第187話 守るという事の意味
ラクシャシーはそのままパンドラを投げ飛ばす。
パンドラは自身の拳を片手で受け止められたという事実に思わずラクシャシーへの追撃を忘れ、投げられた勢いそのまま膝をついて着地した。
ラクシャシーは不敵に笑みを浮かべて拳を握り締める。
しかし───表情こそ平静を装っていたが、ラクシャシーはこの時点で敗北を悟っていた。
キズナシステムβ……これはリーナ博士とヘイアン博士がスーパー・ヴァルキリーを上回る力をラクシャシーとアスラに持たせるためにと開発されたシステム。
リリィのキズナシステムは魔力結晶と適合者を完全にシンクロさせるシステムであるならば、キズナシステムβは魔力結晶と適合者の怒の感情のみをシンクロさせるシステム。
自身の意思とは反して肉体を兵器に改造され、怒を燃料にエネルギーを生成するラクシャシーとアスラにのみ搭載可能なシステムだった。
理論上このシステムを使えばハカセの開発したスーパー・メガミドライヴに匹敵する膨大なエネルギーを生成出来る……
───しかし、それはあくまで理論上の話だ。
実際は怒を収めてしまうと高い出力を維持できない不完全なシステムだった。
……人間は常時怒る事は出来ない。
高い次元で怒りを維持し続けることなど、人間には決して出来ない。
ラクシャシーは自身の腕へのダメージが一撃で危険域……後数発受けたら基部ごと粉砕する事を悟り、アスラに脳内通信でリーナ博士へ緊急要請を行う様に促した。
───
エリスは孤児院を離れてから自身の使命を成すため、この時代を滅ぼす事にこれ以上躊躇いを生まないためにスラム街に赴いていた。
荒んだ世界を見れば、この時代を滅ぼすという使命を少しでも自分の中で正当化できると思っていた。
───だが……スラム街に舞い降りた先で見たのは意地汚い様でも、消すに値する世界でもなく、ボロボロな街でも懸命に互いに支え合い、明日を信じて懸命に生きる人々の姿だった。
そんな姿にエリスが呆然と佇んでいると二人の小さな子供がエリスの存在に気付き近づいてくる。
───おそらく男性と女性と思わしき個体……
「お兄ちゃんお兄ちゃん!この人メカニカルワルキューレだ!」
少女は満面の笑顔を浮かべさせてエリスを見上げる。
「あ、こら!勝手に行くな!
す、すみませんメカニカルワルキューレのお姉さん……僕の妹が……」
彼女の兄と思わしき少年はそんな妹の襟を掴み謝罪して来た。
エリスは、そんな二人をただ黙って見つめる事しか出来ない。
「?……どうしたのメカニカルワルキューレのお姉ちゃん?」
「……大丈夫ですか?」
二人は衣服はボロボロ、食料も乏しいのだろう……見るからに痩せ細って見える。
だと言うのに目の前の、見ず知らずの他人を思い気にかける。
「……何故。」
エリスはポツリと呟く。
「何故……その様な状態で、他者を想えるのですか?」
エリスの問いを受け兄妹は顔を見合わせる。
そして二人は満面の笑みで返した。
「だって……メカニカルワルキューレのお姉ちゃん達が、みんなを守るために頑張ってくれてるから!」
少女は笑顔で言う。
「だから僕達も、お姉さん達みたいに困ってる人や辛そうな人を助けられる人になりたいんだ!」
少年も少女に負けないくらいの笑顔で言う。
「……メカニカルワルキューレは……」
エリスは小さく震える声で呟く。
「私達ロード・テスタメントの様な秩序を維持するための機構……兵器では……ない……?
私は……。」
エリスは混乱する頭のまま空へと飛び立った。
───もう一度、後もう一度だけエリーに会いに行こう。
……もしかしたら……分かるかもしれない。
───この胸の内に広がる不思議な感情の意味を……。
エリスは新たに芽生えた不思議な感情の意味を求め、孤児院へと羽ばたいた。




