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 かすり傷ぐらいなら私一人でも手当が出来たであろう。でも、こんな大量に血が出ている傷の手当ては出来るのだろうか。いいや、出来ないとは言えない。しなくてはいけないんだ。


「死んだら何も残らないの」


 私は知ってる。死んだら何も残らないことを。

 私の両親も死んだ後は何も残らなかった。お金とはそういうものが残らなかったのではない。ただ、楽しいと思う気持ちが何も残らなかったんだ。

 両親と共に過ごした記憶も日々を過ごす度に過去のものになり、最後には何もなくなる。そんなのは嫌だ。共に生きているからそこ楽しくて、悲しくて、素晴らしいんだ。


「レオンッ」


 耳元でレオンの名を呼ぶ。傷口を確かめるために彼にそっと触れた。

 血はシーツにぐっしょりと付いているので傷は背中だろう。ゆっくりと彼を横に向けると背中の服が破けていた。そこから赤い血は溢れ出ている。

 背中の傷口は血であまり見えないが、酷いことになっているというのは分かる。何かに思いっきり斬りつけられたような傷口だと。


「りいな」


 優しく私の名を呼ぶ声で勢いよくバッと声が聞こえた後ろを振り返る。

 さっきまではこの寝室には私とレオンしかいなかったはずだ。なのに、そこにいるのはどっからどう見てもアルフレートだ。それに彼の側に大きな黒い狼が存在している。


「そいつも馬鹿だよなぁ。こんな怪我を負うなら、お嬢ちゃんを奪いになんて来なければ良かったのに」

「えっ?」


 さっき、アルフレートは何と言ったのだろうか。怪我を負った理由を言ったのか。

 目覚める前は私は確かにアルフレートといた。私が寝ている時にレオンは来て、私を連れて行ったと言うのか。

 それならば、レオンが怪我を負ったのはアルフレートが斬りつけたのだろう。腰に差している剣であのうさぎを殺している場面を私は見ている。それにレオンの傷口は何かに斬りつけられたような傷口なんだ。

 アルフレートがレオンに怪我をさせた。それが納得のいく理由だ。


「なんで……」


 でも、なんでなのだろう。なんで、レオンは私を連れに来たのか。彼にとって私という存在は邪魔なものではないのか。

 アルフレートから視線を外し、ベッドに横たわっているレオンを見る。彼は辛そうな顔をしていた。


『僕が守りたいだけですよ』


 守ってもらわなくてもいいと言った私に対しての返答がこれだった。

 もしかして、レオンはこのことを覚えていたのか。そして、私を守ったと言いたいのだろうか。

 別に私はアルフレートから何か嫌なことをされたわけではないのに。

 何だか、それが可笑しくて小さく微笑むとレオンの手がピクッと動いた気がした。


「レオン?」

「……お嬢ちゃん、駄目だ」


 ピクッと動いたレオンの手に触れようとしたが、その寸前でアルフレートから手を掴まれる。

 ふとアルフレートの顔を見上げると、彼は酷く悲しそうな表情をしていた。

 なんでそんな悲しそうな顔をしているの、と言葉を発する前に強引に手を引っ張られる。彼の胸に力強くぎゅっと抱き込まれた。


「お願いだからさ、お嬢ちゃんは俺を見て」


 冷たい体温が全身を包み込み、寂しそうにつぶやく声が私の耳を刺激した。

 大きな手で目を隠され、何も見えなくなる。目の前に広がる暗闇はまるであの星が綺麗な夜に見た男性のようだ。悲しそうなのに、嬉しそうな笑みを浮かべていた男性のようだった。


「ごめん、な」


 そう、その日も男性は謝っていた。何に対して謝っているのか分からないまま、ずっと謝っていた。


「だめ……」


 段々と意識が遠のいていく。駄目だ、ここで意識がなくなったらレオンの手当ては誰がするのだろうか。そう思うのに、体がいうことをきかない。


「れお、ん」

「あれぐらいの傷なら、そいつは死ない」


 レオンを気にする私に言った言葉は嘘だとしても、意識を失う前の私には効果的だった。死なないと安心して、そっと重たいまぶたを閉じる。

 最後に「りいな」と私を呼ぶ声が聞こえた気がした。その声は温かい体温の持ち主の彼の声だった気がした。




 暗闇にほのかに光る星を掴むことは出来ない。それでも掴めないだろうかと思い、手を伸ばすことは決して無駄なことではないはずだ。


『お前、名は何というんだ?』


 寝っ転がって星に向かって痛みの引いた手を伸ばしていたら、隣にいた男性がそう聞いてくる。その問いかけに自分の名を呟いた。


『りいな、か。りいな、今日から俺がお前の側にいるから、寂しくないだろう?』

『……側にいてくれるの?』

『あぁ、側にいる。そう、俺が……までは』


 泣きそうなほど顔を歪めているのは男性の方なのに、実際に涙を流したのは私の方だった。その涙を拭う手は温かくて、冷たくなっていた私にとって気持ちいいもの。


『だから、お前も俺の側にいてくれよ』

『あなたも寂しいの?』

『あぁ、そうだな。寂しくて悲しくて、どうしようもないって感じだ』


 掴めない星を掴むのを諦めた私は代わりに男性の手を掴んだ。私の涙を拭っていた男性の手を取り、小さく呟いた。あなたも生きたいの、と。


『俺は……そうだな、生きたいと思う。でも、もういいんだ。だから、俺の代わりに生きてくれないだろうか?』


 死にたいなんて思わずに、生きたいとだけ考えろ。男性は私にそう囁き続ける。


『ごめんな。俺はきっとお前に酷いことをしているんだろう。でも、それでも俺はお前を……』


 もう一度だけ、男性は私に謝った。

 何度も謝らなくていいのに、あなたは何も悪いことなんてしてないのに。そう言いたいけど、男性が泣きそうだったので言葉は何も言わずにそっと優しく手を撫でた。


『ごめん。ごめん、な』


 ぽたりと私の頬に雫が落ちてくる。夜空は星が綺麗に見えるぐらい雲が一つもないのに。




「禁術を使ってまでも奴が助けたかった命か」


 意識がまどろみの中から浮上してきて最初に聞いた声はどこまでも冷たい声だった。

 冷え切った声はどこまでいっても温かみを感じない。ゾクッと全身の鳥肌が立つ。


「おや、どうやら目を覚ましたようだな」


 目を開けると、そこは見知らぬところだった。最近、こんな場面が多いなと考えているとふと目に入ったものに目を奪われる。

 薄暗いこの室内のようなところでも目立つ綺麗な銀色の髪。長さが腰までもあるのに癖一つもない綺麗な髪だ。それに紅い瞳は見つめられると目を逸らせなくなるほどの力を秘めている。


「奴に見つかる前に貴様が起きてくれて助かった。お陰で貴様と話すことが出来そうだ」

「……あなた、は」


 この紅い瞳を持った人物に見つめられると息が苦しい。かろうじて言葉を発することは出来たが、これ以上は無理そうだ。

 空気が思いっきり吸うことが出来ない。呼吸が乱れ、息が荒れる。

 そんな私の姿を紅い瞳が映し出す。それは楽しそうに。


「私のことはどうでもいい。私は貴様のことが知りたいんだ。貴様が生きる価値があるのか、ないのかを」


 ベッドらしきふかふかしたものに寝ている私は、椅子に座って足を組んでいる人物を睨み付けた。例え、息が苦しくても、本能的に恐怖しか感じない人でも、私は睨み付ける。

 私は貴方に生きるか死ぬかを決められることはないのだと。そう目線で訴えながら。


「っはは、強気な女は嫌いではない。だかな、これだけは教えといてやるよ」

「なに……」


 椅子から降りて、私のベッドの横に立つ。

 歪んだ笑いを見せた人物は私の首筋を指でスッと撫でた。


「私に会った時点で……いや、レオンとアルフレートに出会った時点で貴様はもう、逃げられないんだ」


 歪な笑い声を上げながら、紅い瞳をした人物は暗闇の中へと消えていった。意味不明な言葉を私に残して。


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