5話 子供ってどうやって出来るの? 解決編
〈子供ってどうやって出来るの?解決編〉
本気で答えるためにやってはいけないパターンを整理しておきたい。
まず、第一に、嘘をつくパターン。
コウノトリだったり、キャベツ畑だったり。
あたしはグリちゃんに嘘をつくことはとても危険なことだと感じてしまう。
それは、“子供に嘘をつく罪悪感ガァー”みたいな優しいような、考えることの足りてないような理由ではなくて、あたしの本能に訴えかけてくるのだ。
防衛本能はあたしの知る限りでは逆らうことができないので、嘘をつくなどと考える必要すらないのかも知れない。
第二に、なんか良いこと言っておくパターン。
白状すると、前回は半分くらいこの方法で乗り切ったような気がする。
愛のパワーとか、天使からの贈り物とか、まぁ子供であるグリちゃんが自己肯定感を高められるようなことを言うのがセオリーだろう。
まぁ、良い発言の中には、ただ耳が気持ちいいとか、心を綿毛や羽毛でくるんであげるような、いかにもな柔らかさでゴリ押しするものがある。
綿毛や羽毛よろしく、そんな発言に大抵重さなどないので、軽い人間関係で使うのが適切だ。
覚えておくように。
そして、あたしとグリちゃんほど、重い関係もないだろう。
当然、却下とさせてもらう。
第三。現実的かつ、生物学に触れないようなことを伝えるパターン。
まぁ、つまり、言い換えるなら、子供を育てるために必要なことを伝えるということだ。
資産やリスク、責任、国との関わり方、取るべき行動。
かけがえのないほど大切で際限もない。
ちょっと考えればいろいろと破綻しているのが分かってしまう。
現実で、今のこの世の中を認識すると、間違いなく今、ココ、世界はディストピアだ!
伝えようとしている内容のほとんどは、世界が、社会がきちんとカラクリとして機能しているときに有効な考え方だ。
簡単にツッコンでしまおう。
資産?国からの支援サービス?子供のための保育園決め?
んなモノは全部、昨日の今日で消えたんだわ!
まぁ、あとは説教くさくて辛気くさくて。
あたしが自分で言ってて自分のダメ出しするみたいな救いのないことになりそうだから。
ムリ!
第四は……実践して見てみよう!というパターン。
うん。ダメ。絶対ダメ。没。却下。
ようは、例の行為をどのようにはぐらかして、でも
間違ってるわけじゃないように伝えるか考えているのだ。
生々しいことを言ってしまわないようにと、どうにか避けようとしてみたら、生々しいことをやって見せてみてはどうだろうという考えが出てきた。
本末転倒どころの騒ぎじゃない。アホなのかあたしは。
実際、限界なのだろう。
八方塞がりなような。
最初から分かっていたことだ。
“子供ってどうやって出来るの?”という、小さい娘からの問いに、完璧な答えがないことに違いがない。
ここで、黙秘権を行使できればどれだけ良かったか。
創作ストーリーの中で良く登場する、キスしたら子供ができると勘違いしている子供たちは、その純粋さや可愛げに心の疲れを甘酸っぱさで吹っ飛ばしてくれる。
これはただのエゴなのだが、グリちゃんにもおんなじ感じで勘違いしてくれれば良いなと思ってしまう。
知識不足で、自分の思い込みで良いじゃないか。
子供ってどうやって出来るか。
このタイミングで、何故グリちゃんはそうやって訊いたのだろう。
さっき、起きた時、会社もないし、世界もない優雅な朝。
そのときには、“父親”について尋ねてきた。
グリちゃんは、今日の朝まで、知りたいことは全部分かると言っていた。
あたしはグリちゃんのこの言葉を信じられる。
100%絶対に真実だと思う。
その中で“父親”のことだけ分からなかったらしい。
当然、興味もあるし、知ろうとしたのに分からなかったということだろう。
そして、あたしに答えを求めた。
グリちゃんは、父親のいない寂しさを感じたのだろうか?
生まれたときから、縁緑さんはいなかった。
他の父親のいる家庭とは違っていると、グリちゃんなら簡単に分かってしまいそうだ。
だから、父親という存在について説明した。
でも、大切なのは、縁緑さんの話だったのではないか?
グリちゃんは、おそらく普通の人間とは決定的な違いがあるのだろう。
あたしは気にしないし、今後とも気にする予定はない。
が、だとしたらグリちゃんからの質問は、他の小さな子供たちと変わらないような意味しかないのでは?
グリちゃんは、ただ、自分のルーツというか、どうしてこの世界にいるのかを考え始めたのだろう。
物心がつき始めたのだ。
グリちゃんの質問の内容について、答えが出来てきた。
もしかしたら、見当違いも甚だしいお笑い草の見解だ。
グリちゃんの朝の問いかけ。
『パパはどこへ消えた?』
は自分の父親を知るために訊いてきた。
そして今。
『子供はどうやって出来るの?』
はおそらく、自分の母親を知るために訊いてきた。
「でも、でもね。グリちゃん。子供は、母親と父親が揃わないと出来ないの。」
気づけば声に出していた。
時間の感覚はなかったが、長い沈黙のなかのただの呼吸だけでも喉に渇きを感じさせるくらいには時間がかかったと思う。
「ママはこの質問をね、縁緑さんといっしょに答えを導きたい。」
突然、目の前に座るグリちゃんに細かく動く影が重なった。
それまでずっと遠いところを眺めていたことに気がついた。
グリちゃんの瞳はその影によって確認出来なかった。
すぐに影を作っているものを確認した。
電気のついてない部屋の明かりといったら、窓の外からの太陽光なのだと相場が決まっている。
速やかに窓に視線を合わせた。
そこには見たこともない野鳥があたし達の部屋の窓を嘴でつついていた。
おはじきやビー玉同士をぶつけて遊んだときのあの音。軽いのか鈍いのか分からない、水分を含んだような音が部屋の中に響く。
窓ガラスを救済するために、急いでクレセント錠(窓のサッシについている鍵のこと)を上げ、勢いよく開いた。
その野鳥は窓を開く瞬間には適切に窓から距離をとり、嘴が開けるときの窓ガラスに巻き込まれることを回避すると同時に、窓ガラスに、傷によって出来る白い線を刻み込むことも防いだ。
偉い。窓の修理などもはや不可能な世界なのだから。
その野鳥は足に掴んでいたものを部屋の中に乱雑に放り投げると、ディストピア世界で一番食に寛容になる生き物が人間なのだと知っているかのように、スムーズに飛び去っていった。
非常食を逃してしまった悔しさを胸に、放り投げたものを見てみると、世界が全て吹っ飛んで消えてしまったような心の内への衝撃があたしを襲った。
それは、縁緑さんがあたしに花嫁としての技術を教えるために用意してくれた授業計画表だった。
口の中の渇きが癒えるのと同時にしょっぱい味が広がる。
無くなることのないはずだった心の渇きは、特別に少しだけ潤いを得た。
あたしの実家に封印してきたものだった。
縁緑さんが消えたとき、この計画表を読み返したら、なんだか縁緑さんのことを諦めた行為にしか考えられなくて、封印した。
それが、目の前にこのタイミングで降ってきた。
あの頃とは真逆の想いを抱いている。
縁緑さんが側にいてくれる。そんな気がしてならない。
もちろん、あたしは縁緑さんと会えないなんてことを微塵も考えていない。
ただ、縁緑さんの持つエネルギーが確かに感じられる。
「…ママ。」
ハッとして、よく読み込むために涙を拭って、中身を見ていく。
これは、まさしく、あたしと縁緑さんの揃った状態と仮定できそうだ。
ならば、グリちゃんへの問いに答えなければ。
思い出ならあとにゆっくりと楽しむとしよう。
シールが貼られているだけのページがあった。
おそらく仕切りとして用意したのだろう。
めくると、こう書かれたページがあった。
『良き母親として、良き父親として、出来ること』




