21話 なんで宇宙は真っ黒なの?
〈なんで宇宙は真っ黒なの?〉
〔二胡 仁悟の視点〕
よし、まとめよう。
浜さんは、普通の母親ではない。
ワイを…ネット民を娘に関わらせた。おかしい。
ハマグリちゃんは、普通の女の子ではない。
ワイが…ネット民がレスバトルで負けた。
対面で話すのならレスバトルでもなかったような気がするが、でも、4歳児が…4歳児がぁ…
ガックリする。
これだから人と関わるのは嫌なんだ。
部屋の孤独に、ネットに溢れる沢山のアカウント。
それが、分相応な環境だったんだ。
だから、ここで終わりだ。
もう、会うこともない。
ハマグリちゃんなら、他の部屋の住人とも仲良くなれる。
その思いを胸に浜さんのグリちゃんの質問への答えを暗唱した。
ところどころを間違えているだろうが、伝えたいことをしっかりと言葉にして伝えた。
人と喋るのは最後なんだと意識して…
言葉を喋るその最後にふさわしいと言うとお世辞になるが、それでも、美しい言葉だと思う。
娘を想う母の気持ちのこもった。
「ママは…ニコちゃんをミトめてくれました!」
だから、この反応が返ってくるのは予想外であった。
もっと、お母さんの考えてくれた答えにもっと反応とかしないのかって、心の中で思った。
それに…浜さんは、この程度のことでワイのことを認めてくれないだろう。
誰だってそうだ。人に認めてもらうには、普通は嫌なことをするのが近道だ。
時間とか、精神とか、健康とかをすり減らしたその先で認められる人になるんだ。
ワイは、楽なことしかしていない。
これまでも。
多分、この先も。ずっと。
せめぎ合いか。
今までは毎日あった。
このままではダメだっていう気持ちとこのままでいるしかないという気持ち。
どっちの成分が強いとかどっちの成分が弱いとかはない。
でも、とにかく毎日あった。
意識できる程に顕著にあった。
その思いを胸に眠りにつくのだ。
今、せめぎ合うのはもっぱら目の前のこの人たちについて。
穏やかに帰ってもらうか、押してでも出て行ってもらうか。
こういうとき、女の子に傷つけないような表現で声をかけるのはどうすればいいのか。
で…声をかけたら?…この先も念願の一人か。
自殺する勇気はもうない。
最初からなかったと思う。
このまま、この分だと…喉の渇きか、飢えで死ぬことになるだろう。
怖いと、超怖い選択肢しかない。
なんかの映画で見たっけか。
“怖い”…死ぬのが。“超怖い”…現実での人付き合いが。
あなたなら…どっちを選ぶ?
客観的に見てみようとそんなことを考えてみる。
上手くいったことは……ない。
客観的ってなんですの?
女の子に声をかける難題に甘えて目の前の選択肢を見ないように、逃げようとしたときに、声をかけて来たのは浜さんだった。
「終わったの?ちゃんと伝えたの?」
「〉〉ええ。伝えました。」
「じゃあ報告くらいしなさいっての!ボケっとしてないの!家の中にあるようきという容器をあつめて!雨を集めるわよ!」
「〉〉え?え?いや、ちょっと」
「良いから動いて!ハイ!ハイ!」
逃げ場は…断たれた。
それはもうキッパリとサッパリと。
残るのは雨の中の断崖絶壁。
殺人事件でも起きそうだ。
浜さんは、用意が良いのか自分の部屋からどんどんと容器を運んでいた。
「〉〉こ…これを…どこで?雨を集めるって?」
「屋上よ。管理人か誰かがドアの鍵を持ってるだろうけど、ドアをぶち破ってさ。」
「〉〉はい?」
「常識とか、そういうの良いから。ドアを破ってきなさい。あたしは、アンタの部屋の容器とあたしの部屋の容器を集めてきてどんどん運んじゃうから。」
「なるべく、5階の住人に気づかれないようにね。見張りも交代で。早く行きなさいっての!」
「分かりましたぁ!」
「ワタチなにするのぉ?」
「グリちゃんは…この部屋とママ達の部屋の、水の入りそうな容器を集めて持ってきてね。」
「ニコちゃんは?」
「一人で大丈夫だと思うわ。」
こんな会話を聞きながら、玄関で自分の靴を探していた。下駄箱のスペースにも外に出ることを考えたアイテムはなにもない。
あるのは、マッマとの私生活チェックの写真撮影のときだけに、役割をもつアイテムの数々。
おくこともないトイレの芳香剤。
使うことのないほうきとちりとり。
こんなのなんで買ったの!?っていう金たわし。
家事をちゃんとしてるアピールの出来る、お掃除グッズばかりだ。
あった!スポンジとガムテープの後ろに靴が。
履いてみようとする。
履けない。これは…靴べらがないせいじゃない。
ミチミチだ。足の親指が特にぱっつんぱっつんだ。
これは、あぁ〜成人祝いに親から贈られてきた靴だ。
足のサイズを伝えられなくて、なのに無理矢理買ってくれた。
これから、外に出ることを見越していたのだろう。
5年が経って、遅めの成長期が来たらしい。
生活習慣は関係なく、遺伝子パワーで背が伸びた。
だから、足のサイズが合わない。
紐を緩めても無駄だ。
でも、これを履く。そして、外に出る。
と思ったら、ハマグリちゃんが後ろからぶつかってきた。
立ち上がるタイミングと重なって、ハマグリちゃんは転びそうになる。
手を素早く出して、お腹の辺りを手で支え、つんのめったところの肩を手で掴み立たせてみる。
「ついてくーよ!ついてくーよ!」
「〉〉いや、ママと一緒にいなよ。風邪ひいちゃうよ。」
今度は傘を探す。
狭くて暗い玄関に、なんであんな大きなものがすぐに見つからないのか分からない。
「カサあるよ!ここ!」
ズボンの中に傘が入れられていた。
言い負かせたから大人をナメてる…完全なクソガキでは?
イカン、イカン。こんなことを考えるから自己嫌悪での反動が大きくなるんだ。
でも、やっぱりどうしてもこの子とはこれ以上一緒にいたくない。
「〉〉じゃあさ、ママに頼んで、レインコートを着てから集合ね。良い?」
「ん〜。イいでしょう。」
「なんで急に口調が変わる?」
ここまで喋ると、自分で口を手で覆ってしまった。
家の中にある固いもの。
ネットで流行った護身ブームのときの、護身用のバット。(本来バットは護身用ではない。)
あと、室内で運動するようにと送ってきたダンベル。
これも使えるだろう。両手で持たないと肩が外れそうになるが。
音を抑えるために、タオルとガムテープも用意しよう。
おそらくドアのガラス部分を割るからだ。
ガラスの破片の飛び散るのを防げるはずだ。
準備は出来た。
このまま、今から、素早く行こう。
久しぶりに外に出た感動とかもなく行こう。
じゃないと、ハマグリちゃんが最悪合流してくる。
浜さんが、こんな危ないことに娘を関わらせることはしないだろうと思うが、念のためだ。
出来るだけ長く話し合って欲しいと思いながら外を出る。
雨の音と雨の匂いだ。
階段を上がる。
何度も踏み外しそうになるのは、年だからではなく、単純に慣れてないのだ。
段差に対する目測と、実際の足に当たる感覚は。
簡単に、目標のドアに辿り着く。
ガムテープとタオルで、割りたいところのガラス部分を覆った。
バットは…要らなそうだ。この分だとバットで照準を合わせてスイングして、割りたいところに当てることはワイには無理だからだ。
あとはスムーズに海外ドラマのモブの強盗のやりそうな手法でどんどん準備した。
とりあえず…ダンベルで…
ゴフン!
と、ダメージのありそうな良い音は鳴ったが、音だけなようだ。
除夜の鐘のようにどんどんとダンベルで突いていく。
が、中々丈夫なのか割れない。
一旦休憩だ。
バットを片付けてこよう。
もっとガラスの割れそうなものがないか、浜さんに聞いてみよう。
そう思って、足元を見ればバットがない。
雨と廊下の暗さで、ガラスは質の低い鏡と化していた。
バットを持って、肩に棒の部分を乗せて、今にも振り下ろす体勢の…ハマグリちゃんがそこには立っていた。
「キャハ!ニコちゃん!ワラってぇ〜」
ワイは言葉通りに笑った。
ハマグリちゃんはその笑顔めがけてバットをスイングした。
若さのおかげか、火事場の馬鹿力というやつか。
そのスイングを避けると、屋上に続くドアは割れた。
「テツダうよ!」
「もう…やることオわったよ。」
ワイは、嫌われているのだろうか?
とにかく分かったこと。
まとめよう。
浜さんは、怖い。
ハマグリちゃんは、超怖い。




