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 アイリスの誕生日が既に過ぎ去って一日が経った。悪魔のルールによるなら俺の命日は今日らしい。


 城門からアイリスを抱きかかえたアンナを見送る。後はアンナを信じるだけだ。


 俺の役割はこの城門で殿を務めること。ここで王国の騎士たちを足止めするという重大な任務がある。


 シンナイトの力は使わない。あれは消費が激しいからな。最大効率で戦い続けるなら、生身の方が長く戦える。雑魚相手にはどれだけ力を温存して戦えるかが大事だ。戦いの経験からそれが分かる。


 俺はアイリスを捕えるために殺到してくる王国の騎士たちをここで止め続ける。お守り代わりに銀の短剣を胸に忍ばせて、腰から自前の大剣を引き抜いた。


 既に覚悟は決まった。俺の死に場所はこの王国になるだろう。


 アレサンドラ王宮に常駐している騎士達、数千人と俺一人の真剣勝負だ。


 笑っちまうだろ? 勝てるわけねえ。


 正直、戦いは数だ。十人や二十人ならともかく、俺一人で同時に敵を相手する限界値は凄く頑張っても百人程度だと思う。シンナイトの力を使えば五百人の敵に囲まれても対処できるだろう。それでも足りない。状況は絶望的だ。だが俺も完全に無策というわけではない。俺の右手首に書かれた『5』という数字。これが意味しているのは俺の命が一度尽きても、あと5回は俺の命が続くということ。


「さあ、来いよ。王国の騎士共。この俺、アルヴァース・ダイドラッドが相手してやる」


 俺の声に反応したのか、騎士たちが雄叫びを上げながら突っ込んでくる。俺はそれを真正面から受け止めた。何人の敵がいるのかも分からない。無我夢中で剣をふるう。誰を殺したのかも、殺していないのかも判別できない。手心を加える余裕なんてない。俺はひたすら目の前に立ちふさがる敵を斬り伏せ続けた。


 血しぶきが舞う。肉片が飛び散り、臓物が零れ落ちる。地獄のような光景だが俺は冷徹になれている。命乞いをする敵兵にも容赦なく剣を突き刺した。俺はもう引き返せない。あいつを誰にも追いかけさせないようにここでこの城門を守り続ける。アイリス以外の命はどうでもいいと割り切った。


 あっ、ミスった。弓矢を剣で弾けずに俺の脳天に敵兵の矢がぶっ刺さる。


「やった、やったぞ! 侵入者を討ち取った!」


 それは俺にとって致命傷となる攻撃。確かに俺はこの攻撃で死んでいた。けれど俺は脳天から弓矢を引っ込ぬき、この場で悪魔の力を行使する。


 俺の右手首に書かれた数字が『5』から『4』へと変わり、俺はその場で肉体の時を回帰させた。俺はその場で蘇る。その様子を見ていた王国の騎士たちは狼狽し、後ずさった。


「ば、化け物……」


 俺の姿をみた騎士の一人がそう呟いた。その呟きに端を発して、俺の姿をみた騎士たちへと恐怖が伝播する。今の俺は騎士たちの返り血を浴びて全身真っ赤に染まっている。どうやら相当恐ろしい見た目になっているようだ。その恐怖を隙と見て俺は駆け出し、敵兵の中へ突っ込む。俺の姿を見た騎士たちは勇気を奮いたたせ、雄たけびを上げて襲いかかってきた。俺はそんな彼らの攻撃を剣で受け流しながら、カウンターを決める。騎士たちの攻撃は重く鋭いが、この程度の攻撃は止まって見えた。剣で攻撃を受け流すたびに相手の武器を破壊する。そして懐に入り込み、腹に蹴りを入れて吹っ飛ばす。しかし一人一人の攻撃は何てことないが、これだけ敵の数が多ければ俺にとっても脅威になる。


 逃れきれなかった敵の攻撃が当たって俺の命があと『3』回になる。


 まだ大丈夫だ。戦い方を変えればもっと長持ちさせられる。もっと時間を稼げる。敵の目を俺へと集めさせることができる。


 俺は一人ずつ騎士たちを確実に仕留めることにした。まずは背後にいる弓兵を狙う。弓矢を持っている奴は優先的に潰す。段々と戦い方が分かってきた。


「や、やめろっ!」

「なんでたった一人にこんなに苦戦している!」

「引けえ! 陣形を立て直せ!」


 阿鼻叫喚の中、俺は敵を潰して少しでもアイリスが逃げられる可能性を増やす。今はまだこの城門を離れない。アルヴァースという敵国の騎士が狂ったように暴れまわった事実を歴史に刻まなければならない。そうすることで俺の目的は真の意味で達成されるからだ。


 俺の命のカウントが『2』回になった。千刃の海を超えて俺は敵と斬り結んでいく。戦い始めてどれくらい時間が経っただろうか。既に数えきれないほどの敵を殺してきた。戦いの中で何度も死んだし、死にかけたがまだ生き残っている。しかしそれも限界に近い。戦い続ければ当然体力だって消耗する。既に肩で息をしている状態だ。大ピンチってやつだな。


 残りのカウントは『1』となった。だいぶ時間は稼げた。だが、まだだ。まだやれる。


「もうちょい、付き合ってもらうぜ」


 狂ったように俺は笑いながら残り少ない命を燃やして、最後の戦いに臨む。騎士たちも必死だ。全員が決死の覚悟で挑みかかってくる。もはや言葉すら発さずに無言で俺を殺そうと襲い掛かってきた。俺もそうだ。野獣のように騎士たちに斬りかかる。ただ敵を倒すために剣を振るう。そこにもう人間らしさは感じられない。お互いの生命を削り合うだけの殺し合いだ。俺も大分傷だらけになったが、まだこうして息をしている。こうしてまだ立っている。


 俺も大概だが、王国の騎士達も既に満身創痍だ。動きが鈍くなっている。それに俺に怯え、戦いに踏み切れない奴らも出てきている始末だ。俺もかなりキツくなってきた。シンナイトの力を使っていないのに身体中が悲鳴を上げている。何回も死ねるとはいえ、一国の兵力と一人で戦っているのだから当然か。悪魔の力があったとしても俺が今やっていることは馬鹿げていた。


 なぁ、"アイリス"。


 俺は上手くやれたかな。本当はアイリスの身体を傷つけるつもりなんてなかったんだぜ? 自分が死ぬってなったら俺の正体を知っても一緒に逃げてくれるって思うじゃねえか。なのにあいつったら小鹿みたいに震えながらも俺に反抗してきたんだ。ホント呆れるくらい大したタマだよな。


 肩から鮮血が舞う。身体中を騎士たちの槍と剣に貫かれながらも、それでも俺は前進する。


 何人も殺して、やがて俺の命のカウントは尽きた。


 既に『0』となった数字を確認して、最後のやるべきことを片付けようと俺は動く。ここまで時間を稼げれば上出来だろう。あのクソ野郎を殺しに行くのに何個も命のストックはいらねぇ。


 次に死んだら俺の命は尽きる。俺はガンを飛ばして周りにいる騎士を睨みつけた。


「どけよ」


 俺に怯えて道を開けてくれる騎士たち。直接俺と戦っていた奴らは既に俺にビビってくれたようだな。あとは総ての元凶を片付けるだけだ。高みの見物キメて傍観者気取ってるやつをぶっ殺しに行ってやる。


 ♦♦♦


 開口一番、俺は精一杯の皮肉をこめて玉座に座っているフェリクスに挨拶する。


「よぉ、フェリクス義兄さん。"アイリス"さんは俺が貰いました」


 バルデッドという障害もない今、俺が玉座に侵入することは簡単だった。


「何なんだ、お前は。バルデッドもお前に殺され、アイリスさえお前に逃がされた。一体お前は……!!!!」


 フェリクスは動揺しているのか、焦りが前面に出てきている。玉座を守る兵士すら最低限の数しかいない。城門にいた俺に戦力を集中させたのが仇になったな。


「あんたと俺は赤の他人さ。正直、あんたを殺すかどうかってのはちょっと迷ってた。人を殺すってのは重いことだ。気軽にやっちゃいけねぇし、ましてやあんたは王子様。あんたを殺せば王国は嫌でも混乱に陥る。俺はこれでもできるだけ人を殺さないで済むように配慮しながら生きてきたんだ。今は形振り構ってられねぇし、そんな配慮できるような状況じゃねぇけどな」


 俺は不敵に笑って剣を抜く。俺が剣を抜いた瞬間、周囲の騎士たちが一斉に俺に襲いかかってくる。


 だが俺はそれを無視して、フェリクスに向けて駆け出した。俺に襲いかかる騎士たちをすり抜けて、一直線にフェリクスへと駆け寄る。


 フェリクスは駆け寄ってくる俺の姿に絶望しながら、情けなく命乞いを始めた。


「ま、待て! 頼む、助けてくれ!」

「悪ぃが、聞けねぇな」


 俺は剣を振り上げて、勢いよく振り下ろす。フェリクスという存在がいる限り、アイリスはどうしようもなく幸せになれないのだから。


「ぐっ……」


 俺の剣がフェリクスの首を捉え、鮮血が舞った。


「あばよ、クソ野郎」


 俺がそう吐き捨てると、フェリクスは力なく倒れこんだ。


 こうして俺は王国の王子を殺した。いや、彼は既に王国の実権を握っていた存在。俺が殺したのは紛れもなく、この国の王と言える人物だったのだろう。


 だが罪悪感など微塵も湧かなかった。アイリスの罪をでっち上げて処刑させたり、刺客を差し向けて惨殺させたことを思えばフェリクスに同情の余地はない。


 それにフェリクスがいなくなれば王国にアイリスの居場所が生まれる。最大の障害であるフェリクスとバルデッドがいなくなった王国であれば、日陰にいることしかできなかった反フェリクス派の勢力やかつてアイリスの派閥として活動していた貴族がアイリスを助けてくれることだろう。


 アイリス処刑の罪もフェリクスによる捏造であり、事実ではない。その事が露見すれば彼女は悲劇のヒロインとして王国に返り咲ける。幸せに生きることができる。王国の事を想っていたアイリスであれば王国の民を幸せに導いてくれることだろう。


 後は王族殺しの罪の代償として俺がこの玉座で死ねばいい。そうすれば俺の計画の全てが果たされる。総ての責任は帝国と俺に押し付けられ、アイリスと俺の関係性が疑われることはない。この時間において俺とアイリスはただの他人でしかないからな。俺はただ狂った人殺しの大罪人として扱われるだろう。帝国に迷惑かけちまうのは申し訳なかったが、結構貢献してきたし許してほしいところだ。


 願わくば幸せになったあいつの顔をこの目で見てみたかった。俺と生きていた"アイリス"はいつも心から笑っていなかったように思えるから。あいつが幸せになったところをこの目で見られないのが唯一の心残りだ。本当は"アイリス"が幸せになってくれれば良かった。だからこれはあくまで俺の自己満足。俺は俺とは全く関係ない人を救うために全力を出した。これはただそれだけの話。


 アイリスと俺の道が交わることはない。俺がどういった思いであいつを処刑台から救ったか明かされることはない。


 でもそれでいい。あいつが俺の傍にいなくても、何処かで幸せに生きてくれるだけでとても嬉しいんだ。


 俺の物語はあの森の日々で"アイリス"を失った時に終わっていた。これでアイリスがこの先幸せに生きられる想像をするだけで安心して、逝ける。


「よくもフェリクス様を!」


 俺の背後から騎士たちの怒声が聞こえてくる。時間稼ぎも十分。抗う理由もない。俺は素直に自分の人生の終わりを受け入れた。

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