード・テスタメントの位相空間移動母艦アスガルドにテレポートした。
ロード・テスタメントの仲間達にエリスがメカニカルワルキューレ側に寝返ったという事実を伝えるためだ。
───もちろん……断じて痛みに耐えきれず逃げた訳では無い。
「っ……痛っい……あぁ……ど、どうしよ……血ぃ止まんないよ……クソクソッ!!クソエリスッ!!マジで……!」
パンドラは月経以外で自身から溢れ出す血に完全に戦意を失っていた。
怖い……もしかしたら死ぬまで止まらないのではないかと恐怖で涙すら溢れる。
「あらあらぁ……酷い顔ぉ……
まさかぁ……過去を滅ぼすなんて私一人で十分だーとか息巻いてたのにぃ……
無様に負けてわんわん泣きながら帰って来たのぉ……?
ねぇ……パンドラちゃん?」
パンドラは人をいちいち逆撫でするその声に振り返ると、ロード・テスタメントのデウス・エクス・マキナの一柱、ペルセポネがニヤニヤしながら鼻を押さえて泣いている同僚を嘲笑う様に話しかけてきた。
「っ……ペルセ……!」
パンドラは自身が泣いている姿をペルセポネだけには見られたくなかった。
どうせ馬鹿にする事が分かっていたから。
「こ、これは……メカニカルワルキューレにやられたんじゃない……!!
エリスの野郎が裏切りやがったんだ!!」
パンドラは涙を滲ませたまま、ペルセポネを睨みつけて叫ぶ。
しかし───エリスがロード・テスタメントを裏切ったという話を聞いたペルセポネは目を細め、さも楽しげに口角を吊り上げた。
「へぇ……それはそれは……」
ペルセポネは苦痛に苦悶するパンドラを放置して地球を一望出来る通路の窓を覗きながら呟く。
「地上……思ったより面白そうな事になってるじゃない……。
ふふっ……せっかくだし、私も……降りようかしらぁ……?」
───
ラクシャシーとアスラの修理、および孤児院の子供達の安全を確保する為リリィ達は輸送機でリーナの研究所に向かっていた。
エリスもまた、両手をサイサ特製の拘束具に拘束された状態で同行していた。
「ごめんなさいね。
一応、警戒させてもらうわよ。
……で、改めて確認するけれど、まだ何も話してくれるつもりは無いのね?」
エリスはサイサからの発言を無視し無言のまま、用意された椅子に座って黙秘を続けていた。
エリーを助けてしまったのは言い逃れの出来ない事実だし、自身が持つデータとの乖離については気になる。
しかし───だからと言ってメカニカルワルキューレと仲良くするつもりは無かった。
あくまでロード・テスタメントの作戦が、元々の内容の通り遂行可能か否かを判断するためだ。
もし、根底から覆りかねない事実があった場合はネメシスに打診する。
そのため、メカニカルワルキューレの最高責任者であるハカセと情報交換を行う目的で同行を認めたに過ぎなかった。
そこに扉を開いてエリーがエリスの膝に飛び込んできた。
「……エリスお姉ちゃん大丈夫?」
心配そうにエリスの顔を覗き込むエリーの頭を、エリスは苦笑いを浮かべながら優しく撫でた。
「……大丈夫……ちょっとこのお姉さんとお話してるだけだから……だから……皆と遊んできなさい。」
エリーはサイサの方を振り向く。
サイサはそんなエリーを見て不思議そうに首を傾げる。
するとエリーはサイサに向かっておずおずと言う。
「あ、あの……お姉さんもメカニカルワルキューレ……なんだよね……?
エリスお姉ちゃんも同じメカニカルワルキューレなんだから、いじめちゃダメだよ……?」
サイサはエリーの発言にキョトンとしたが、微笑みを浮かべながら優しく手を振り彼女を部屋から出した。
「……ずいぶんと懐かれてるのね。
……メカニカルワルキューレのエリスお姉さん?」
エリーが部屋から出た直後、サイサは再び黙秘を決め込もうとしたエリスに対してからかう様に声をかける。
「私は……貴女達、旧文明を滅ぼす為未来から来たロード・テスタメント……デウス・エクス・マキナの一柱……エリスよ。」
エリスはサイサを睨みつけながら言う。
だがサイサは責めるでも、警戒するでもなく、ただ穏やかに微笑んでいた。
「……ふふっ……優しいのね。貴女。
……あの子……エリーの発言は否定しないのだもの。」
サイサの発言にエリスは思わず顔を背ける。
「わ、私は……っ」
「……理由はどうであれ、孤児院の皆を助けてくれてありがとう。
──せめて……それだけは受け取ってちょうだい。」
サイサの言葉に、俯いていたエリスは思わず顔を上げた。
「……えっ。」
それは……けして受けるはずの無い感謝の言葉。
「……貴女が助けてくれていなければ、あの子も、その友達も皆、もうこの世に居なかったでしょうね。
修理に入る前にラクシャシーとアスラの姉妹から言われてるの。
───エリスの嬢ちゃんはロード・テスタメントだとしてもいい奴に違いない。
だって孤児院の子供達皆がたった一日で貴女を大好きになったんだから……って。」
サイサの言葉にエリスは再び俯き小さく呟く。
「……あの二人は……無事ですか?」
「えぇ……貴女のおかげでね……エリス。」
「……それは……良かった……です……」
エリスの良かったという発言はおそらく本意だ。
だが、理性と感情がせめぎ合って居るのだろう。
サイサはそんなエリスの肩にそっと手を添えると、そのまま部屋を後にした。
「良かったって……いったい何が良いのよ……エリス……。」
エリスは一人呟くと天井の照明を見つめ、その眩しさに思わず目を細めた。
───複雑な表情を浮かべたエリスを乗せて、輸送機はハカセ達の待つ研究所に向かった。




