20 少女が知らない物語
どこにでもある普通の村。村人達が互いに助け合い暮らしている普通の村で産まれたての赤子は産声を上げた。
黒髪黒目の赤子。両親も黒髪黒目だから別におかしいとは思わなかった。それに両親は村一番の美形夫婦と言われていたのだから、その赤子が整った顔立ちでも不思議ではない。
だけど、その赤子は産まれてすぐに近くの森の奥深くに捨てられた。
古びた布に全身を包まれ、赤子は寒い森の深くに捨てられた。
それに涙を流すものは誰もいない。いるのは赤子を見つめる瞳に恐怖心を浮かべた人達だけ。
なぜ、赤子は産まれてすぐに捨てられたのか。それは赤子が人とは思えないほどの力を秘めていたからだ。
力とは生まれ持ったものだ。それでこの世界の人達は生きている。生まれ持った力で魔法を使い、生きていく。
だが、その力は強すぎるのはよくがない。力が強すぎるほど強力な魔法を使えるということ。それは禁術といわれるものを使えるということだ。
禁術というのは決して使ってはいけないもの。禁術は力を大量に消費する。そうすれば、人は力に溺れて魔に堕ちるという。理性を失い、人を喰らうだけの魔族となる。
禁術を使えるのは力が強い人だけ。もしも力が弱い人が禁術を使ったするならば、その人物は禁術を成功する前に力が尽きて死ぬだろう。
捨てられた赤子は力が強かった。力が強いがため、捨てられたのだ。赤子が将来、魔に堕ちて自分達を殺すかもしれないという恐怖心のために。
寒くて暗い森の奥深くで赤子は泣き叫ぶ。月がない星が綺麗な日に赤子は泣いた。
そこに現れるのが一つの影だ。それは赤子よりも格段に大きい獣だ。
その獣は魔物である。漆黒の艶やかな毛色に漆黒の瞳。それは黒髪黒目の赤子と似ている。
獣はぺろりと赤子の頬を舐めた。それは赤子を泣き止まそうとしている行為にも見える。
無邪気な赤子は獣を見ても恐怖を抱かない。なにせ、この獣が恐ろしいことを知らないからだ。
獣は遠吠えを上げる。それは赤子を自分達の仲間にいれるためのかけ声だ。
人に捨てられた赤子は獣に拾われ、生きていくことになる。
強い力を秘めて産まれてきた人は魔物に魅入られやすくなる。だが、魔物に食われそうになるとは違う。魅入られた魔物は自分達の仲間だと思って、力ある人に付き従う。
だが、その魔物は魔物の中でも力のある魔物しかいない。理性のある魔物が力のある人に付き従うのだ。
理性のない魔物はただ生きるものを喰らうことしか考えない。
赤子は運が良かったのだ。森の奥深くで出会ったのが力と理性がある魔物で。
そのため、赤子は死ぬことなく生きていけたのだ。
赤子は成長すると顔立ちが整った少年になった。
獣と暮らすことで少年は不便だと思ったことは沢山ある。だが、それ以前に少年は頭が良かった。自分がなぜ獣と暮らしているのかを知っていたのだ。
人が暮らしている村や町に言葉や生活を調べに行ってる内に少年は気が付いた。自分は普通の人よりも力を持って産まれてきたことを。
知りたくもなかった事実を知った少年はある日、自分を産んで捨てた両親を見てみたいと思うようになった。
獣は言葉は発することは出来ないが理解することは出来る。それで連れていってもらった村で少年は自分によく似た自分よりも小さな子どもを見つめた。
その子どもは楽しそうにその親と思われる男女の二人組と話している。そう、楽しそうに暮らしていたんだ。
「あぁ、おれはいらない子なんだ」
無意識に出た声は子どもにしては冷め切っていた。
少年は笑った。泣きながら笑った。
力が人よりも強すぎる所為で捨てられ、本来なら幸せな人としての暮らしが待っていたはずなのに少年にはそれがなかった。
少年は思う。力があるから魔に堕ちる。そんなこと誰が言ったのか、そんなことはないかもしれないじゃないか。力があるからといって絶対に魔に堕ちるなんて確信はない。
少年は願った。自分は絶対に魔に堕ちないと、そうして自分を捨てた人達に復讐をするんだ。人として偉大になり、自分は魔族じゃない人だと言いたいがために。
そして、殺すために捨てられた命を大切にするために。生きて、自分は生きてたんだと言いたいがために。
それから少年は真剣にいろんなことを勉強する。魔法のことを禁術のことも、日常生活では使わない雑学までも独学で学び、少年は青年へと成長した。
その時に出会ったのが恐ろしいほど整った顔立ちをしている人物だった。
その人物は青年にいろんなことを教えてくれる。それでも青年からその人物に対する恐怖心は抜けることはなかった。
「貴様は何のために学ぶ?」
「俺は自分が生きるために学ぶ。生きて、復讐をするんだ。俺を認めさせるんだ」
「そうか、それは努力することだな」
青年の考えをあざ笑いに、美しすぎる人物はどこかに消えた。それから何度も会ったりして、青年は成長していく。
そして、ある日突然に彼は違う世界に飛ばされた。
なぜ、この世界が違う世界だと知ったのか。それは彼が飛ばされる前に美しすぎる人物は言ったのだ。「今から貴様をここではない違う世界に飛ばしてやる。そこで拾ってこい」と。
何を拾えと言うのか。その時の彼には分からないことだった。
それに彼だけが飛ばされたわけではない。獣も一緒に飛ばれた。そして、飛ばれた場所は山道だった。
一台の車が急に現れた彼と獣に気を取られ、崖へと転落する。それを追うように彼らもまた崖の下へと降りていった。
そこで見たのは血を流したり、関節が変な方向に曲がっている人達だ。
「あぁ、そうか。俺が殺したのか」
冷たい声色で彼は呟いた。反省も何もないただ冷たい声色で。
だけど、彼は気付くのだった。そこにいた一人の少女の存在を。
少女は必死に夜空を見上げ、動かない手を真剣に星に伸ばそうとしていた。
今日は新月。月がなくて星しかない夜空だ。あの日と同じの空。彼が捨てられた日と同じ夜空だった。
「生きたいか?」
気付けば、そんなことを少女に向けて言っていた。その問いかけに少女は「生きたい」と答える。
何の濁りもない純粋で真っ直ぐの瞳。ただ、生きることだけを欲している少女。
自分に似ている。いいや、違う自分は醜くて彼女は美しい。彼は少女に気付かれないようにそっと微笑んだ。
彼は禁術に手を染める。そのままだったら絶対に助からない少女を助けるために禁術を使った。
それは自分の力を少女に渡すという禁術だ。そうすれば少女は無意識に力を使い、助かるだろう。
力を渡すというのは命を渡すというのに等しい。それはやってはいけないことだった。だけど彼は迷うことなく、その禁術に手を染めた。
自身の血を飲ませ、血を分け与えた。
「ごめん、な。お前の全てを俺は奪ってしまった。もう後戻りは出来ないんだ。お前の未来も俺は奪うから」
本当なら少女は両親と共に死んだ方が辛い目に合わずに済んだのかもしれない。それでも彼は少女を生かした。
ただ単に彼は側にいてくれる人を探していたんだ。自分自身を見てくれる人を探していたんだ。
それが魔に堕ちる結果になっても彼は少女を欲した。
「ごめんな。俺はきっとお前に酷いことをしているんだろう。でも、それでも俺はお前を……欲してしまった」
彼は消えゆくまどろみの中で優しく微笑んだ。
無意識の内に魔王と自分が呼んだ人物が少女を殺すと言った瞬間に何かを諦めた。それはとても大切なことだったはずなのに、すんなりと諦めきれたことに驚きを隠せなかった。
だけど、彼は自分自身よりも何よりも少女が大切だった。生きたいと純粋に思っている少女を愛していた。
少女の代わりに自分が死ぬことなんて簡単に出来る。彼はそう思い、少女に向かう剣の前に出た。
心臓に剣が刺さっても、血が大量に出ても彼はすぐに死ぬことはない。なにせ、彼は力のある魔族だ。そう簡単には死なない。
それでもこの傷を受けて助かるほど魔族は丈夫でもなかった。
苦しんで、苦しんで、死ぬことになるのか。それは寂しいことだな。そう心の中で彼は呟く。
だから、最後でいい。最後だけでも、少女に自分の気持ちを伝えたかった。
「りいな……俺の初恋の子だよ」
すき、と小さく呟いた声は果たして少女には聞こえていたのだろうか。聞こえていても聞こえなくてもいい。言えただけでも満足だった。
少女は泣く。それに「泣くな」と言って涙を拭うことはもう出来ない。
側にいるという約束はもう果たせない。だから、代わりにと彼は獣を見た。
獣は地面に倒れているがまだ生きている。彼はそっと願った。どうか俺の代わりに彼女を守ってくれ、と。
「ありがとう、アルフレート。私も初恋だったよ」
願わくば少女が幸せに笑える日がきてほしいと、彼は想う。だが、本当はその少女の隣に彼は生きていきたかったと願った。




