第179話 敗走
リリィは自身を無表情の瞳で見下ろす少女……ネメシスと名乗る少女を見あげていた。
「──未来から来た……?過去を終わらせる?
……ロード・テスタメントだかなんだか知らないけどふざけないで!
誰が……何の目的でそんな……!!」
リリィは冷や汗を全身に浮かべながら叫んだ。
叫ばなければ、どうにかなってしまいそうだったから。
「───理由は知らない。意図は分からない。
だが、これは我らがブレイン……マザーの意思。
───それはすなわち、人類種のためだ。」
ネメシスはただリリィを見下しながら告げた。
その言葉を受けリリィは会話を放棄。
アリアに手で下がる様に合図を送ると自身の切り札にして最強の剣、コンバット・メイデンを握り締める。
「……人のため?……っ!!人を滅ぼすってその口で言っておいて!!」
リリィはスラスターを絞ると最大加速でネメシスに向かう。
「はぁあぁあぁ!!」
そしてそのままネメシスに刃を振るう。
しかし───
「───リリィ……貴女は……苦痛に満ちた死を望むのか?」
ネメシスの冷たい視線を受けたリリィは思わず身体を翻していた。
リリィ自身は何が起きたのか分からなかった。
恐怖心とは異なる感情……しかしそれと酷似した感情……畏怖の念すら抱いてしまっていたのだ。
リリィだけでは無い。魔力結晶となったヴァルキリーすら未来から来たネメシスに同じ感情を抱いていた。
『──あのネメシスと言った少女からは、明らかな神域の気配を感じる……魔力すら感じないのに……』
リリィはヴァルキリーの放った言葉に半狂乱気味になる。
「ヴァルキリー!?神域って何なの!?貴女の言う魔力って何なの!?何か分かるなら教えてよ!」
リリィは明らかに冷静さを欠いていた。
『落ち着いてリリィ……今はとにかく撤退を……!』
しかし───ヴァルキリーがリリィを退かせようとした時だった。
ネメシスは空を滑るようにしてリリィの眼前まで迫った。
「っ!?」
リリィは咄嗟にコンバット・メイデンを振るう。
───だが……これまで、どんな強敵と対峙し激闘を繰り広げたとしてもその輝きを失うことは無かったその剣は、まるで飴細工の様に砕けた。
「コンバット……メイデンがっ……!?」
今まで自身の砕けぬ意思の象徴の様だった剣。
それがいとも容易く砕けた様にリリィは絶望する。
「───死を。滅びを。
───そして新たな始まりを。」
ネメシスがリリィに向かって手を振りかざす。
攻撃方法は不明。何をされたのかも不明。
しかし───リリィの両翼は砕け鎧は全身に亀裂が入り一撃で半壊まで追い込まれる。
スーツの姿勢制御用スラスターが緊急可動するがネメシスからの"圧力"にリリィの身体はそのまま地面に落ちる。
スラスターが全力でリリィを守った為彼女に落下ダメージこそ無かったが、半壊状態のメカニカルワルキューレではもはや戦闘継続は不可能……
自身の上に浮かび後光を受けるネメシスを上半身を起こして見あげる。
もはやどう足掻いても勝てないと理解し、あのリリィすら死を受け入れようとした時だった。
『リリィさーん!!ロゼッタちゃんとお兄ちゃん参上!!』
突如アトラス兵士の増援を引き連れたローレンツが倒れたリリィを担ぎ上げると煙幕を焚いて撤退を始める。
「ローレンツ……何で……」
リリィがポツリと呟く。
「何故って……君が……君達が最後の希望だからだろ!!生きろ!!……最後の時まで足掻け!!」
ローレンツはリリィを抱きしめながらホバーで高速移動を始める。
そんな必死な形相のローレンツを眺めながらリリィは意識を手放した。
ネメシスはその光景をただじっと眺めていた。
「最後の時まで足掻く……か。」
ネメシスは目を細めつつ"始めて見る青空"をただ眺めていた。




