前世の終わりに
テーブルに用意されたティーカップ。白磁に紅の薔薇が描かれた、祖国から持ってきた食器だ。嫁ぎ先の国に持ち込めたものは、けっこう少ない。書物の類は一切禁止されたから、気が向いたときに書き付けていた日記も、城に置いてくることになってしまった。あれはちゃんと、誰かがしまっておいてくれているんだろうか。人目につく場所に、置かれていないといいのだけれど。
「申し訳ありません……申し訳ありません……」
テーブルのそばで、侍女が泣いている。カップと揃いのティーポットを抱き締めて、必死に泣き叫ぶのを我慢していた。
サロメは笑う。もう泣かないと決めていたから、何があっても笑っていなくてはいけないと思った。
「おまえはただお茶を淹れただけだろう? さあ、泣くのはおしまい。これがわたしに与えられた役目なのだから、いいんだ。きちんとやり遂げなくてはいけないことなんだ」
「けれどこんなの、あんまりです……っ」
サロメのうしろで、鼻をすする音がした。背を守るように、護衛騎士のふたりが立っていてくれる。
味方のいない隣国に、たった四人だけでやってきた。生きにくいだろうと考えていたが、それさえ甘かったとは。
優秀な人材を我が身と共に滅ぼしてしまうのは本当に惜しく、申し訳なさでいっぱいだった。それでも、ひとりきりでなくてよかったとも、やっぱり思ってしまうのだ。
「大丈夫。わたしはそれを飲もう。――祖国のために」
祖国を想った。あそこには、城で一緒に暮らした人々がいる。根なし草の魔導士を無理矢理引き留め、賑やかに過ごした。
楽しい日々だった。
サロメはこの思い出だけを持って、死出の旅に出る。
カップを手にとり口をつけると、背後のふたりまでが手のひらを差し出して侍女にお茶を注がせた。サロメが飲むのと、同じお茶だ。
「死後の旅にも、我々をお連れください」
男の騎士が言った。
「共に参ります。どこまででも、永久に」
女の騎士が言った。
「私も、最期まであなたさまのお傍におります……っ」
侍女が言った。
ありがとう、と応えていいものか、わからなかった。
けれども彼らの行動は尊く、サロメの心を癒した。本当は、ありがとう、と言って泣いてしまいたかった。
怖くない。彼らがいるから怖くない。
「わたしの死出の旅だ、悪いが頼む、ついてきてくれ」
――共に飲みます。……あなたのために。
そう言う声が、遠くに聞こえた。




