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01

 お世辞にも綺麗とはいえないアパートの一室でお仏壇に「行って来ます」と呟いた。

 部屋を出て、玄関のドアを閉める。

 アパートの階段を下ろうかとした時に階段を上がってくる一人の男性。彼は私の隣の部屋を借りている人だ。仕事は何をしているのか不明だが、帰ってくる時間が不定期で何をしているのか気になる。


「おっ、お嬢ちゃん」

「…お嬢ちゃんは止めてください。おはようございます」

「おはよ」


 日本人特有の黒髪なのに、どこか外国の血が混じった顔立ちをしている。野性的な雰囲気を醸し出しているが、人懐っこく笑う。そのギャップで何人の女性を誑かしてきたのか。

 ジッと観察する私の視線に気付いたのか、男性はにっこりと笑う。そのまま自分の手を差し出してきた。手の上には飴玉が一個だけコロンと置いてあった。


「ほら、今日は誕生日だろ?」

「どうして…」


 知っている。問いかけるような目で見つめたら、男性は飴玉を無理やり私の手に握らせる。

 呆れを含んだ男性の視線に首を傾げた。


「去年だったか。お前が俺に祝えって言っただろ」

「あ、そういえば…」

「思い出したか?」


 そう、私は中学生の時に両親を事故で亡くした。高校に入って一人暮らしをする前までは親戚の家で何となく落ち着かない日々を送っていた。

 いざ、一人暮らしを始めると寂しくて、どうにかなりそうだったのだ。それが爆発したのが去年の誕生日だ。

 学校に行けば友達に祝って貰えたが、家には誰もいない。電気が消えた部屋に帰りたくない。

 そんな時にばったりと会った隣に住んでいた男性に「祝え」と叫んだのだ。

 男性からしてみれば迷惑な話だっただろう。だが、私にしてみれば嬉しい話だ。

 正直に嬉しいと思ったが、私はその嬉しいという気持ちを表に出すことが苦手だった。


「別にいいですよ。それは去年の話ですから…」

「そう言わずに、飴ちゃんだけ貰っとけ」

「まぁ、いいですけど」


 どうして私はこんな言い方しか出来ないんだ。もっと全身を使って嬉しさをアピール出来ればいいのに。

 笑おうと笑おうと口角をあげる。多分だが、顔が変な感じに歪んでいる気がする。やっぱり笑うことは出来ないみたいだ。


「……飴では不満か?」

「え、いえ…ちがっ」

「だけど、ごめんなぁ。今の手持ちは飴ちゃんしか持ってないんだわぁ」


 ポンポンと頭を撫でているのか、叩いているのか分からない手付きにホッと胸を撫で落とす。

 怒ってはいないみたいだ。失礼な態度だったはずのに、男性は怒ってない。そのことに安心する。


「おや、どうかしたのか?」

「っっ、別に何でもないです。いい加減、離してください」

「おぉ…そうだった。小さい背が更に縮んだら可哀想だもんな」


 頭に乗っていた手を退かす。その際に触れた手は頭を撫でられていた時には気付かなかったが、やけに冷たかった。

 不思議そうに手を見つめると、何かを思い出したように慌てて手を引っ込める。


「俺さ、冷え性なんだわぁ…温めてくれるか?」

「……セクハラで訴えますよ」

「ひでぇ、何も全身で温めてって言ってないのに」


 冷たい視線で男性を見ると、肩をすくめ、話を反らすために「時間、大丈夫か?」と携帯の時刻を私に見せる。それを見て、私は慌てるのだった。

 随分と話し込んでいて時間が経っていたみたいだ。今から走らないと間に合わない。


「行かないと!」

「おう、気を付けろよ。特に夜道には、な」

「今は朝ですけど?」

「まぁ、変な男に引っかかるなよ」

「それは貴方だと思います」


 違いねぇ、と私の失礼な言葉に笑いながら男性はもう一度だけ「気を付けろ」と呟いた。

 一体何に気を付ければいいのだろうか。全くもって分からなかった。


 男性に背を向けて走り出す私はふと違和感を感じて振り返るが、そこには何もなかった。

 男性も、もう自分の部屋に戻った後だ。


「そういえば、お礼言ってなかった」


 手の中にある飴玉を制服のポケットに入れ、学校へと走り出した。



 学校に着き、仲の良い数人の友達に誕生日を祝われ、授業を受ける。だけど心はどこか別の方に意識がいく。

 ポケットに入れた飴玉の存在が忘れきれない。お礼を言ってないことに罪悪感が芽生える。


 それはバイトでも一緒だった。誕生日だからといってバイトを休むわけにはいけない。それに帰っても誰もいないところで誕生日を祝いたくない。

 心ここにあらずの状態でバイトを何とかこなし、やっと家に帰れる。

 外は既に暗くなっていて、街灯がゆらゆらと揺らめいていた。


『気を付けろよ。特に夜道には、な』


 朝の言葉が今になって思い出す。

 ぶるりと身を震えさせ、辺りを見回した。塾帰りの学生や仕事帰りの大人が道を歩いていてホッと息を吐いた。今はまだ大丈夫だ。

 安心して歩き出したのはいいが、私は忘れていた。家に帰る道はいつも人がいなく、薄暗いことを。


「最悪だ…」


 あの人があんなことを言わなければ何とも思わなかったのに。心の中で悪態を吐きつつ、薄暗い道を睨み付けた。


「あ、そうだ。飴でも舐めとこう」


 独り言を言うのは決して怖いからではない。寂しいからだ。私しかいないのに言い訳をしていた。

 飴玉をポケットから取り出して、口に入れる。口に広がる苺の味は私好みだ。

 少しだけだが怖さが和らいだ気がした。

 薄暗い道に一歩を踏み出した瞬間、私はここがどこか分からなくなった。


「はっ?」

「お待ちしておりました」

「んん?」

「勇者様」


 さっきまでは薄暗い道だったはず。普通の道だったはずだ。

 なら、ここはどこだろうか。このやけに漫画とかに出てきそうな神殿ぽいところは。

 それに全身が濡れている感じがする。視線を下にずらし、自分の格好を見る。見事に全身が濡れていた。制服がぐっしょりだ。


「最悪だ……」

「勇者様、どうかなされましたか?」

「だから、勇者ってなに……」


 その時、初めて私は目の前にいる人を見た。

 このような太陽の光が入らない神殿の中では分からないが、光を帯びてキラキラとする綺麗な金色の髪。それに透き通るほど澄んだ蒼の瞳。顔立ちは甘さを含んでいる。

 目の前の王子様みたいな青年は私がこちらに視線を向けたと思うと甘ったるく微笑んだ。


「目の保養ですね、可愛らしい」

「はっ?」


 目の前の王子様みたいな青年は何を言っているのか。

 口を開け、呆けた顔で青年を見つめると、彼は近くにいた可愛らしい女性から何か大きいタオルのようなものを受け取っていた。

 改めて周りを見渡すと、可愛らしい女性の他に綺麗な女性も中性的な女性も様々な女性がこの神殿みたいなところにいた。男性は私の目の前にいる青年しかいない。


「少し残念ですが、貴女様に風邪を引かれては困ります」

「…え?」


 ぱさりと大きいタオルみたいなもので全身をくるまれた。

 そのまま、お姫様抱っこというのだろう。青年に抱かれ、神殿みたいなところを後にする。

 後から気付いたことなのだが、私がさっきまでいたところは神殿の中央にある身を清める水が溜まっているところだった。



 思考がまともに働いてきた時には既に神殿みたいなところではなく、広くて豪華な部屋だった。


「ちょっと、降ろしてください!」

「そんな暴れないで下さい。落としてしまいそうですので」

「落としていいから降ろして!」


 ジタバタと青年の腕の中で動き回る。それでも青年は私を落とさないように抱き込むだけだ。

 私が住んでいたボロアパートの部屋よりも格段に広い部屋の奥にある扉を開ける。奥に進むとキングサイズぐらいの大きなベッドがあった。


「は、ベッド?」

「えぇ、ベッドです。貴女様のベッドですよ」

「私の?意味が分かんないんですけど…それよりも降ろしてください」


 いいですよ、と王子様スマイルで言い、私をベッドの端へと降ろす。端に座ると、青年は私の前で跪く。

 因みに、この部屋には入ってきてから誰もいなかった。なので、この部屋には私と青年の二人だけだ。


「これ何の冗談?てか、ここってどこですか?」

「これは冗談ではないですよ。それとここは貴女様がいた世界とは違う世界です」

「……はぁ」


 これは何の演出なのだろうか。薄暗い夜道を歩いていたら、何か知らないところに来て、それで目の前にはやけに美形な青年。

 これが冗談じゃなかったら、何なのだろう。


「勇者様、貴女様はこの世界を救うために呼ばれたのです」

「へー、そうなんですか…」

「魔王を倒すために」

「ふーん、そうなんですか…」


 全くもって、どうでもいいことだ。私にはやらなければならないことがある。

 夕飯を作り、片付けをして、風呂入って、宿題をして、寝て、起きて。その繰り返しの生活をしなければいけない。こんな冗談に付き合ってあげるほどいい人間でもない。

 それに隣人の男性にお礼も言えてないじゃないか。


「まだ、信じて貰えてないみたいですね。仕方ありませんよね」


 信じれるわけがない。この世界が別世界なんて馬鹿げている。

 青年の前だろうが私はお構いなしにため息を吐いた。

 ため息を吐いた時に視線をずらしたので青年の方は向いていなかったが、気配で彼が動いたことが分かった。何気なしに青年の方に向きを変えると、すぐ目の前に顔がある。


「ちょ、近いんですけど!」

「貴女は元の世界になんか帰れませんよ?だから、認めて下さい。そうすれば楽ですよ…貴女が勇者だという事実を」

「なに言ってるのか分からないです。私は勇者じゃない、りいなっていう名前があるんです!」


 目の前の青年はさっきまでの穏やかな雰囲気が消え、ただ口角を上げるだけの笑みを浮かべた。小さく小声で「りいな、ですか」と呟く。


「リーナでいいですね。他の人にはリーナと名乗って下さい」

「何で貴方に決められないといけないのよ!」

「貴女の本当の名前は僕だけが知っていればいいのですよ」


 青年はもう一度、私の前で跪く。この人を蹴ってやろうかと考えたが、何だか後が怖いので止めとく。

 口では偉そうなことを言っているが中身は普通の女子高生なんだ。内心は知らないところに来てパニックに陥っているし、目の前の青年も信じられない。

 知らない美形な人、知らない漫画のようなところ。私にも、もしかしたらという気持ちもある。だが、それを受け入れたら駄目なんだ。


『気を付けろよ。特に夜道には、な』


 ふと思い出すのは隣人の男性の言葉だ。確かに夜道には気を付けることだった。


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