第4話 子供ってどうやって出来るの?
〈子供ってどうやって出来るの?〉
「ワタチタチわいつパパんとこイくのぉ?」
少しくたびれたお昼時。いや、もう時間なんて概念など無いのか。
あたしは冷蔵庫の中の腐りそうなモノで、即興でご飯を作っていた。
多分、供給が2度とされないであろうガス。
限りある資源は団地での使用は早い者勝ちだ。
野菜などは漬け物にでもしてやりくりするしかないだろう。
考えることが…多い。どうにかして、生き続けることと、この団地の周りを調査してみること。これが当面の目標になるだろう。
ごめん。縁緑さん。決意だけあって、計画とか現実味とか、ホントに重要で必要なモノが抜け落ちてたわ。
いつもの調子じゃなかったようね。
まだまだ時間がかかるじゃん。
「んー。ママはね、ここから移動出来るようになるまで、このお家で籠ってるしかないと思うわ。ジッとしてるの。外が安全になるまで。」
「えー!死んじゃうよぉ?ワタチタチ。」
「うん。そう。お水と食べ物と、それから……あまり考えたくないけど人材よね。ママとグリちゃんだけじゃさ、パパのことを探しに行けないと…そう思うのよ。」
グリちゃんはあたしに向かって、笑いかけてきた。
励ますような笑顔だった。
かと思えば、眼の雰囲気だけだんだんと変わっていくのだった。
ご飯を作り終わり、グリちゃんのためのプレートと、自分の皿にラップを纏わせたもの、それぞれに料理を盛り付けていった。
「さ、いただきますしよーね。」
「ウン!」
出来上がったご飯をテーブルに並べる。そして、食べていく。
グリちゃんはいつもフォークとスプーンで食事している。
教えてもいないのに、初めてフォークとスプーンを持ったときから作法がやたらきちんとしているのだ。
あたしは、褒めるのを忘れてしまった。
というか、突然の娘の所作の美しさとパニック状態とで、言葉が出なかったのを記憶している。
グリちゃんがあたしの使う箸を見てこんなことを言ってきた。
「ワタチわね、こりぇまでね、ワタチがシりたいコトおね、ゼンブおワかることができたの。」
「パパのことだけわね、カンガえてもワからなかったけど。」
「うん。………うん?」
「だからね、ママ。おハシのツカいカタをオシえて!」
「ええ。良いわよ。」
子育てにおいて後悔するときによく聞く言葉。
“◯親らしいことをしてあげられなかった”
子育てに後悔するくらいの思いやりを持てるのだから、この言葉は美徳とされる謙遜しているときにポロリと出てくるのだと予想していた。
だが、グリちゃんの特別さに、あたしは今日まで、先述の言葉を頭に抱え込みながら生活をしていた。
無論、謙遜などではなく、実際問題として“母親らしいことをできていない”がのしかかってきていた。
やっと、今日!グリちゃんからの恐るべき、体のありとあらゆるところから冷や汗が出続けた質問回答を乗り越えた!
今度は箸の使い方を教えてあげるらしい。
ウキウキだ。ルンルンだ。喜ぶところを顔に出さないあたしが、顔に出ちゃうヤツだ。
たとえ、グリちゃんがどんどんとあの、あたしに向かって、「パパはどこへ消えた?」と訊いてきたときの瞳になってきたとして、あたしは気にしていないのだ。
「……そう!ピースの先っぽでつまんで、おや指さんでつまんだところに蓋をする!これが片っぽね!もう片っぽは蓋をしたときに出来た穴に棒を通して、真ん中の指と、右隣の指でつまむ。これで完成!」
「んー。んん?んん!ワかりツラいいん!」
「大丈夫よ!出来るまでいくらでも付き合うから!」
春が来たときのカエル。雨が来たときのカタツムリ。恵みとは、このことを言うのだ。
両手を広げて、天とハグしたいような気分でいながら、グリちゃんに箸の持ち方を教えた。
多分、全ての発言の語尾が半音上がっていたに違いない。
「ここからね、ピースの方でつまんだ棒…上の棒だけ動かしてつまむの。やってみて。」
今日の献立は、冷蔵庫がなければ真っ先に腐りそうなお肉類と、卵をふんだんに使ったメニュー。
ひき肉と卵のそぼろ。あと、チキンナゲット風に作ったピカタ。
カビやすい食パンも食べました。
そして、やはり!今日から3日くらいしか食べられないであろう、サラダ!
爽やかさやフレッシュさを感じさせてくれる食べ物のはずが、一口、二口と口に運ぶ度にこの世界が終わったことに気づくのだから、真反対の印象を抱いてしまっているのに気がつくだろう。
みずみずしい葉物野菜のその味は良いのだが、心持ちのせいで、感じる水分に苦汁が混ざっているかの如しだった。
そして…なにより…今日のメニューで、箸を使う必要のあるメニューはなかった。
どのメニューもフォークで食べれば良かった。
食べ終わり、これまた腐りやすい飲み物代表の牛乳を飲んで、落ち着いて。
そして、今さっき出来た外にある道について考えてみた。
おそらく、あの道は、朝の霧で見えなかったのか、ただ寝ぼけていたのだと、そうに決まっていると。
これは、正直、いちばんの解決方法を知っている。
グリちゃんに訊くことだ。
でも、やってはいけない。
母親として、包容力だけは失ってはいけない。
特に!幼い娘に対しては特に!
ひとつ、想像していることがある。
あの道の繋がるその先に、縁緑さんがいるのだ!という……
いや。想像よりももっとフワついているだろう。
空想や、もしかしたら都合の良い思い込みなのだというセンが強い。
グリちゃんに訊いて解決することによって、全ての可能性がボロボロに崩れ去っていくのだ。
そう考えると、どうしても出来なかった。
あたしの考えを全て見通すようにグリちゃんは窓の外のあの道を見ていた。
そして、振り返ってあたしに向けて、「パパはどこへ消えた?」のときのあの瞳を復活させたのだ。
「ママ。ワタチね。ワタチはワからないことばっかになったの。シりたいことばっかになったの。だからね。」
「だから……」
あたしは、唾を飲み込んだ。怖い目に合いそうなカートゥーンの猫の出すような大袈裟な音が耳の奥に響いた。
「ママ。ねぇママ。」
「子供ってどうやって出来るの?」
あたしの鼻から牛乳が飛び出した。
「ママ。ワタチはママによくカンガえてほしーのよ。ママはツヨいんだけど、それだけモロいから…」
あたしは、出来たての牛乳雑巾を感じた。鼻の膜にさらに膜を作り、神経を逃さず不快にしていく。
「あたし。やっぱり。」
(グリちゃんに試されてる?)なんて言えない。
あぁ…あたしの脆さってこういうことなのかも。
「ええ。答えるわ。真剣にね。」
グリちゃんの瞳はあたしが悩み、探すことで味方になってくれるんだ。
世界よ!疑問よ!知的好奇心よ!
受けて立ってやる!あたしは脆いけど、いちばん強いんだから!
情熱に呼応するように、グリちゃんの眼からも燃え盛る、熱いなにかを感じた。
あたしは心と魂で確信した。
本気でグリちゃんの質問に答えるんだ。
子供を騙すことはできないのだから。




