ガンジーと掃除用具入れ(1)
この学校は学生棟と職員棟に分かれていて図書室は職員棟にある。もちろん俺達が普段居るのは学生棟である。今俺は、山本沙羅、斉藤一輝と共に学生棟と職員棟を繋ぎ図書室へと続く渡り廊下を歩いている。沙羅と斉藤は飽きもせずお喋りを続けていた。
俺達の通う学校には普通の学校よりも部活動が多く、野球部、サッカー部、美術部、吹奏楽部などポピュラーなものを始めとしてサイクリング部、将棋部、UMA研究部等……。だが、しかし! この学校のどこをいくら探そうとも図書室クラブなんて言う何の活動をするのか全く分からないクラブなんて見つけることは不可能だろう。そもそも図書室クラブなんて物は存在しないのだ。大体、部ではなくクラブなのだ! クラブなんてものが成立するのは精々小学校くらいまでだろう。
学校に登録もされていない、知っている人間も皆無に等しい正体不明の謎のクラブ――図書室クラブ。その実態は会員俺こと杉下桂。自称図書クラブのアイドル件会長、山本沙羅。図書室クラブの雑用件いじられ役、斉藤一輝の合計三名で構成される、図書室と読書をこよなく愛する暇人共が放課後集まり読書したり図書室の平和を護ったりするヘンテコクラブなのである。
「ちよっと、桂! 聞いてるの!? それとも私なんかとは話も出来ない、と言う無言の抵抗かしら?」
「ダメだよ沙羅、ケイ完全に放心してるよ」
むっ……周りから何か聞こえるような……。
「ちっ、こうなったらー!」
右を見ればやけにニヤけた気持ち悪い斉藤の顔があった。その直後に頭が左に傾き左耳に激痛が……!?
「痛ってぇぇぇぇぇー!」
一瞬何が起きているのか分からなかった。
「あら? やっと気付いたのね、てっきり死んでいるのかと思ってしまったわ」
顔が完全に笑っている。しかもまだ俺の耳を掴んだ手を離していない。
「気付いてる、気付いてる! 気付いてるから止めてくれ! 耳が千切れるから!」
俺の必死の願いに沙羅の手は三秒ほど後に離してもらうことが出来た。
「全く何なんだよ……沙羅は突然」
俺は沙羅に引っ張られ赤くなった耳を押さえながら先ほどからの疑問を訊ねる。
「で、俺に何の用なんだよ?」
少し不機嫌そうな沙羅に尋ねる。コイツは何時も呆れているか不機嫌そうだ。
「さっきからカッちゃんと話してるじゃない、この間二人に貸した本の感想聞いてんのよ」
そんな話していたのだろうか……全く気付かなかった様だ。
「あぁーアレねーうーん……面白かったよ」
実際は俺の趣味ではないジャンルなので適当にパラパラと読んで余り物語を記憶していないというのが本当の所であったのだった。その事には長年の付き合いである沙羅は気付かれており……。
「やっぱり桂は読んでないか……」
と、呆れている。
「いや、一応一通り読んだのだが……」
読んでいないと言うのは少しシャクに触るので言い返してみるが……。
「ストーリーを少しも覚えていないようじゃ一応でも読んだとは言えないわ」
と、あっけ無く撃沈。さらに。
「カッちゃんはちゃんと読んでくれたのにねー」
と、追い込みを賭けてくる。
「うっ!」
俺が斉藤以下だと……そんな事あって良いのか?
「おいケイ、今俺の事バカにしただろ?」
斉藤が俺の心を読んで何かほざいているのだがどうでも良い事だ。
「沙羅……」
俺の多少真剣に言おうと思ったのが沙羅に伝わったらしく。
「何かしら? 桂君、カッちゃん以下がやっぱり嫌なのかしら?」
君付けで呼び、俺の心を読んできた。
「あぁ、今度あの本もう一度読み直してくるよ!」
力強く言い放つ。
「えぇ、良い努力ね」
沙羅も笑っている。
「おい、二人とも俺の事見下しすぎだろ……」
向かい合う俺と沙羅の遥か後方で斉藤の悲しげな声が鳴り響いていた。
そんなこんなで三人でガヤガヤ歩いているうちに図書室へと着いていた。
「失礼しますと」
恐らく誰も聞いていないであろう入室の挨拶を終え沙羅に続き斉藤、俺と入室して行く。俺達の学校の図書室は流石に新しい学校で図書室もかなり広く、大量の書物に加え調べ物用のパソコンなどによりかなりの快適空間となっているのだ。俺としても嬉しい限りである。しかしそんな素敵空間である図書室には、ほとんど人影は無くチラホラと勉強する生徒や調べ物をする生徒がほんの数人居るだけである。それは俺達にとって嬉しい事である。人が居すぎる図書室なら俺達は、来なかっただろうしこのクラブも本当に存在しなかっただろう。
「アレ? 先生居ないな……」
普段なら係員の机であるカウンターに座っているで、あろうはずの図書室の先生を見つける事が出来ない斉藤がそんな事を呟いていて、そんな斉藤に沙羅が。
「まぁ、ここに居ないならどうせあそこでしょ」
と、言う沙羅に続き俺も。
「どうせね、いつものしてんだろうよ」
と、言っておいた。この図書室にはカウンターの横にも本棚が有るのだがその後ろには壁は無く、申し訳無さそうに薄汚れた扉が有るのだが、その扉がこの図書室の管理人室なのである。
「先生入りますよ」
別に合う必要は無いのだが沙羅は管理人室の扉を開けて行くので続いて入って行く事にした。
管理人室には読まれなくなった古い本や今度図書室に新たに入ってくる真新しい本達、他にも管理人専用の作業机などが置かれている物であり図書室の為の部屋であり決して私物を持ちこんで良い所ではないはずであるのだが、この図書室は少し、いや、かなりおかしな事に、なっている……。まず扉を開けた瞬間に気付くのが煙である。煙……煙の正体は煙草であり、煙草の煙が鼻に付き、次に管理人机の上に山のように積み上げられた煙草の吸殻が目に信じられない驚きと共に入ってくるであろう。次に部屋の奥に数本転がる空き缶にノンアルコールビールの文字に気付いたらその人は絶望に打ちのめされるだろう。そんな大人な異空間に成り下がった部屋にはこの部屋を生んだ魔王が居た……髪は綺麗な黒髪で長さは肩に少しかかる長さのセミロングで整った横顔からはスタイリッシュな眼鏡をかけ一応スーツを着た背の高めな女性が机の椅子に座り現在進行形で、煙草を吹かしていた。
「先生……またですか? いい加減この部屋勝手に使うの、止めたらどうですか?」
と、椅子に踏ん反り返る女性に返事が分かりきっている質問をしてみる俺。
「なーに、別に私以外使わないんだし良いだろって、またお前らか。ここは管理人である私の部屋だぞ? お前らこそ一般生徒のなんだから入って来てもらっては困るな。大体杉下は一々うるさいんだよ」
と、なんともふざけた事を言っているこの女性こそこの学校の図書室の管理人の星野麗子さんである。
「何言ってるんですか先生? 私達は一般生徒ではなく図書室クラブですよ? 図書室クラブは図書室の平和を護るのも仕事なんですから、汚れている管理人室を綺麗にしようとするのは当たり前ですよ」
俺の横に居て先ほど机の上の煙草の吸殻を捨て終えた沙羅が真顔でそんな先生にも負けない素っ頓狂な事を言った。
「おいおい、毎度言うがそんなクラブは無いんだぞ? てっ、聞いてないな、山本さん杉下君よ……」
確かに俺も沙羅もそんな事聞いてはおらず二人で黙々と掃除を始める。
「あれ? 杉下、斉藤はどうした? 一緒じゃないのか? それともついに外したか?」
ふとそんな事に気付いたのか今も煙草を吹かすだけで何もしていない星野先生が俺に聞いてきたが俺が答える前に沙羅が……
「そんな訳無いじゃないですか先生、カッちゃんは煙草ダメなんですよ。今まで気付きませんでした? 大体カッちゃんは大切なクラブの仲間なんですから外す訳無いんですからね? 変な事言ってると怒っちゃいまよ?」
と、奴が聞いたら号泣して喜びそうな台詞を吐いていたが、こんな台詞は斉藤本人の前では絶対聞けないだろうな。斉藤は昔から煙草などの匂いに敏感でこの部屋には余り入りたがらないため俺らがこうしている間は外に避難してある新しい本の整理やカウンター受付などの作業をしているのだ。これも奴が雑用とされる由縁である。
「まぁ、ざっとこんなもんねー」
と、手をパンパンと叩き満足げな沙羅。
「うーん、まだまだな気もするがこの位で良いかな」
と、まだまだ行けそうな気がする俺。
「やはり綺麗になるのは良い事だな、二人ともお疲れ」
と、結局何一つ仕事をしなかった星野先生。
「ちょっと、先生何掃除した瞬間から汚してるんですか?」
俺と沙羅が掃除し終えた傍から汚しに入る星野先生に突っ込む。
「良いじゃないか汚れたってまた不思議と綺麗になるんだから」
と、先生はすっ呆けた声でふざけた台詞を吐いた。
「全然ちっとも不思議じゃありません! せっかく掃除した部屋なんだから少しの間くらい大切に使って下さいよ!」
と、結果は分かっているのだが諦められない俺。
「全く感謝されて無いわね……」
先生の言葉に残念がる沙羅。
「いや、感謝ならしているさ」
なんて突然言い出す星野先生に。
「本当ですかそれ?」
と、バリバリ怪しがる沙羅に対して。
「あぁ、私だって汚い部屋は嫌だからな、君たちが掃除してくれて助かるんだよ、今まで自分でやっていたから面倒だったが、君たちのおかげで心置きなく使えるよ」
そう言いながら微笑む魔王に。
「確信犯ですか!? この野郎!」
俺は全力で突っ込んだ。確かにこの部屋の汚れ具合に気付き掃除を始めた頃より汚れは回を増すごとに増していた。
「あ……」
可愛そうに沙羅は言葉を無くしている様子……
「ハッハッハ! まぁこれからもよろしく頼むよ、少年少女達よ」
俺はこの高らかで透き通る声を聞きながらあぁ、もうダメなんだな……俺はそう心の中で覚悟を決めたのだった。その後もガヤガヤと文句を言ったり、スルスル逃げ回ったりしたのだった。
「さて、掃除も終わりましたし出ましょうか?」
口論も大分落ち着き疲れた俺が提案してみる。
「えぇ、賛成よ、こんな部屋早く出ましょう」
沙羅はそんな風に同意してくれたが星野先生は……
「私はもう一本ほど煙草吸ったら行くよ」
何て言うのだがこの人をこの部屋で一人にしてはいけないのだ。
「何言ってるんですか? 先生も直ぐ出るんですよ」
俺が扉を開き。
「さぁ、出ましょうね、先生!」
沙羅が煙草とライターを奪い星野先生を外に押し出す。
「ちっょ……山本!? 煙草返しなさい! 押すなよ!」
「返しません。さぁ、出ますよ」
沙羅の勝ち。しぶしぶと煙草を諦め沙羅に大人しく外に出される落ち込んだ様子の魔王、これで少しは治まると良いのだが……いや、治らないだろうな……
「あっ……忘れてた……」
外に出ると目の前のカウンターに座り黙々と本来星野先生がやるべき仕事なのだがサボって溜まっていた仕事を悲しげな顔でしていた。
「よ よう、お疲れ様斉藤君」
若干引き気味な俺。
「頑張ってるわね、カッちゃん!」
明るい口調の沙羅だが口が引きつっている様子が横目で伺える
「おぉー偉いな、斉藤」
斉藤の仕事振りを見て感心する星野先生。しかし悲しげな斉藤には気付いていないようだ。
「良いよなーお前らは皆でワイワイ楽しそうにしてさ、俺なんか一人でずっと事務なのにさ……羨ましいよなー皆俺の事なんて居ないかのような感じで……」
斉藤の呟きは放課後の夕日に染まる綺麗な図書室に一つ寂しく吸い込まれていった。
さて、掃除も終わり斉藤もある程度慰めたのでいよいよ図書室クラブの活動開始である。いや、管理人室の掃除も活動に入るのだがあっちはサブ活動的なものでありメインの活動ではないのだ。図書室クラブの本来の活動は図書室で自分達各々が好きな本を読み時には感想を言い合ったりするのんびりとしたクラブである。時には掃除も……他にも図書室の平和を護るなんて活動もあるのだが、今のところ管理人室の掃除位であまり動いていない。
そんなのんびりとしたクラブなのでとても地味である。実際に活動しているところを見たら、単なる読書好きが集まって話しているだけにしか見えないだろうな。そんな地味幽霊クラブはまたいつものように地味に活動していた。
「ねぇカッちゃん、その本面白いの? 神宮寺の新作で新しいジャンルに挑戦してる奴だって聞いたんだけどどうなのよ?」
「うーん、まだ始まったところだから分んないけど面白いかなぁー。沙羅気になるの?」
「そうね、前読んだのが面白かったのよねー。もう少し情報が欲しいかも……」
「そう言えばケイも読んでなかった?」
「ケイ、おーい」
また何か聞こえる。
「またかよ……ちょっとケイ!」
呼ばれたような……。
「ん? 俺か? 何かしたか?」
呼ばれた事に気付きとっさに聞き返す。
「本当に聞いていないのね」
また沙羅が呆れて居るがどうやら斉藤と沙羅が何か話していた模様。聞いていなかった……最近疲れているのか?
「他に誰が居るのよ」
さらに沙羅の追撃。
「桂、この本前読んでたの? 面白かったの?」
目の前に沙羅が見覚えのある本を突き出している。どうやら感想を聞かれているようだ。
「うん、俺は嫌いじゃないよ、そこそこ面白かったしね。だけどまだ変なとこがあるかも。まぁ、このジャンルは初めてだから仕方ない気もするけどね」
俺は淡々と素直に読んだ感想を言ってみた。しかし沙羅、斉藤は共にしんっとしている、何か変な事言ったか?
「すごい、桂がきちんと感想言ってるかも……」
何故か感心する沙羅。
「やっぱり興味が有ると違うのかねぇー」
何故か考え込む斉藤。
俺がしっかりした感想を言うがそんなに珍しいのか? ん? 何か違和感が……。自分がいつも真面目に感想を言わないと認めた気が……。
その後、各自自分の読書に戻って行きそのまま時間が近づきそろそろ終わるって時に斉藤が沙羅に例の本を渡していた。
「はい、沙羅読みたかったら読んで良いよ。俺まだ読まなきゃいけない本あるし、沙羅が良かったら読まない?」
そんな事を言っているが実際は飽きたのだろう、あの本は斉藤の趣味ではなのだ。まぁ斉藤が言っている事も本当なのだろうが。
「あら、本当に!? いいの?」
斉藤の提案に沙羅は嬉しそうに差し出された本を受け取った。
「良かったな、だけど沙羅も今読んでる本あるんじゃないか?」
ふと訊ねてみる。そしたらこんな返事が待っていた。
「心配ありがとうね、でも大丈夫よ。貴方たちと違って私は本の二、三冊同時に読んでいくのなんて余裕よ」
少しテンションの上がった沙羅であった。しかし俺だって二、三冊くらい同時に読めるわ……。
「はいはい、分りましたよ。じゃ、頑張ってください。さて、帰るか斉藤」
そう言って席を立つ俺。
「だねー帰ろうか、沙羅置いて……」
同じく席を立つ斉藤。
「ちょ! 待て! 置いてくな!」
後ろから慌てて本をしまって付いていてくる沙羅。
帰る最後に少し離れたカウンターに居る星野先生に出口に向かいながら挨拶をしながら帰る。
「また来ますから綺麗にして汚さないでくださいね。それではさようなら」
と、初めに淡い期待を込めた俺。
「先生あんまり吸っちゃダメですよー最近また増えたでしょーさよならー」
次に適当に煙草を注意する斉藤。そして最後に……。
「一応先生なんですよ! さよなら!」
と、置いて行かれそうになり焦って斉藤より適当な沙羅。そんな俺たちに言われている本人は。
「はいはい、じゃあ気を付けて帰れよー」
こっちも適当だった……。
まぁ、俺達の普段の生活なんてこんな感じで何処にでも居る普通の暇な学生の生活だったのだ。この日までは……。




