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星野先生とデラックス(1)

学校の授業も既に終わり今は放課後の部活動などの時間になっていた。そんな時間に全く人気が無い図書室のその奥である図書管理人室と言う狭い部屋に俺達図書室クラブ会員達が集まっていた。一体何をしているのか、と言えば……変な儀式だった。

「お、おい、コレ本当に大丈夫なんだろうな?」

 沙羅が先ほど図書管理人室の床に書いた謎の図形を見ながら斉藤は余りにも不安になったのか妙な馬鹿でかい本を持つ沙羅に訊ねていた。

「何言ってんのよ、カッちゃん、こうしなさいってこの本にも書いてあるじゃないの。だから平気に決まってんじゃない。それとも今更になって怖気ついたのかしら?」

 奇妙な図形を描き終えた沙羅が今回はツッコミになっている斎藤を少し睨むように見つめている。今回は斎藤がツッコミなので俺は随分楽である。

「この状況を見れば誰だって不安になるわ! なんだこの部屋は! カーテン閉め切って電気消してロウソクつけて床にはよく分らない図形と来た! もう何かの儀式にしか見えんでしょうが! 大体、そんな胡散臭い本に書いてある事が信用できる訳がないだろ!」

 斎藤は沙羅が持つ奇妙な本を指しながらこの状況に思いっきりツッコミを入れている。沙羅の馬鹿にしたような目線に少し熱くなっているんだろうか?

「まぁ、まぁ、一輝君落ち着いて下さい。結構楽しそうですよ、コレはコレで」

 熱くなっている斎藤を後ろに居た美優が止めに入る。しかし止めるのは斎藤なんだ……。美優は楽しければそれで良いのか? 

「そうよ、美優の言うとおり少し大人しくしてなさいよね。大体コレは儀式みたいじゃなくて儀式なんだからね。分ってないと呪うわよ?」

 沙羅が斎藤にさらっと笑顔で怖い事を言った。こいつは本気でこんな事信じているのだろうか? 馬鹿馬鹿しい。と言うか何の儀式なんだ? 呪いの儀式なのか?

「美優まで……。少しは止める人増やしてよー」

 斎藤が疲れきった顔で悲痛の叫びを上げた。沙羅を俺らがそう簡単に止められる訳無いだろうが。

「ほらほら、カっちゃん分ったらそこどいてくれない? じゃまよ。美優、そこのロウソク消えちゃたから点けておいてくれない?」

 疲れた顔の斎藤を沙羅がシッシっと俺のほうへと追いやり、美優を助手のように使っていた。

「はぁー……」

 沙羅に完敗して疲れ果てた様子の斎藤がトボトボ歩いて来た。

「お疲れ斎藤。止められなくて残念だな」

 俺の隣で腕組みをして机に寄りかかる星野先生が斎藤をねぎらった。

「先生―あいつ等ほって置いて良いんですか?」

 斎藤は今回の事が始まってから殆ど動かずに俺の隣に居た星野先生に意見を求めた。動いてないんだから分るだろ。

「別にいいんじゃないか? 面白いし私も良い暇潰しになるからな」

 星野先生はさも当然かの用にそう言い放った。この人こそ本当に面白ければそれで良い人なのだろうな。

「はぁーそうですか」

 斎藤はまたしても惨敗して大人しく星野先生の隣にパイプ椅子を用意してそこに座り一人でなにやらブツブツと愚痴らしき物を呟きだした。しかし何だ、本当に今回は楽だな……俺必要か……?

「さて準備も出来たし早速始めましょうかね」

 沙羅がチョークを使いなにやら最後の模様を書き終えて手に付いたチョークの粉を落としながらこちらを見てニヤリと笑った。

「さて一体誰が消されるのかな?」

 俺の隣に居た星野先生が突然物騒な事を言った。

「えぇー! そう言うタイプの儀式なんですか!? アイツ絶対俺消しますよ!」

 先生の発言後ぐったりしていた斎藤がいきなり立ち上がった。俺でもお前を消すな。

「そんな事無いわよ、どんな事が起こるかなんて私も良く分らないんだから」

 興奮する斎藤に沙羅が落ち着かせるためなのだろうが逆にそれはそれで怖い事を言った。それは斎藤も同じようで。

「何にも分んないのにやってんのかよ!? 計画性無さ過ぎでしょ!?」

「そんな事無いわよ! 何が起こるか分らないから面白いんじゃない!」

「いや、それが計画性ないんだってば……」

 斎藤と沙羅の小さな討論は良く分らない形で終わった。

「さて本当に始めるわよー」

 沙羅は気を取り直し古びた本を開きなにやら良く分らない言葉を発し始めた。呪文ってヤツなのだろうか?

「キェェェェ!」

 呪文らしき言葉を一通り言い切ったのか最後に沙羅が奇声を上げた。

その瞬間床の謎の図形が光出し薄暗い図書管理人室を青白い光が包み込んだ。

「こ、コレは……!?」

「沙羅ちゃん成功ですかね!?」

「すごいじゃないか山本」

「……」

 奇声を発した本人と俺はだまっているが他の皆は次々に驚きを口にした。しかし驚いたのもつかの間で直ぐに光は消えていた。

「……ん? 何か起きたか?」

 光が消えてもしばらくしても何かが起こる気配は無い。不自然なほど静まりかえっている。星野先生は一言そう呟いた。

「結局何も起きなかったって事なのか?」

 痺れを切らしたのか斎藤がそんな事を口にした。

「まぁそんなもんよ。さて片付けましょうかしらね」

 斎藤の発言などどうでも良いかの様に沙羅はカーテンを開け道具を片付け始める。全く未練が無いようだ。歴史に残るかしれないような現象を目の当たりにしても沙羅にとってはどうでも良い事の様だ。

「えぇーコイツ何がしたかったんだよ……。はぁー」

 片付けを始める沙羅と美優を横目に斎藤は深い溜息をついた。

 しばらくするといつも通りの図書管理人室に戻っていた。

「もう大分片付いたしそろそろ帰りましょうかね?」

 煙草の吸殻や空きカンなどが消えて来た時よりも綺麗になった部屋で沙羅が帰宅を提案した。もう大分始めたときから時間がたっていた。

「そうですね、そろそろ帰りますかね」

 美優は沙羅の提案に鞄を持ち上げながら答えた。もう特にすることも無いし今日はこの位で俺もいいと思う。

「はいはい、もう何でも良いですよ。今日は疲れた! 帰って寝るわ」

 斎藤は何か吹っ切れた様子である。

「やっと帰るのか、まぁ気をつけてな」

 星野先生は俺達が帰る話しになるのと同時にスーツの内ポケットから煙草を取り出した。

「もう、先生いきなりですか? まぁ今回はカっちゃんが居るからやってる時は吸わないでいてくれたから良いですけど、あんまりココで吸っちゃ駄目ですからね」

 沙羅が今にもライターで火をつけそうな星野先生に向かって注意した。

「分ってるさ、それより早く帰らなくていいのか?」

 この人は絶対に分って無いだろうな。

「帰りますよ、でもそんな急ぎじゃないですよ」

 沙羅はそんな事を言いながらも確実に帰る準備をし始めた。

「それじゃ皆行きましょう」

沙羅はそう言うと図書管理人室から斎藤と美優を連れて出て行った。

「桂も直ぐ来なさいよ、校門で待てるからね」

 最後に沙羅はドアから頭だけ出すようにしてそう言ってまた消えていった。俺ももう帰ろうかな。

「杉下、今日は楽しかったか?」

 横で煙草を吸い始めた先生がボーっとする俺に対して煙を吐きながら訊ねて来た。

「……まぁ楽しかったですよ。ただ……」

 ギシギシ――

 俺は身動きの取れない身体でもう一度動こうと努力してみる。

「この手と足の縄が無ければもっと楽しめたでしょうね……」

 俺の手足には沙羅が結んだ縄がきつくしてあって身動き取れないでいた。

「仕方無いんじゃないか? そうしないと杉下帰るんじゃないか? 山本もそう思ったから縛ったんだろ?」

 星野先生はタバコをふかしながら何やら机に背を向けたまま引き出し開け中をあさり始めた。

「確かにそうですけど、終わったんだから解いてくれても良いだろうに……」

 まだ解けない縄を俺は必死に解こうとする。くそ! なんて硬さだ!

「ほれコレ貸してやるよ」

 星野先生は机から取り出したカッターを俺の前にほうり投げた。目の前にあるけれど上手く動けないので取りに行くのも大変だろう。

「先生……貴方も中々酷いですね…」

まぁ無いよりまだマシだがそれでも酷いな。

「しかし今日は縛られているからとは言え杉下はなにもしてないな」

 俺が必死カッターを拾おうとしている時に先生がポツリと言った。

「……そうですね」

 少し俺は動きが鈍くなる。

「杉下がいなくても結構ちゃんと回ってたな」

 先生は更に追い討ちをかけるように呟く。

「だから何ですか? たまには良いんじゃないですか?」

 そうだ、いいのだ、たまには俺が何もしない日が有ったって。あれ? おかしいな? 手に汗が滲んでカッターを上手く握れないな……。

「そんな事より早く帰らないと、しかし切れんな、この縄」

 俺は先生に投げ与えられたカッターを使用し縄の切断を必死に試みる。なんだか漫画みたいだな。

「これからは杉下不要になるかもしれんな。高坂も入った事だし」

 先生は未だに俺の隣で煙草を吹かしながら訳の分らない事を言っていた。早く帰りたい……。星野先生の戯言を適当に聞き流し以外に悪戦苦闘しながらも何とか縄を解く事に成功した。

「よし! 切れたぞ! やっと帰れる! 待ってろよーアイツら! それでは先生さようなら!」

 俺は縄を解くと隣で結局動く事の無かった先生に軽く挨拶して図書管理人室を急いで後にした。先生はただ一言“あぁ”と呟いて送りだしてくれた。はっはっは! 待っていろ、皆! 俺の力を見せてやる! 俺は嬉々とした足音と共に図書室を後にして沙羅や斎藤たちの待つ校門へと向かった。

 校門に着くとそこには頑丈そうな用務技師さんが一人リアカーを引く姿が見えるだけで他に人影は見当たらなかった。俺は無言で空を見上げたんだ……。そう夕焼けに染まる黄昏時の空を……。


ジリリリリ――!

頭の横に存在する青色の騒音発生器が朝七時になるのと同時にいつも通りに容赦無く安眠中の俺を叩き起こすように大声を上げた。ちなみにこの時起きないと八時になるとまた騒音を発生させる。しかし貴女も相変わらず仕事熱心すね……。

「うぅ……」

ジリリリリ――!

「う、うるせぇ!」

 俺は意識がボンヤリとしているがそのまま耳元の目覚まし時計と言う名の騒音発生器を思いっきり叩いて黙らせる。そこで大人しくしとけバカが!

「くそ……もう時間か……」

 叩き起こされて中々に不機嫌だがこのまま二度寝なんてしたら俺は次に鳴ったとしても昼まで起きないだろうな。

「さて、そろそろ起きなくては」

 ヨロヨロとフラつきながらではあるが壁の制服までの道を行きサッサッと着替えを済ませてしまう。着替えを済ませたら一階へと階段を下りて行く。

「あら、おはよう桂。しっかり起きて偉いわねー」

 一階に下りるとキッチンで朝食を作る母の姿があった。

「はいはい、有難うございます」

 いつでもノンビリとしている母と軽く朝の挨拶を済ませる。テーブルの上には既に朝食であるトーストとスープなどが並んでいる。俺はそのトースト達をテレビのニュースを見ながら黙々と食べ身支度を済ませた。

「それじゃあ行って来ます」

 玄関に立ち後ろで送りだしてくれている母に挨拶をして家を出て行く。空に輝く太陽の眩しさに一瞬目を細める。

 外に出ると登校時間の真最中と言う事もあり家の前には沢山の学生やサラリーマンが歩いているのが見える。自転車だったり歩きだったりとまぁ、いつもの風景である。俺もそんなどこにでもあるような風景へと身をゆだねて行く。

 俺の住む町セントラルシティーは数十年前から開拓が始まり俺達の時代にはもう立派なものとなっていた。学校や巨大デパートなどなどそのほかにも遊ぶためのレジャー施設なども充実しておりなかなかに発展している町であるのだ。しかし俺には生まれた時からすんでいる街なのでこの街がどの位すごいのかなんて分らないのだが。逆に不満なんかもあるくらいである。そして俺なんかよりも強い不満を持つ奴も居るだろう。

 なんて事を考えていると何やら前方に知った後ろ姿を発見した。相変わらずアイツは目立つなー。気付くようになったのは知り合ってからだけど。

「おーい美優―」

 俺は朝の登校風景に少しばかり浮いた雰囲気を持つ金髪でウェーブした髪を持ち俺より一学年上の少女に後ろから声をかける。少女は一瞬ビクリとした後こちらを振り返り何故かホっとした様子を見せた。

「あぁ桂君ですか、あんまり驚かさないで下さいよー」

 一体なんだと思ったのかは全く持って不明だがとりあえず俺は美優から危険視されていないようで安心したよ。

「おはよう美優、最近は良く会うな」

 知り合ってから登校経路がほぼ同じという事もあり俺と美優は登校の時は良く合うのだ。

「おはようございます桂君、そうですねー良く会いますね。運命か何かでしょうか?」

 美優は微笑みながら冗談らしくそう言った。

「運命とは言いすぎだな、時間が同じ位なんだから会ったって何もおかしくないさ」

 俺は美優の冗談に軽く返事をする。

「ところで桂君、昨日はちゃんと帰れましたか? 少し心配で……」

 美優は申し訳無さそうな顔で昨日の事を聞いて来た。この子は心配してくれてたんだな……。

「あぁ大丈夫だ、あの後ちゃんと縄から脱出して帰れたさ。美優こそ俺がいなくてあいつらに付き合うの、大変じゃなかった?」

 美優に心配させるのも気が引けるのできちんと答える。勿論悲しみの底で帰ったことは口が裂けても言わないが。

「そっか、それは良かったです。私は平気でしたよ、沙羅ちゃんも一輝君も良い子ですから桂君の心配には及びませんよ」

 美優は俺に心配かけないように答えたのだろうがそれは俺が期待していた答えではなかった。美優も悪気は無いんだよね……。俺の発言が分りづらいか……。

「そっか、あいつ等成長したなー」

 やっぱり何となく悲しかった。美優はと言えば隣でニコニコしていた。この子はいつも元気だなー……。

「まぁこんな所で立ち話もなんだ、行こうか?」

「そうですねまた前回のように皆とは行きませんが話しをしていて遅刻と言うのは嫌ですもんね」

 そんな会話をした後俺と美優はまたノタノタと歩き出した。

 美優とは基本的に学校の事についてなどに関して話合っていた。人と話しながら歩くと大分時間が早く感じるものであっという間に学校へとついていた時間もちょうど良く、美優と歩いて来たので頭もかなりスッキリしている。俺達は校門を通りすぎ入り口へと続く石畳の道を歩いている。

「今日は沙羅ちゃんと一輝君とは会えませんでしたね」

「あぁそうだな、まぁ直ぐに合えるさ」

「直ぐに合えるのは桂君だけですよ? 私は放課後まで待ちですから……はぁー」

 美優は皆に会えないのを残念そうに言って溜息をついた。そこまでだろうか?

「少しの辛抱だな、ずっと一緒にいるとそれはそれで疲れるんだぞ」

 一体あいつ等とつるんで俺がどんな目にあって来たか……。

「そうなんですか? 桂君は付き合い長いですもんね、色々知ってますよね。私も頑張らなくては!」

 美優はどこから来るか全く分らない気合で更に元気を増した。この子は本当に明るいな……。俺は美優にばれない程度の溜息をついた。なとんと言うか疲れるんだよな……嫌いなわけじゃないけど。そんなこんなで歩いていると校舎内に入っていて階段の前に来ていた。

「それじゃここまでですね、また放課後会いましょうね。沙羅ちゃん達にもよろしくです」

「分った、美優もじゃあな」

 分かれの挨拶を済ませると美優は駆け足で階段を上がって行った。

「俺も行こうかなー」

 美優を見送り自分の教室へと歩いていく。

「あら桂おはよう、美優はもう居ないのかしら?」

 教室へ歩きだすと同時に後ろから聞き慣れた声が俺の名前を呼んだ。

「おはようさん。何だ、見てたのか? 話しかけてくれれば良かったのに」

 呼ばれてから後ろを振り返るとそこには美優までとは言わないが長く綺麗な栗毛で整った顔つきの学校の白い制服が良く似合う少女がハンカチで手を拭きながら立っていた。

「別にいいでしょ何だって話しかけるも話しかけないも私の自由よ」

 良く見ると少女の服装が少し乱れているのが分る。少女の現れた方向には女子トイレが見える。

「なんだ、トイレに行ってたんだったらもう少しゆっくりして服装位整えたらどうなんだ? 一応女の子なんだしトイレ行って汚い格好じゃ駄目だろ?」

 俺がそう言っていると同時に沙羅の顔が少しずつ赤くなって行き言い終えると何やらプルプルと下を向いて振るえ出した。

「ん? どうした? まだ痛むのか?」

 下を向く沙羅に心配して声をかける。しかし沙羅は突然顔を上げ赤い顔で俺をギッリっと睨みつけた。

「どうしたそんなに痛いのか!?」

 俺は更に心配してしまう。

 しかし俺の心配とは裏腹に沙羅からいきなりグーが飛んできた。

「うぉ!」

 そのパンチを俺は間一髪で首を傾けたためなんとか避けることに成功したがもう少しで本当に当たるところだった。しかし沙羅は一発では止まらずに続けて二撃目を繰り出してきた。

「うがぁぁ!」

 思いも寄らぬ沙羅の奇声と第二撃に反応仕切れずに俺は沙羅の拳を思いっきり顔面で受け止める格好となりそのまま後ろに吹き飛ばされた。

「どうぁぁぁぁ!」

 俺は数メートル飛ばされて仰向けなり停止した。

「いってぇな! 何すんだ!?」

 俺は倒れながらも上半身を持ち上げて沙羅の方を睨みつける。

「何でかって? そんなの女の子がトイレに行ってたなんて人が沢山居るようなところで言うのが悪いのよ」

 沙羅は俺を吹き飛ばしてスッキリしたのかもう顔は赤くなくいつもの沙羅に戻っており本当にトイレの事だけだったのか考えさせられる様子であった。大体沙羅はその程度で怒るような奴だったっけ?

「たく痛てぇな……。そんで気は済んだか?」

 倒れた時に打ち付けてしまった右肩を摩りながら訊ねる。

「えぇたいぶスッキリしたわね、最近疲れが溜まってるわ」

 やっぱり他の事でのストレス発散か……どうせ無理な読書でもしたんだろう。俺は心の中で呟きつつ横で気持ち良さそうに伸びをする沙羅を少しだけ力の抜けた目で睨んだ。全くコイツは俺と斎藤にだけは本当に容赦ないな……。

「しかし何も美優に会いたいからってそんなに急がなくても良いだろ、放課後にでも会えるんだし」

 俺が隣の沙羅に呟く。

「何言ってるのかしらこの桂は……」

 沙羅は、はぁーと溜息混じりに呆れた。呆れと不機嫌は沙羅の専売特許だな……。

「会いたいに決まってんでしょ? 学年違うんだから最悪放課後まで会えないのよ? 朝見かけたら挨拶位したいわ。まぁそう言う事を分らないのは桂らしいけど」

 そんな自分勝手な事を言いたいだけ言った沙羅は。

「さて私はもう一回トイレにでも行ってアホ桂の言う通り身だしなみでも整えましょうかね」

 そう言って来た方向へと戻って行った。ほらな? アイツ自分で言ってるよ。何だかかなり切ないんですけど。と言うかアイツ昨日俺を置いて行った事全く気にしてないな。いや別に良いよ、うん。気にしてなんかいないんだから……。

「さて教室に早く行こう……」

 俺は沙羅としばしの別れをしてその場を後にした。

 教室にはクラスメイトが数人居り皆好き勝手にやっている。そいつらと軽く挨拶を交わし俺は自分の机に歩いて行く。机につくと荷物を下ろし席に着いた。席に着いたら特にすることも無いので持って来ている本を読み始めることにでもしようかな。少しするとトイレで身だしなみを整えるのを終えた沙羅が帰って来て俺の前の席へと腰を下ろした。

「あら桂まだその本読んでたの?」

 表紙をしたから覗き込むようにして物を確認すると沙羅はそんな事を聞いて来た。

「まぁな、コレは基本的に暇な時用の奴だからな。頻繁には読んでないんだ」

「へーそうなの、読み終わったら感想聞かせてね、面白そうだったら借りるから」

「良いけど沙羅の趣味から少し外れているかもしれんな」

「まぁ良いわ、適当にさっさと読んじゃいなさい」

 沙羅としばらくそんな会話をしていると沙羅がある事に気付いた。

「あ、もうこんな時間じゃない、まだカッちゃん来てないけど平気かしら?」

 時間を見ればもう八時半である。ホームルームが八時三十五分なのでもうそろそろ来ないと遅刻になってしまう。もうこの時点でかなり危険な時間帯ではあるが斎藤ならこれは遅刻ルートであろう。

「そう言えば来てないな、どうせまた寝坊でもしたんだろうよ」

 俺はどうでもいい事なので軽く流す。

「確かにカッちゃんって遅刻の理由寝坊が多いけどそれでも起きる時間私達より早いわよね」

 沙羅は少し笑いながらそんな事を言った。確かに斎藤は早起きだ、俺はともかく沙羅がビックリするほどに……。それでも遅刻する事が多いのだから相当遠い事が分る。俺も親に送ってもらう事でもしなければアイツの家にはなるべく行きたくない。

「斎藤が休むって事は無いだろうから遅刻でもその内ひょっこり来るだろうよ。おっと時間だ」

 俺は腕に付いているデジタル時計を見る。時刻はちょうど三十四分から三十五分になった瞬間だった。その後数秒のタイムラグを置いて学校のチャイムも三十五分の合図を鳴らした。この瞬間斎藤は遅刻が確定したのだ。

「また斎藤は遅刻か?」

「そうでーす」

「まったく今日もか……」

 チャイムの後教室に入ってきた担任が教室を見渡してからそう呟きそれにお調子者の奴が返事をした。斎藤の遅刻は結構頻繁に起きるのでもう誰も気にしていない。斎藤遅刻と、担任はそう呟きながら出席簿に何かを書き始めた。

 その後斎藤が登場したのは五分ほど後でホームルームも終盤の時であった。廊下からドタドタと音が聞こえ始め勢い良く扉が開いて長身で短髪の眼鏡をかけた男が息を切らせて教室に入って来た。この変な奴が斎藤である。

「セーフ!?」

 コレが遅刻した奴の第一発言である。斎藤は俺とは違い普段時計を持ち歩かずなおかつ驚くほどの機械オンチなので携帯も持っていない人間なのでこの時点で自分が遅刻しているかどうか分らないのである。ちなみにこの発言後遅刻している事を教えられてかなりガッカリしていた。そして今回も理由は寝坊だった。

「くそーこの学校始まるの、早すぎなんだよ!」

 斎藤はホームルームの終了後に俺の席の前でいつものようにぼやいていた。

「大体俺の家は何であんなセントラルティーのド田舎であんなにも遠いんだ? 普通に死ねるわ!」

 既に斎藤の決め台詞になっている、何で俺の家は……が発動した。本当にコイツはコレに関する愚痴が多すぎだ。まぁそうは言っても本当に驚くほど遠いのでこいつには同情するしかないがそれでも面倒だった。しかし同情はしても俺と沙羅はもう面倒くさい方が強くなっているのでコレは適当に流すかからかう事にしている。

「はいはい、良かったな、遠くて」

「そうね、遅行はカッちゃんにお似合いよ」

「お前らもう少し聞いてくれても良いのに……」

 こんな感じで流れていく。その後もなんだかんだで、斎藤をいじりつつ今日の朝が終わって行った。

 当然ここは学校なので話しをするだけではなくきちんとした授業が存在する。普通ならばしっかりと聞くべきなのだが俺は大体の授業は寝て過ごすか大好きな読書をして過ごすのが基本の学校生活となっていた。そうすると時間の経過が途轍も無く早く感じるのであっという間に半分が過ぎ昼休みになっていた。


「斎藤それは美味いのか?」

 沙羅と斎藤と共に俺は昼飯を食べている。斎藤は俺の前で何やら良く分らないものを食べていた。何だ、これは? 初めて見る食べ物だ。

「コレか? 美味いぞ、これはな、斎藤デラックスと言ってだな、昨日俺がついに完成させたスペシャルな食べ物なのだ!」

 斎藤がぶっ飛んだ何やら良く分らないことを言っているが、どうやら斎藤が作ったらしい。見た目はなんとも美味しそうとは言えない容姿で黒かった……俺は食いたくない。

「そうか……完成おめでとう」

 俺は精一杯な優しさを込めて斎藤を祝福した。

「おぉ有難う、ケイも食うか?」

「全力で遠慮する」

「そ、そうか……」

 斎藤は優しく勧めてくれたが俺は斎藤に悪いので大人しく遠慮した。斎藤、それは君だけの物だよ。

「あんた達そんな奇怪な食べ物のことはどうでも良いけど今日は終わったら暇なんでしょうね?」 

 俺と斎藤が話していると隣で弁当を食べていた沙羅がそんな事を言い出した。コレは俺達共通で毎日のようにしている決まった会話なので。どういったものか直ぐに分る。

「今日か? 俺は当然暇になっているぞ」

「俺も暇じゃー」

 斎藤と俺は沙羅に暇である事を知らせる。暇じゃないときなど滅多に無いんだよな……俺ら。

「そ、勿論私は行くわ。それじゃ昼休みもそろそろ終わるし次の授業の準備でもしようかしら」

 沙羅はそう言うと手早く片付けを済ませ席から離れて行った。斎藤は未だに斎藤デラックスを俺の前でほお張っている。コイツはどうしてこんな物を作ろうと思ったのか……。

 さてさてそんなこんなで今日の授業も終わりとなり。俺達のお楽しみ時間へと向かっていた。

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