22
アルフレートの剣をギュッと抱き締め、自分に何が出来るのかと考えてしまう。
魔王を倒すと言っておいて私は何も出来ない。剣を奮って魔王に勝てるわけでもないし、魔法なんて私には使えない。
何も出来ない自分が惨めで、凄く嫌だ。
「貴女は何を馬鹿なことを考えているのですか。貴女はさっき言ったのでしょう?」
僕を利用して魔王を倒すのだと。だから何も貴女は心配しなくていい。そう私が抱き締めている剣を取り上げ、私を抱き締めて囁く。
レオンの言葉はいつも甘い。これからすることを忘れさせるくらいの効果はある。それでも、忘れないように私は甘い言葉を聞かないようにそっと目を閉じた。
温かいゆくもりが全身を包み込む。彼は人だから温かくて当然なんだ。でも、このぬくもりに何度も助けられた。
「僕は貴女に利用されてみたいのですよ。利用価値がなくなるまで使われて、最後は何も考えられないように消えてなくなりたいのです」
「それって……」
死にたいってことなの?
そう聞こうと口を開いたが、寸前のところで口を閉ざした。その問いかけに肯定でもされたら、私はどうすればいいのか分からない。
レオンから「殺して」と言われたらアルフレートの時みたいに殺せるか分からない。それでレオンが魔王を倒すことに協力をしてくれなかったら駄目だ。
私はなんて酷くて醜い女なのだろうか。全ては自分の為に行動をしている。
「……貴女は優しいですから、きっと悩むのでしょう。奴のことも、僕のことも、悩んで悩んで忘れられないのでしょう」
私の考えていること分かっているような言葉に胸が痛む。
私は決して優しい訳ではない。私は酷くて醜い女なんだ。そんな人のことを優しいなんて言うレオンもどうかしている。
彼の胸の中で俯く私の頬をそっと撫でる。壊れ物を扱うかのように優しく撫でた。
「僕はそんな貴女が好きですよ。もっと僕のことを忘れないように酷いことも優しいこともしたくなります」
「……最低」
「そうですよ、僕は最低なのです。どうやったら貴女の中に奴よりも深く入り込めるのか考えているような人間なのです」
人から忘れられたくない、だけど死にたい。そう思っている人はよくいる。
それは身勝手なことだと思わないのだろうか。いいや、そんなことは本人でも分かっているんだ。
ただ死にたいというわけではない。この世界に自分が生きていたことを残したいだけだ。
レオンは身勝手で最低な男だ。彼が死んだら私は忘れたくても忘れきれない。
レオンはそれを知っている。生きていたことを実感したくて、彼もまた忘れられたくないと願う。
「わたしは……貴方が死んだら貴方のこと忘れるから」
生きて。その言葉は敢えて口には出さなかった。
死ぬことは簡単だ。生きることは難しい。人は簡単なことを選ぼうとする。レオンも死にたいと願っている。
なら、難しいことを選ばせるには何が必要なのか。それは強制させること。
私はどんな悪女にもなろう。アルフレートが死んだ今、私を見てくれるのはレオンだけ。そんなレオンが生きるためには悪女にだってなってやろう。
「それは酷いですね。貴女は死んだ人のことをすぐ忘れるのですか。奴のことも……」
「うん、すぐ忘れる。だから忘れる前に魔王を倒したいの」
嘘、本当は忘れるはずはない。アルフレートのことは永遠に覚えている。ずっと深く心の中で私の傷となり、残っている。
それでも私はレオンの前だけでは忘れたふりをしよう。彼が生きるために私は初恋の彼を忘れる。
「そんなに僕を生かしたいのですか」
「うん」
「僕を利用する為に生かすのですか?」
その問いかけに曖昧に目を伏せた。
肯定でも否定でもある。魔王を倒す為にレオンが必要なのは確かだ。だが、それがなくてもレオンには生きてほしいと思っている。
レオンは酷くて最低で失礼な男だ。それでも私の居場所をくれたり、私を助けたりしてくれた。
そんな彼に生きてほしいと願うことは駄目なことなのだろうか。
「まぁ、僕は魔王を倒すまでは死ぬ予定はありませんし。そういう約束でしたから」
魔王を倒すまではレオンは私のもの。そう約束をしてくれたのはついさっきのことだ。
約束してくれたのに不安になるのはレオンが死にたがりだからだ。いつも事ある度に死にたいと言っているみたいだからだ。
レオンは魔王と刺し違いでもするつもりなのか。考えるだけで悲しくなってくる。
「ばか」
小さくだけど聞こえるように呟いた言葉にレオンはクスッと微笑んだ。それはまるで私が今まで考えていたことを悟ったような笑い方だった。
しばらくは無言で抱き締め合っていたが、それもどちらともなく離れる。
それでもアルフレートの剣は返してはもらえなかった。その代わりに何の装飾もないシンプルな短剣が渡される。
「貴女はこの短剣を持っていて下さい。この短剣は貴女を助けてくれるのですから」
「なら、そのアルフレートの剣は?」
「僕が持っています。この剣で僕が魔王を倒しましょう」
アルフレートの剣を力強く握り締めるレオンは様になっていた。アルフレートの剣にレオンはよく似合っている。
私はアルフレートの剣を持っていても何も出来ない。それどころかレオンの邪魔になるだけだろう。彼が持っている方がいいに決まっている。
ギュッと胸に抱き締めるように短剣を握り締めた。温かなぬくもりがそっと胸に伝わり、不思議に思う。
「その短剣は僕の魔力で作りました。貴女を守ってくれるようにと」
「そう、なんだ」
私にそんなことをしてくれるなんて本当にレオンは馬鹿だ。馬鹿で最低で何もいうことはない。
そんな彼に嬉しさと愛しさが込み上げてくる。それを悟られないように私は目線をずらして、アルフレートの剣を見つめた。
彼が愛することを罪だというのなら、私は愛することは幸せだという。私は紛れもなく、彼にレオンに惹かれているのだろう。
「レオンが私を守ってくれると約束したから、私もレオンに約束する。私も貴方を守る」
レオンの足元に跪いて、今はもう彼の剣になったアルフレートの剣に口付けをする。彼を守ってほしいと祈りを込めて。
私には魔力も何もないかもしれない。それでも私は剣に願いを込める。
微々たる変化だったが、レオンは少し驚いたが嬉しそうだった。
「貴女はやっぱり馬鹿ですね。僕を守っても何もないのですけど、そう言われると嬉しいものです」
顔に張り付いた笑みなんて今はない。これが、いつも不安そうでそれでもどこかしら最低なのが彼の本性だろう。
そんな彼を好ましく感じる。だけど同時にどうして張り付けた笑みを浮かべるのかが気になった。
知りたくて、私は手を伸ばす。彼の頬にそっと触れ、ぬくもりを感じる。
「貴女はこの世界で生きることを決意しましたか?」
突然の問いかけだったが、私はゆっくりと頷いた。
もう、元いた世界には帰れない。今帰ったところで私は立派な人殺しだ。
アルフレートをこの手で殺した私を元いた世界は許さないだろう。それにもう私は元いた世界に未練はない。
あぁ、だけど結局はアルフレートに飴を貰ったお礼をしてなかった。ただそれだけが私の未練だ。
「そうですか」
その一言だけをレオンは呟いて私達の間には静寂が降り注ぐ。それは決して嫌な静寂じゃない。心地よい静寂だった。
その静寂を壊すように、そこに現れる一匹の鳩。どうやらその鳩には紙がくくりつけられているみたいだ。
顔を顰めたレオンがその鳩に付いている紙を取る。手紙のようなもので、何かの烙印が押されてた。
手紙を読み始めるが、すぐに読み終えたのだろう。レオンは手紙を破り、小さく呪文を唱えて手紙を燃やしてしまった。
「貴女を今から城に案内しなくてはいけなくなりました」
それは私にとってもレオンにとっても最悪な結末しか用意されてないとあざ笑われているような出来事の始まりにしか過ぎないのだった。




