3話 パパはどこへ消えた? 解決編その2
〜回想の続き〜
あたしは、まだ4歳の娘のグリちゃんにパパについての話をしている。
今のあたしがシングルマザーとしての最難関とされるイベントに身を置いている。
だから、色恋沙汰とかそんなのを語るような無駄なことで、脳みその体力を使うわけにはいかないのだ。
というか、4歳の娘には、早い!!!!!
いくら、パパのことが気になっていて、更にこちらの誤魔化しが通用しないような鋭い娘だとしても。
必要になってくるのは、馴れ初めから2年後、互いへの慣れ初め。
同棲時代。
「捩子さん。起きましたか?朝ごはんを食べたあとは、本日は裁縫の学び直しです。」
「縁緑ぅうん。あたしまださ、昨日の酒が残ってるんだよねー。」
「新人歓迎会というやつでしょう。ただの余興のような集いでも、二日酔いの辛さを学べたのなら、私の教える裁縫ではおそらく多くのことを学べますよ。」
「みんなが、コールセンターのみんなが、酒飲み過ぎだったんだよぉ。ストレスを消すために脳みそ壊して、酒焼けして喉を壊して。とても音声対応する人達とは思えんくない?」
「朝食の席で聞きますよ。」
「うあーーー。」
その頃のあたしは、付き合っている彼氏に花嫁修行の稽古をしてもらうという、眉をひそめたくなる珍事で思いがけない苦労をしていた。
といっても、あたしよりも縁緑の方がよほどやる事が多かっただろう。
家事と仕事と授業計画表作り。そんな中で過ごした。なんだか、生き急いでいるような、そんな感じだった。
実際、
「私が、いついなくなるのかも分からない。そんな世界なんですよ!」
なんてことを大真面目に言いながら花嫁修行をやるんだから。
モチベーション作りは下手なようだった。
あるときに少し違和感のある会話があった。
「もっと…もっと都会に行かない?おんなじ県でいいんだ。でも…ほら!もっと栄えているところにさ!」
「理由は?」
縁緑の相対する要素が詰まって奇跡的なバランスをもたらしている顔は、そのとき、初めて曇りに大きく傾いていた。
「嫌なら良いよー。なんかゴメンね。」
「そうじゃないんです。賛成してますよ。たとえ現代社会の中でも、冒険は出来ますからね。ただ…」
「なに?」
「一緒に行けそうにないのです。」
あたしは初めて見た、彼の怯えるような表情。
あたしの答えに何か大きなものがかかってそうな。
「ふーん。じゃ、この話しは無しねぇー。」
「グゥ。ごめんなさい。気を使わせてしまって。」
「マジの思いつきにさ、気をつかうもなにもないってのよ。」
もう2年が経ち、分からないもので、あたし達の住んでいたところは、もはや都会に移動しなくて良いほどに栄えていた。
あたし達の関係も全盛。
していないことといえば、婚約くらい。
同棲時代よりも大きなところで働き(昨日まで働いてたトコ)、縁緑さんも、あたしに毒されずに優しさに溢れて真面目に生きていた。
夏の終わりと秋のはじまり。
そのどっちつかずの陽気で、縁緑さんが消えた。
何故か、探すことが一切出来なかった。
涙は出なかった。
多分、会社には“大天使”が説明をつけてくれた。予想でしかないけど。
毎日、ハイクオリティのご飯を食べた。家は清潔そのものだった。服にシワなど見当たらなかった。
いつでも、縁緑さんの帰ってこれる家にしていた。
彼との記憶を辿るだけの生活をしばらく過ごした。
最初からどんどん振り返る…から時間がかかってしまった。
彼の最後の言葉。
どこで、この言葉をくれたんだろう。
「私は君のことを絶対に守ります。幸せにします。」
普通なら婚約のプロポーズのときのセリフではないだろうか?
どうして、別れるときにこの言葉が……。
そう考えていたら、つわりが来た。
〜回想の終わり〜
〈パパはどこへ消えた 解決編その2〉
「ワタチのパパのはなしをしてくれたの。うーん。んんんん。」
「分かっているわ。あなたのパパ、あたしの縁緑さんについても気になっているのもそうだけど、もっと大きな意味で、“父親”そのものについて1番知りたいのよね。」
「あなたが、知らないで生きてきた感覚だから。あたしは、ただの母親としてしかあなたに関われなかった。いいえ、多分母親としても不十分な接し方だったかも。」
あたしに言い訳や弁明をする気はない。言った通りの設備不足だろう。
母親と父親を兼任出来たなんてとんでもない。
母親ですら出来ていない。
「ワタチわね、ママにわねゼッタイにコタえにタドりつくチカラがあるのおシンじてる!」
「いいえ。私が知りたいわ。あなたのパパはどこへ消えてしまったのか。どこで、なにをしてるのか。してたのか。多分、もう、2度と会えないあの人を理解することさえ出来なかったのよ。」
あたしはふと考えた。彼のことだけを考えて生きていた、彼の消えた直後のあの日々。
のみならず、グリちゃんの産まれてから今まで。
彼の消えた謎の解明を試みたことはなかった。
縁緑さんとの過去を噛み締めた。
縁緑さんの今を想像した。
縁緑さんの戻る未来を渇望した。
でも……
あたしは、あたしの人生の分岐点から目を背けていた。あの、縁緑さんの消えたタイミング。
どういうわけか分からないが、とっくに諦めて絶望していた。
そして、今から見直しても遅いとも思っていた。
あの言葉の意味を理解しようともしていなかった。
あたしのことを守って、あたしのことを幸せにする?
もしかして、あたしは守ってもらったのではないか?
では、あたしは幸せなのか?
崩壊した世界の中で生きているのは、あたしに生きる意味がまだあるから?
グリちゃんの眼が、今までに出会ったことのない光を帯びた。期待や希望の成分の濃い、見られた者がたじろぐような瞳ではなく、全ての緊張を解きほぐすような瞳だ。
「あたしは、この世界で。縁緑さんを!あなたのパパを迎えに行く!探して、見つけだす!取り戻す!」
「パパは、グリちゃんとママを幸せにしてくれるから!パパは絶対に消えないから!どこにも行ってない。だってあたしが会うんだから!」
世界が終わったあとの、いっときの無敵感、とは全く別物の、しかし性質は同じでエネルギーがもの凄く高まった興奮状態だ。
体に感覚というモノが消えたような、魂が飛び出てたんじゃないだろうか。
娘にかける言葉ではない、明かす決意ではないと思った。
グリちゃんの質問がなかったら、グリちゃんに知ってもらうことは確実に出来なかっただろう。
「ワタチおパパにアわせるの?」
「ええ。グリちゃんが会いたいのなら。そうしなきゃって。」
「パパってどんなカンじぃ?」
「あたしがやってあげたくて、あたしに出来ないことを全部やってくれるわ。」
「グリちゃんの頭を全部覆っちゃうくらいの手で撫でてくれたり、あたしより美味しいご飯を作ってくれたり、なにより、サンドバッグになってくれるわ。」
「ママはヤりカエしてきそーだもんね。」
「ええ。そうね。」
「“父親”ってどんなカンじぃ?」
「“道”であり“未知”であるわ。」
「生きることは、進むこと。進むためにある道。
そして、父親は子供にとってどんな存在にもなってくれるの。捉えようがないから、未知なの。」
「ね!コタえてくれたでしょ!ママ。ワタチはママについていくから。このセカイはワタチタチについてくるから。」
そう言うとグリちゃんは窓の外を見れるように、あたしの袖を引っ張った。
カーテンの小気味良い音が耳の中を高速で通り過ぎていった。
あたしは窓の外を眺めた。
そこには、1本の道が出来ていた。




