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02

 私の全身をくるんでいるのは肌触りがいい大きすぎるバスタオルだ。

 濡れた制服を改めて見ると若干だが透けていて、目の前にいる青年をまた蹴りたい気持ちになる。でも、やっぱり蹴ったら後が怖いので止めておいた。


「僕はレオンと申します。一応、この国の第二王子という立場です」

「…はぁ、そうですか」


 王子様みたいだと思っていたので、別に本物の王子ということでは驚かない。てか、それも何の冗談だというのか。

 しかも「一応」とはなんだ。一応って、一応なんだろう。

 ジッと自称レオンを凝視すると、彼はふぅと呆れた感じで息は吐いた。


「どうやったら、貴女は信じるのでしょうか」


 首を傾げて悩む自称レオンと仕方がないので一緒に考えてあげた。

 自称レオンが言うにはこの世界は魔王がいるみたいだ。そして私は勇者みたいだ。

 勇者といっても私は剣も魔法も使えない。役立たずが勇者でいいのか。全くもって不明だ。


「あ、魔法…魔法ってあるんですか?」

「ありますよ」

「なら、見してください。そうしたら信じます」

「本当ですか?」


 どうせ出来っこない。そう思いながらも頷いた。

 魔法といっても手品とかそんなものなのだろう。本当に手品ではなく、魔法が使えるのなら信じてもいい。


「魔法より剣の方が得意なんですが、いいですよ。お見せしましょう。ちょっと、失礼しますね」

「なっ、何するんですか!」

「暴れないで下さい。すぐ終わりますから」


 いきなりバスタオルを私から取り除き、濡れて透けている制服姿の私が自称レオンにさらされる。せめて胸だけはと両手で胸を隠しながら、自称レオンを睨み付けた。


「ふふっ、もう見ましたから隠す意味はないですよ」

「…有り得ない!」


 確かに神殿みたいなところは透けていることを知らなかったから見えていたかもしれないけど、それをわざわざ言う必要があるのか。ないだろ。

 それにブラを付けているからいいという問題ではない。


「さて、魔法でしたね。少し大人しくして下さい」

「……っ」


 どこ触ってるんだー!と叫びたかったが、自称レオンが真剣な顔をしていたので何も言うことは出来なかった。その顔に見惚れてしまったのだ。

 制服越しに脇腹を掴まれ、小声で何かを呟く。すると制服が肌に張り付く感じがなくなった気がした。


「え、えっ、はっ?」

「どうですか?」

「えっ、その…乾いてる?」


 濡れて気持ち悪かった制服はふんわりとした肌触りになっていた。濡れて透けていたのに今は透けていない。乾いた証拠だ。

 自称レオンを改めてまじまじと見る。自称レオンは私がいた世界にはいないようなイケメンである。

 いや一人だけいた。自称レオンと対等ぐらいの格好良さを持つ人が。

 それは隣人の男性だ。男性もかなりのイケメンだ。

 ならやっぱりここは私と同じ世界。だが、そうしたら魔法のようなものはどうなるのか。


「魔法を見せたら信じて下さる約束でしたよ」

「そうですけど…」


 簡単に信じていいものなのか。私はまだ信じられない。

 魔法を見たら信じると言ったがまさか本当に使えるなんて思ってもみてなかった。なぜ、使えるんだ。


「まぁ、まだ信じて貰えるとは思ってなかったですからいいのですけどね」

「…分かってたなら、信じてとか言わないでください」

「もしかしたら信じて下さるかもしれないではないですか。貴女はチョロい…単純そうですので」

「…単純ですか」

「そうです、単純です」


 何だかさっきから失礼なことを言われてばっかりな気がする。それにこの人と話していると疲れる。凄く疲れた。

 丁度ここはベッドの上だ。ぐったりとベッドの上に倒れ込む。

 ベッドは柔らかくてふかふかしている。疲れてなかったらベッドの弾力で遊んでいただろう。

 まぶたが段々と重くなる。開けてられなくなり、目を閉じた。


「お休みになられるのですか?」

「ん、眠い…寝るの」

「そうですか。お休みなさいませ」

「…うん」


 自称レオンの声が遠くの方で聞こえる。

 さらりと髪を撫でられたような気がするが私は目を開けることは出来なかった。




 ふかふかで柔らかくて気持ちがいい。体が沈むような感覚に家の布団はこんなに気持ちがいいものだっただろうかと思い改めた。


「……さま、起きて下さい。勇者様、何時まで寝ているおつもりですか」

「…んぅ、ねむいの」


 体を揺する何かを掴み、形を確かめる。それは手のようなものだ。一体誰が私を起こそうとしているのか。人がせっかく気持ちよく寝ているというのに。


「寝起きは随分と積極的なんですね」

「…んん?」

「なら、寝起きに何しても大丈夫ですかね?」

「…………うぉぉ、有り得ない!」


 耳に心地がいい声が変な言葉を発したので目を開ける。目の前には夢だと思いたかった自称レオンがいた。触っていたのも自称レオンの手だったのですぐに離した。

 これで夢落ちという希望は儚くも消え去った。

 それよりもなんでこの男はここにいる。寝る前からいたが、もしやずっといたのではあるまいか。


「……ずっといたんですか?」

「まさか、そんなことはあり得ませんよ。僕が好き好んで貴女の寝顔を見ることはないですから、安心して下さい」

「………」


 どさくさに紛れて失礼なことを言われた気がする。いや、気がするじゃない。言われたんだ、確実に。

 どうせ平凡な顔ですよ。貴方に比べれば誰だって平凡ですよ。


「さて、まずは湯浴みでもしますか。あぁ、言っときますけど拒否権はないですよ」

「なら、言うなよ!」

「言葉に出した方がいいでしょう?」


 自分は何も悪くありませんといった顔で首を傾げる。寝る前から思ってはいたが、どうやら自称レオンはいい性格をしているみたいだ。

 それにさっき自称レオンは何を言ったのか。湯浴みと言った、湯浴みと。


「……湯浴みですか?」

「湯浴みですよ、お風呂です。あぁ、それと侍女は付けますか?」

「いるわけないじゃないですか」

「そう言うと思っていたのでいなかったんですけどね。というより、元々ここは侍女はいませんから自分で入ってきて下さい」


 あぁ、何だろう。凄く苛つくのは私だけなのか。私だけが感じる苛つきなのか。

 ここに私と自称レオン以外の人がいたら絶対に「この男って苛つくよね!?」と言っていただろう。本人の前で。


「では、こちらです」


 案内されたところは脱衣所だろう。綺麗な大きい石の上に着替えのようなものがある。いや、よく見たら石ではなくテーブルのようなものだ。

 私は着替えを広げてみる。服は簡素な感じだ。白ぽい色合いのシャツとズボン。漫画で見る村娘が着ているようなものではない。どっちかというと男の子が着ているような服だ。

 自称レオンの服装は騎士のような感じだ。しかも腰に剣を差している。寝る前は気付かなかった。


「では、ごゆっくりどうぞ」


 意味深な笑みを浮かべて、自称レオンはその場から出て行った。

 やっとここに来てから自分だけの時間が出来た。お風呂に感謝だ。


「うぁ、凄い」


 お風呂場を覗くと、寝室と同じくらいありそうなほど広い。広すぎて落ち着かない。

 中央は丸くへこんでいて、そこが浴槽になっている。浴槽にはお湯がたっぷりと入っていた。

 湯気が立つお湯に手を入れてみて、すぐに手を出した。


「あっつ……」


 もの凄く熱かった。もう少し手を入れていたら火傷していたであろうぐらい熱かった。

 私はタオルを持ち出して、熱すぎるお湯につける。それで体を拭いていった。これぐらいが温かさ的に丁度いい。


「あの意味深な笑いはこういうことだったのか…」


 嫌がらせだ。なぜ、私が嫌がらせを受けないといけないのか。

 絶対に自称レオンに問い詰めてやる。そして謝らせてやる。私はそう決意した。


 全身をタオルで拭き、自称レオンが用意したであろう服に着替える。村にいそうな人に大変身だ。

 そして、脱衣所を出て部屋に入る。部屋に入って目に付いのはソファで寛ぐ自称レオンだ。


「似合いますね。勇者には全く見えませんが…よくお似合いですよ」

「そうですか…」

「あれ、怒らないのですか?」

「怒る気力もないです……」


 ソファで寛ぐ自称レオンを見て、怒る気力もなくなった。なぜこんなにも自称レオンはうざいのだろうか。

 何かもう、最悪だ。いろいろと最悪だ。家に帰りたい。


「もう、家に帰りたいんですが…」

「無理です。帰れませんよ」

「いや、帰してほしいんですが」

「帰れません。帰れるわけがないじゃないですか」


 証拠をお見せしましょう。自称レオンは立ち上がり、部屋を出て行く。私も彼に付いて部屋を出た。

 しばらく長い廊下を歩くと、一際大きい扉を開いて外へと出た。

 この建物はこの辺で一番高いところにあったのか、世界全体といっていいほどにいろいろな場所が見える。そこは日本では絶対に見られない光景だった。

 所々に小さな村が見え、その更に奥には大きな外壁があるところが見える。その中にそびえ立つ城までも、ここから見えた。

 そしてどこまでも広がる大自然が目の前にある。

 信じるしかなかった。ここが日本ではなく、私が住んでいた世界ではなく、異世界だということを。


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