プロローグ
ジリリリリリリリ――!!
「もう朝か……」
目蓋が重い……。気がつくとカーテンの外は、もう明るくなっている。
「あーもう、さっきからジリジリうるさいんだよ!」
――ガツン!
未だに鳴り続けている目覚まし時計に、起こされた恨みとまた新たに始まる今日への憂鬱感を思いきりぶつけてやったPM8:00過ぎ。昔から変わらない殺風景な部屋には自分の趣味で集めた大量の本が積まれたりして雑に置かれている。起きるまでは辛いが、起きてしまえば楽なものだ。
「ち……っ! そろそろ起きないと遅刻しちまうな……」
窓際に引っかかっている制服にさっと腕を通し準備を整え、部屋のドアを開け一階のリビングへと降りていく。
「あら? もう起きたの?」
台所では我が母がゆったりとご飯を作っている。焦る様子が全く見られないのはいつものことである。
「もうって……もう八時だよ、むしろ遅いからね」
「あらあら、そんな時間だったの? 母さんまだ七時ぐらいだと思ってたわ。」
「そうですか……とりあえずもうそろそろ行かないと遅刻しちゃうし、まだご飯も完成しないっぽいんで、これ持ってくよ」
テーブルの上に唯一置いてあるパンを取り玄関へと向かう。我が家は、朝はパン派なのでこのような時はとても便利なのである。俺は味のしないパンを齧りながらいつものように家を出た。
学校は、歩きでざっと二十分ほどで着くなんとも良いのか悪いのか分からない位置にある。しかし、昔このことをある友人に言うと、
「はぁー? 歩きで二十分だと!? 楽じゃねぇか! 俺なんてなぁー自転車でなぁー……」
と、しばらくの距離で愚痴が続いてしまうので条件はなかなか良いのだろう。
俺が住んでいるこの町、セントラルシティーはなかなか都会らしいところである。建物もそのほとんどが、新しく出来たものばかりで交通の便がとても良く、町の中にはコンビニや遊べるような施設が沢山ある。しかしセントラルシティーも開発が始まったばかりでまだまだ田舎っぽいところもあるのだ。そんなこんなで一人トボトボ歩いていたらもう直ぐ学校につく距離に来ていた。
「うむ……」
腕に付けたデジタル腕時計を見る。ちなみにうちの学校は八時三十五分からホームルームである。
「八時二十五分……よし、余裕だな」
そうして腕時計を確認しながら校門の前に来た時、奴に会った。栗毛に長めの髪、整った顔つき、スラリとして背の高めで白い制服が良く似合う一般的に美少女で言われるで、あろう彼女――。しばらく、お互い無言でいたが、耐え切れなくなったかのように少女が口を開いた。
「何よ、無言で人の顔見てボォーと見ちゃって。おはよう、の一言くらいにあっても良いんじゃない?」
少女は明らかに不機嫌な様子だった。ここは普通に通ろう、うん。
「やぁおはよう! 山本沙羅さん! 今日もいい天気ですね! それじゃ!」
なるべく爽やかに通り過ぎてみる。しかし彼女は俺の後にぴったりとくっついてきた。これは誤算だ……。
「おはよう、ちゃんと言えるじゃない。でも何でフルネームなのよ?」
「いや、何となくとしか言えないな……」
「まぁ、別に良いわ。しかし桂、アンタ相変わらず登校するの、遅いわねー」
ハァーとか呆れた感じを出しながらそんな事を言っていた。しかしだ、この発言には異議がある。
「アレ? そうは言っても沙羅だって今居るんだから十分遅いと思うけど?」
フッと今度は少しバカにした感を出しながら言ってみる。バカにしたのに気付いたのか沙羅は強めに言ってきた。
「何よ、桂みたいにいつもじゃないわよ。今日だって少し髪の手入れに手間取っただけよ、アンタなんかと一緒にしないでほしいわ!」
「はいはい、そうですか……っと」
これ以上言ったら本当に怒りそうなのでこの辺で止めておこう。
「ちょっと、何なのそのやる気の無さは!」
この返事に不満を持ったのか沙羅は食い下がったが放置! 俺は学校に入っていく。隣でブツブツ言う沙羅を適当にあしらいながら進んでいく。そうやって学校に入り廊下を進んで行くと、沙羅が外を指差して言った。
「あ、アレってカッちゃんじゃない?」
さっきまで俺と沙羅がいた所に見覚えのある長身の短髪眼鏡の男が必死になり自転車をこいでいるのが見えていた。奴の名前は斉藤一輝……。よく“かずき”と間違われがちだが“いつき”と言うのが正しい呼び名だ。しかし沙羅は間違えて覚え、“かずき”から取ったカッちゃんと呼んでいる。ちなみに俺たち三人は昔からの馴染みで今でも良く遊ぶ仲である。
チラリと腕時計を見る。時刻は現在八時三十三分――。どう考えても間に合いそうにはない。
「俺達は間に合うだろうがアイツは遅刻だなー」
「いくら速くてもあそこからは無理だろうね……」
二人で哀れな斉藤に合掌をしておいた。
「さて行こうか」
「えぇ、そうね」
このままでは俺達も斉藤と同じになりかねないので急ぐとしよう。許せ、斉藤……。
教室に入り席に着くと同時にチャイムと担任が入って来た。斉藤と沙羅とはクラスメイトであり、斉藤はこの時点で終わっている事が確定していたりする。四分ほど経った後に来た斉藤はしっかり遅刻となり担任に怒られクラスに笑われていた。
半分の授業が過ぎ昼休みになり、俺は購買で買ったパンをかじり教室で沙羅、斉藤と話をしていた。ちなみに退屈な授業は大抵寝ていたか大好きな読書でやり過ごしてやった。
「なぁーおかしいと思わないか?」
そんな事を突然斉藤が言い出した。しかし話の内容は想像が付くので俺は即座に言い捨てる。
「思わない」
「おいおい、まだ何も言って無いだろ?」
斉藤が続けようとしてくる。しかし毎日のように言われている事だ。言われなくても分かってしまう。
「何で俺の家はセンターシティーのど田舎で学校がこんなに遠いんだ……でしょ?」
俺が言いたい事を沙羅が言ってくれた。更に続けて呆れたように、
「もうそれ、何回も聞いたよ? カッちゃんそろそろ諦めたら?」
「だな。聞き飽きましたよ、斉藤君」
俺は沙羅の言葉に上乗せしておく。
「でもさぁー……」
納得行かない様子の斉藤を沙羅と二人でしばらくいじった後、今度は沙羅が話し出した。
「ところで、二人とも今日は終わった後は暇なの?」
おっと、これも分かるぞ。こちらも俺たちにとっては日課のようなものだ。
「うむ、俺は今日は暇だな。行くのか?」
沙羅に聞き返す。すると沙羅はウインクしながら答えた。
「うん、私も暇なんで行こうかと思うの。カッちゃんは?」
沙羅が机にうつ伏せに落ち込む斉藤に尋ねる。やつはそのままの体勢で答えた。
「うーん、行こうかなぁー……って、俺らは何時でも暇だろ?」
そう言って動かなくなった。いつになったらこいつは諦めるのだろうか。
「じゃあ決まりね! 放課後忘れずに来るのよ?」
沙羅が言い終わると同時にチャイムが鳴り、休み時間の終わりを告げた。たった今まで死んでいた斉藤がゾンビのように起き上がり俺に言う。
「今日も楽しみだな、ケイ……」
「だと、いいんだけどねえ……」
俺はいつまでも寝ている斉藤を追っ払いつつ、あの名前を思い出していた。
“図書室クラブ”――。
今日もまた、忘れられない時間が始まろうとしていた。




