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ディストピア世界のポツンと団地子育て  作者: ビチンタ


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6話 子供ってどうやって出来るの? 解決編その2

〈子供ってどうやって出来るの? 解決編その2〉


結論から言えば、縁緑さんの書いている、花嫁修行とは別の親になるために用意されたページは、グリちゃんからの質問に答えるための具体的な役には立たなかった。


空白だらけのページが続いていたのだ。


インクで黒くなっている部分も、何かを書いたが満足いかなかったようで、塗りつぶされた跡があった。

雑な塗りつぶしであることから、暗号でもなければ特別な意味もない、思いつかない苦しさだけを感じさせるものだった。


答えが欲しいあたしと重なるような内容だった。


インクの跡を指でなぞってみた。

縁緑さんはものを書くときに、ほとんどペンに圧力をかけないらしい。

あるのは長い時間の経ったインクの空白の部分よりも渇いた感触だけだった。


あたしと縁緑さん自身のための言葉ややるべきことを、律儀に全部黒塗りにしたこと。

まるで、父親としてグリちゃんと接することを諦めたような気さえさせてくるのは…考えすぎなのだろう。


今のあたしには、このページの数々が“諦めないで”と縁緑さんが応援してくれているのをしっかりと実感しているのだから。


そうして最後のページを開いてみる。


『私は良き父親になれない。』

最後のページに縦に大きく書かれていた。

読み取れてしまったのは、この記述だけは塗りつぶしが甘かったからだ。

ただ、黒いおんなじペンでズレた縦の波線を2本ひいているだけだったのだ。


あたしは荒々しく立ち上がり、同じく荒々しく狭苦しい収納スペースを開き、荒々しく必要な文房具を取り出して戻ってきて、荒々しく椅子を引き、ゆっくりと席につく。


「グリちゃん。座ってちょうだい。ママ、答えるわ。」


「わかったわあ」


グリちゃんは、極限までゆったりと脱力して歩いてきて、目の前の席に座った。


「あたし達はね、生き物として未来に意志を繋げていくの。そのための方法があってね、あたしが知ってるのは2つ。1つ目が自分のコピーを作ること。そのコピーは若くて健康的な状態になってるのがほとんどね。

2つ目が子供を作ること。」


あたしはグリちゃんのことを見ている。

あたしは、意志をグリちゃんに継いでもらおうと思っているのだろうか?

意志の内容によるけど、大抵は重くのしかかる気がしてしまう。

で親として自分の意志を押し付けずに教えてあげるくらいなら…むしろ必要不可欠なことだと思う。


今からの答えもまた…あたしの意志を伝える意味があるのかもしれない。

「子供を作るのは、自分と全く同じ存在が生まれるコピーと正反対で、自分とは全く違う存在が生まれるの。」

「あたし達はみんな、DNAというもので出来ているの。みんなそっくりなようで、違うDNAを持ってるの。」


縁緑さんの例の最後のページの波線はそのズレがレンズを作るように、山と谷がセットになって書かれているのだ。

まるで、自分で見返せるようにそうしてあったのだ。


あたしはさっき取ってきた赤いマーカーのキャップを開けた。

そして、縁緑さんの弱気な心を否定していくように、レンズの部分に赤い横線を引いていった。


そのページの『私は良き父親になれない』という文は今度こそなんと書いてあるのか分からなくなった。


「これがDNAというやつなの。横線の半分をママから、半分をパパからそれぞれ取って、混ざり合って、全く新しいママでもパパでもないグリちゃんが生まれてきたの。」


グリちゃんは木漏れ日の先にいるかのような優しい雰囲気でこちらを見つめてきた。


「じゃあ、コドモって、DNAをマぜてデキるの?」


「そうね。でも、大切なのは子供ってものをもっと広く捉えたときに見えてくるわ。」

「モノづくりとか、思い出づくりとか、自分で生んだと自信を持って答えられる事柄に更にそこに他者…他の人が関わったとき、モノや思い出は子供と成って生きた存在となるの。」


「簡単にあたしの答えをまとめるわ。子供は、他の、自分とは違う、自分の独自のDNAも全く含んでない人との交流で出来上がるの。必要なのは…『他者と関わること』。」


「じゃあさ、ママがアカのセンをヒいたあのページもママとパパのコドモ?」


「ええ。そう。広く捉えてみればね。縁緑さんが書いたものにあたしも追加で書き込んだ。互いに向き合いながらやったことじゃないけど、あたし達の心は繋がってたし、あたしは縁緑さんに伝えたくてこの書き込みをした。」

「この最後のページも、グリちゃんほどじゃないけど、あたしと縁緑さん…ママとパパの子供で大切なものだって言えるわ。」


「ママのコタえわ、『タシャとカカわること』ね。」


「他者と関わり合って、全く新しいものを生み出していく。他の人と生み出したもの全てが、子供として祝福と責任を抱かせてくる。」

「グリちゃんはこの先、あたしとは真の意味で子供を作ることは出来ない。他人と関わることになるかもしれない。今までもお隣さんとかと思い出を作ってきたわね。」


グリちゃんのそのときの顔はあっけらかんとしていた。

親が子供に向かって大切な話をするとき、基本的に目線を合わせる。

大きな存在がかがむと顔が影に覆われる。親の顔のそのときに作る影は不気味さや緊張感を持っているのだ。

おそらくグリちゃんは、顔にできた影に対しての普通の子供のリアクションをとっていたのだろう。


「……どう関わるかを大事に慎重に決めてね。その人と生まれる思い出や感情や未来のことをしっかりと考えるの。半分はあなたが生んでいく大切な子供たちだから。」


「ワタチはこれからーのワタチのジンセイのハンブンをオセワします!フカくぅ?カンガえぇ?マス!」


「ふふ。頑張れ。」


赤いマーカーを持ってきたのには2つ理由があった。

まず1つ目は、グリちゃんにDNAを説明する(上手くできた気はまったくしていない)ためと、そのとき、一緒に縁緑さんの書いたこのメッセージを消してやるため。


あたしに、ここまでの家事や育児のスキルを叩き込んでくれた張本人が!

あたしに、今までの全てが吹き飛ぶくらいの幸福(グリちゃん)をくれた張本人が!

良き父親になれなかった?

今、ココにいないから?

父親のなり方が分からなかったから?

ふざけんな!


だからこその2つ目。

これは簡単に済む。

『良き母親として、良き父親として、出来ること』

の“良き父親”の下の部分に赤のマーカーで線を引く。

矢印を引いて、その棒の方の先に花丸を書いて……最後に、こう書けば完成だ。

“たいへんよくできました”


〈突っ込んできた野鳥 お隣さんの反応〉


気絶した後、目を覚ましてみても、ある程度の長時間は天井を眺めていた。

ちょっと体をのけぞらせれば、窓の外が見える。

あの、先ほど見た光景。

都会の一望できる筈だったまどから見えた地平線。


夢であるはずと信じる心と、夢ではなかったと信じる心。

同じぐらいで拮抗すればするほど、その衝突が、激しく強く高度になっていくほど、天井を見る時間も呼応してのびていたのだった。


起き上がってみる。

どうやらたった今網膜に入ってきた景色によって、完全に私の脳内で繰り広げられていた勝負がついてしまったようだ。


最悪なことに、私の見た景色は夢ではなかったらしい。

今、もう一度気絶しなかった自分を褒めてあげたいくらいだ。


とりあえず、前の家から持ってきた思い出のある、ちょっと良さげな椅子に腰掛けた。

身体への優しさを基準に選んで、ずっと大事にするくらいにはフカフカさが取り柄の椅子が、今はやたらと固くて居心地が悪い。


強制的に力が入らない状態でグッタリとしながら、今後について考えた。


『考える人』という彫刻作品がある。

コンセプトは実は、地獄に落ちた人間たちを見下ろして、眺めている様を表現しているらしい。

『地獄の門』という作品の頂点に位置していたものだという。


ならば、私のことをかの『考える人』は眺めているのだろう。

あのポーズのままの思考は確かに余裕がにじみ出ている気がした。


私の今後を考えるポーズといえば、足を関節が大きく音を立てそうなくらいに広く開き、椅子の背もたれの頂点に首の後ろを預けて、腕は目を覆うような位置で涙を拭うように。

地獄で苦しむ人の再現にしては上出来だろう。


また、しばらく体勢をキープする時間が続いた。

隣の窓の方から、コツコツ!コツコツ!と軽快な音がしていた。


その隣の方向は…宮離子ちゃんと捩子ちゃんの住む部屋ではないか?

何があったのか…本気で知りたくて、窓にめり込むくらいに近づいて隣の様子を見た。

状況的に窓を開ける勇気はなかった。有毒ガスとかが部屋に入ってきそうだったから。


窓の開く、何かが吸い込まれそうな音がしたかと思えば、宮離子ちゃんや捩子ちゃんの無警戒さを心配になるが、そんなことはどうだって良い。

隣の窓を叩く正体は!

見えそうな瞬間に、知りたい情報は、宮離子ちゃんと捩子ちゃんの部屋に吸い込まれていった。


と思えばすぐに出ていった。

野鳥観察の趣味があるからすぐにその正体か分かった。

コウノトリだ。コウノトリが隣の部屋に入って、そして出ていったのだ。


どういうことだろう?

答えを知れたはずが、疑問が増えてしまった。


今見た事実を元にした希望的観測だが、この世界では、もしかしたらあの地平線を越えれば普通に生き物が生きれる環境が広がっているのではないか?


水もあれば、食料もあるのでは?


が、私は年老いている。

隣の宮離子ちゃんや捩子ちゃんも、外に出て探索するには向いてない。


とすれば、私は、宮離子ちゃんや捩子ちゃんと協力すべきかも知れない。

どうにかして、この3人が助かりつつ、あの向こうを調査して、資源を分けてくれる人材を見つけなくては!


私は、今度はかの『考える人』のポーズで椅子にもう一度もたれて思考した。

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