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バルデッドと俺の勝負は一瞬で決まった。一太刀でバルデッドのシンナイトの鎧を破壊し、俺が勝った。シンナイトの力のぶつかり合いなんて大雑把なもの。技巧のない力のぶつかり合い。剣を重ね合わせた瞬間に敗北と勝利が決まってしまうつまらないものだ。
剣を重ね合わせたその瞬間、バルデッドの俺への羨望のまなざしを思い返す。奴もまた力を追い求め狂ってしまったシンナイトの力の被害者なのかもしれないな。
バルデッドが亡くなったのを確認して、俺はシンナイトの鎧を解除し立ち上がる。
「貴方は、アルヴァース様だったのですね」
生身に戻った俺に問いかけるアイリス。俺の事をアル、と親しげに呼ぶ彼女はもういない。
「ああ。俺の名前はアルヴァース・ダイドラッド。一応帝国所属のシンナイトだ」
帝国から何となく抜け出して、旅ばっかりしている放蕩騎士だけどな。向こうで俺の扱いがどうなっているのかはもう分からん。それくらい俺と今の帝国は薄い関係だったが、この状況でそれを信じてもらうのは難しいか。
「貴方が私の命を救ってくれたことには感謝しています。ですが、貴方が帝国の騎士であるのならば私は貴方についていくことはできません」
アイリスは力強い瞳で俺を見返してくる。帝国と王国は敵対しているからアイリスはこんな事を言ってくるのだろう。目の前のアイリスと俺には信頼関係がないしな。彼女のその瞳が、その面差しが俺を糾弾しているようで俺の胸が痛く締め付けられる。あいつを思い出して俺の決意が鈍くなりそうで怖い。
「私の身柄が帝国に抑えられてしまえば、王国の民が困ってしまう。私はそんな事を望みません。死ぬのは怖いですし、王国のルールに逆らってでも生き残れるならと貴方に縋ってしまったのは事実です。私の弱さが声に出て助けを求めてしまったのも事実です。ですが帝国に利用されて王国を危機に晒すわけにはいかないのです。貴方には本当に感謝しています。どのような思惑があったにせよ、私を助けてくれたのですから。ですが帝国にそのまま付いていくかと言われたら行けないのです、私はこの国の王女だから」
全く真面目だよな、お前は。そうやって真面目だから追い詰められて壊れちまったんだ。悲痛な面持ちで決意を語るアイリスは眩しくて、俺にとってはバルデッドよりも厄介な壁だ。あいつの記憶を見ていた俺だからこそ解る。アイリスは王国の事を真に思っている。それでも俺の元にあいつが俺の元に逃げ込んできたのは総てに絶望していたからだ。こんな風に俺を強い眼差しで見てくる女が全部を諦めたんだ。
「王国の民はお前を求めていない。それどころかお前の死を望んでいたんだぞ」
フェリクスに印象操作され、言いなりの民衆に周りは敵だらけの王宮。そんな地獄にあいつはいた。
「それでも私はアイリス・フォン・アレサンドラなのです」
そう言って俺を睨むように構えるアイリス。おいおい、かっこよすぎだろ。
「バルデッドに打ち勝った貴方に勝てるとは思えません。それでも私は屈するわけにはいかないのです。この先処刑されるとしても、貴方が私を助けてくれた恩人だとしても」
涙を流しながら俺へと向かってくるアイリス。それはか弱い女の攻撃だった。少し武術の経験がある男であれば軽くいなせるはずの攻撃。それでも俺はそんな彼女の覚悟に当てられて動くことができなかった。
くっそ、とんだラスボスだぜ。
彼女は導かれるように俺の懐へと手を伸ばして、俺が持っていた銀の短剣を奪い取る。
「うおっ、マジか」
"アイリス"からもらった短剣を奪い取られた。だが俺はアイリスを攻撃できない。迷ってしまった。その隙が命取りになる。
「この短剣は……これがここにあるはずが。でもこれならッ!」
"アイリス"から譲り受けた短剣が、アイリスの手によって俺の右胸に吸い込まれるように突き刺さった。
しかしその刃は俺を傷つけられない。刃は確かに俺の胸へと突き刺さっているのに傷はできていない。
「嘘……アレサンドラ王家の刃が通らない……既にアレサンドラ王家の誰かがアルヴァース様を受け入れたということ? でも、一体誰が……?」
俺に短剣を突き刺したアイリスの瞳が驚愕に染まる。
この瞬間、目の前のアイリスの言葉を聞いて俺は理解した。そういうことかよ、"アイリス"。
お前は今でも俺と共にいたんだな。
「さあ、誰だろうな。けれど俺は一人じゃない。時を超えて、俺に味方してくれるヤツがいる。だったらお前が相手でも俺は負けない。こいつは返してもらうぜ。俺の大切なモノなんだ」
俺は目の前のアイリスから銀の短剣を奪い取る。
「きゃっ」
銀の短剣を奪われ、アイリスが俺から後ずさる。強い覚悟で俺を見ている。良い眼をしているな。
アイリスを傷つけるなんてできない。彼女は俺の愛した人と同じ外見をしていて、その覚悟も"アイリス"が失ったようでいて奥底に秘めているモノだったから。そう思っていた。けれど今はただこの尊い人を守りたい。アイリスの覚悟を曲げさせてでも俺は俺の意地を貫き通したい。ここは覚悟より意地が勝る。
彼女に嫌われてもいい。アイリスに嫌われてでも、彼女に生きてほしかった。
「ごめんな」
「うっ……」
俺は彼女の首筋をトン、と叩いて気絶させる。小さな呻き声を上げた後にアイリスは呆気なく意識を手放した。後はアイリスの身柄を彼女に預けるだけだ。
「良いのですか?」
物陰から現れたローブで顔を隠した女が姿を現す。彼女はバルデッドに気配を察知されないように隠れさせていたアイリスの使用人であるアンナだ。彼女とはアイリス救出に当たって手を組んでいた。彼女の記憶を覗いた時から唯一安心して手を組むことができると思ったのはアンナだけだったからな。
彼女の問いかけの意味を俺は理解できたが、あえて応えない。
「貴方の正体が帝国所属、世界最強と評される騎士ダイドラッド卿だというのはとても驚きました」
「聞いてたのかよ」
「ええ。帝国のシンナイトがアイリス様を助ける理由は分かりません。けれどアイリス様の事を想う貴方の気持ちは本当だと思ったから。でもこんなやり方ではアイリス様が貴方の事を誤解されるかもしれません」
「別にいいって。好かれるためにやってるわけじゃねえし」
俺はアンナに気絶したアイリスの身柄を渡す。
「それよりアイリスの事、絶対に手放すんじゃねえぞ。お前だから信用してるんだからな」
幾度のループにおいても絶対にアイリスの味方であり続けたアンナだからこそ、俺はアイリスを安心して預けられる。俺の言葉にはっきりと頷いて、アンナは大事そうにアイリスの身体を抱えた。
後は頼んだぞ、アンナ。できれば最後まで俺が守ってやりたかったが、それはできそうにない。
「ダイドラッド卿、貴方はどうするのですか?」
背後からのアンナからの呼びかけに俺は応える。
「俺はまだ野暮用があるからよ。まぁ精々元気でな。アイリスにもよろしく言っといてくれ」
アンナが心配そうにこちらを見つめる中、俺は最後の舞台へと上がる。




