第180話 エリス
高い断崖絶壁に少女は降り立っていた。
始めて踏む緑の草木の小気味良い音と共に流れる水と柔らかな風……。
そしてどこまでも広がる大空に温かな太陽を受け少女……エリスは深呼吸をした。
「そっか……ここが……データで見るよりずっと綺麗……」
深呼吸をしているエリスを見つめて銀髪の少女……パンドラは詰まらなさそうにしていた。
「そうかエリス?
むしろ濃い色が多くて……厭らしくないか?」
詰まらなさそうにしていたパンドラはハッとしたように言う。
「それより聞いてよエリス。
メカニカルワルキューレの一人が"アビーター"を落としたんだよ。
……予想以上の成果だろう?
───という訳で私は私でもう少しここらを見てみるよ。
───アンタも見て回れば?
滅びる文明にしても、せっかくの機会だし。」
パンドラは言うなりどこかに消えてしまった。
エリスはしばらくパンドラの消えた方向を眺め、ゆっくりと前を向いた。
「そう……消え行く過去……私達ロード・テスタメントが……滅ぼす世界……」
エリスはポツリと呟くと崖から飛び降りた。
───
「見て回ると言っても……どうしますかね。」
エリスは意味も無く道をただ歩いてみた。
草木の揺れる音に無意識に口角が上がる。
「いけないいけない、任務のノイズ……」
エリスは首を振って意識をマザーより与えられた任務に向けようとする。
「……?」
しかし、その時何か騒がしい音が聞こえてきた。
騒がしくも楽しげな……声。
───そこはラクシャシーとアスラが管理する孤児院。
エリスはそうとは知らず、楽しげな笑い声に誘われるように歩き出す。
やがて見慣れない材質──木材で造られた家屋が視界に入った。
「人間……?それにしては小さくて丸い……」
エリスが門の外から庭で遊ぶ子供達の様子を眺めていると誰かから声をかけられる。
「あん?アンタその格好……新しいメカニカルワルキューレ?
……今日は遊びに来る日じゃないはずだけど、まぁ来たなら上がりなよ。
まだ身体が修理途中でちょうど人手が足りなくてね。」
エプロン姿のラクシャシーだった。
「えっ……いや、私はロード……」
「……道がなんだって?
とにかく、来たならこれ付けな。
全く……アリア達は後輩に何にも教えないのね。」
ラクシャシーはそう言いながらエプロンをエリスに手渡す。
「えっと……これは?」
エリスが突然手渡された布を広げひらひらとさせているとラクシャシーは自らのエプロンを指差す。
「ん。」
「……な、なるほど……?」
エリスは意味も分からないまま見様見真似でエプロンを身に着けると、不思議そうな表情のまま孤児院の中へと入っていった。
───
中に入ると小さな人間が沢山居てエリスは面食らう。
「ち、小さな人間がもっと沢山……!?」
「は……?」
ラクシャシーは思わずエリスを見返す。
「……アンタ、子供本気で知らないの?」
ラクシャシーは意味の分からないリアクションをする変なメカニカルワルキューレに当然の質問をする。
「えぇ……私が知っている人間は、私達や貴女位のサイズでしたから……」
「いやいや、どんな異世界だよ!……変な子。」
そう言うとラクシャシーはカラカラと笑った。
「……子供ってのはアンタや私……人の小さい頃だよ。アンタだって昔は子供だった筈だろ?」
ラクシャシーはそう言うと子供達を呼ぶ。
「皆!新しいメカニカルワルキューレのお姉ちゃんに挨拶しな!」
ラクシャシーの声と共にエリスはあっという間に周囲を子供達に囲まれる。
一瞬攻撃かと身構えたが、小さな人間……子供達の笑顔を見て握りしめた拳を解いた。
「わ!新しいお姉ちゃんだ!名前はなんて言うの?私はエリー!!」
「わ……私は……」
エリスはそう言うと膝を曲げ彼女と同じ目線になる。
「私は、エリスって言うの……何だか似ていますね……」
エリスもまた、少女に笑顔で返した。
───
その後……突然現れたアスラの六本腕に驚いたり、
始めてのお菓子作りに大苦戦してしまったり……
子供達と泥だらけになるまで遊び、エリスは庭に倒れた。
隣には先ほど挨拶を交わしたエリーが擦り寄り寝転ぶ。
エリスは無意識にエリーの頭に手を乗せそっとスライドさせていた。
少女の柔らかな髪が心地よく、つい触り続けてしまう。
「……お姉ちゃんもう帰っちゃう?」
「……そうですね。あまり長居出来ない身なので。」
その間もエリスは優しく頭を撫でる。
「……また、遊べる?
明日も、その次の日も!」
エリーのその言葉にエリスの手が止まる。
「……え。」
「だって私ね、お姉ちゃんの事大好きになったの!
私だけじゃないよ!皆!
アリアお姉ちゃんより優しいし!綺麗だもん!」
満面の笑顔を見た瞬間、胸の奥が締め付けられるような違和感が走った。
───苦しい。
───痛い。
言葉では言い表せない感情が胸を満たしていく。
そして、エリスは逃げるように立ち上がるとただ一言……
「私は……っ。
ごめんなさいっ……エリー……」
その一言を残してエリスは暗く成り始めた空に飛び立った。
「……お姉ちゃん……?」
エリーは、涙を浮かべながら苦しげに飛び立ったエリスの背中を、ただじっと眺めていた。




