19話 お空に気持ちがあるの? 解決編
〈お空に気持ちがあるの? 解決編〉
〔二胡 仁悟の視点〕
困った。
出来たことのない友達が急に出来た。
もっと困った。
相手は多分、まだ小学校も行ったことのない本当に小さな少女だ。
本来なら、同じくらいの年齢で、同じくらいの考え方を持った女の子と友達になるべきだ。
なのに、なぜ…怖い。
怖い…けど、でも、そうか。
友達になろうと声をかけてくれたのは、この子が最初なのか。
となれば、どう答えれば良いのだろう。
ぐるぐると言い訳を考えて、なんなら相手が相手だからちゃんと言葉で伝えてみた。
「ユーコーのシルシね!」
その眼は中々に怪しかった。
さっきまでの、袖を貸してくれそうなあの優しい表情とは、全く反対の顔だった。
「お空に気持ちがあるの?」
ワイのうわごとのような言葉は、少女に届くことなどなかった。
どんどんと意味不明な状況に意味不明な情報が足されていく。
「……あ、の、え?えっ…空?」
「答えないで!」
少女の母親である。
たった5分前くらいには初対面であった少女の母親は、この短時間でワイという人間のこれまでと現状を察してしまったようだ。
ワイのことを知る人は……嫌いだ。
というより、避けるべき障壁だと思う。
なぜこんなことを考えてしまうかといえば、ワイを知る人にはワイのことをそっくりそのままの印象を持つだろうと想像できるから。
“答えないで!”…か。
まぁ、普通の反応だ。
傷つくことなどない。こちらこそ、ありがたいし望むところだ。
たとえ相手が聖人君子でも、ワイと仲良くなろうとすることに、本能から拒絶することに間違いない。
ましてや、相手は少女だ。
世の人の中に、ワイのような存在がいることを知るにはまだ…早い。
その幼さで、こんな生き方を見いだすべきではない。
「ままま、ママも呼んでるよ。とりあえず、ママと部屋に戻ったら…良いんじゃ↑…うぅ…ないかな。」
「ハれてるときわウレしいいの?タノしーの?アメがフればカナしいの?オコってるの?」
「じゃあテンキアメはぁ?オコりながらワラってるのぉ?」
あー。そんな芸能人がいたような。
ネットなら年齢関係ない世界が広がっているから、年相応なんてものに縛られることもない。
知識とかを流行で左右されないのだ。
子供っぽいのか大人びているのか…その違いだけだ。
でも、現実ではそうはいかない…はずだ。
なんと言ったって知らんけど。
ワイは…認めたくないけど成人済みだし、目の前の少女は誰がどう言っても子供なのだ。
ワイの1番嫌いな、責任というものが発生してしまう。
ウッ!気持ち悪くなっちゃった。
ここはもう、お引き取り願おう。
「お友達には…ならないよ…ママと帰って。」
「質問にも…ごめん。答えられないよ。ほら、オレ…さ、つまんないだろう?」
「グリちゃん…帰りましょ。この…おにいさんも…疲れてそうだから。」
「イヤ!」
「えぇ。」
「えぇ。」
全く同じこだまが起こった。
またも、少女の母親と全く同じ反応になった。
出てくるのも、半絶句のような、言葉になり損ねた…ただの音だ。
こうして、共通のリアクションをとることができるということの意味するのは…
この少女が、周りの人をたじろがせ翻弄する性格なのだということだ。
赤の他人のワイだけでなく、実の母親にまで…驚くべきことなのかもしれない。
「ハジめてちゃんとしたヒトをミたの!ナカヨくなるのー!!」
「いや…オレはちゃんとは…してないよ。本当に。」
自己批判の言葉なら比較的スラスラ出た。
普段から感じていることは、言語化の準備がしっかり出来ているのだろう。
「どーしてぇ?メがフタつあって、ハナがそのシタにヒトつあって、クチがそのシタにヒトつあるじゃん!」
「え?え…あ…そうだね↑うん。」
「帰ろうよグリちゃん。これから…たくさんの人に会えるから。」
「でもね、ニコちゃんにはここでしか、イマしかアえないモン。」
…ニコちゃんか。
あだ名で喜ぶとか、自分の存在を認めてくれて喜ぶとか、そんなのはずっと前を向いて生きる人たちの特権だ。
丁度、目の前のこの親子とか。
ワイには気が滅入って仕方ない。
「どー↑すれば…カ、か…帰ってぅれるの?」
「マンゾクしたら!」
「…なんだっけ。“お空に気持ちがあるの?”か。」
「……うーん…ちょっとママと話させて。」
「うん!」
少女を玄関にずっと立たせておく訳にはいかないから、少女には悪いが部屋に上がってもらった。
反対に、少女の母親には玄関前まで来てもらい、とりあえずどうすればいいのかを相談することにした。
「あにょ、…あの、ハマグリちゃんのお母様であらせられますの…ですか?」
「フー。…浜と言います。二胡さんでしたね。」
「あ…はい。あ、よろしくお願いします。」
「えぇ。はい。」
「ハマグリちゃんの、あの、質問に、にぃー…答えるしかないんですかね。」
段々と口が慣れてきた。
目を極力閉じて、早口で喋るのなら、つっかえなくても済みそうだ。
なにより、目の前の女性は…ちゃんと喋らないと心の中てなにを思っているのかは分からないが、とにかく怖い。
「とにかく、適当に答えないで。慎重に考えて答えないといけない。しっかりとはぐらかさずに。」
「答えによっては、世界が大きく変わってしまうから。」
「あー↑ソーですね。ハマグリちゃんが正しい知識を持って欲しいんですね。変なことを覚えないように。」
「………うん。そうなの。」
なんだか、含みのある答えだった。
第一印象の、自信というものを固めたことで出来上がった!という、浜さんへの印象が薄れるくらい、弱々しさを感じてしまった。
「あーの…それなら、なにかいい答えありますか?オレにはさっぱりで…」
「?あ。ごめんなさい。もうちょっと落ち着いてゆっくり話して。別に、急かしたりはしないから。」
やらかしてしまった。
やっぱり…早口は早口だ。
多分、浜さんにはこう聞こえてたんだろう。
“アノー!ソレナラナニカイコタエアリマスカ?オレニハサパリデー↑”
ちゃんと伝わるように聞かないと、それこそさっぱり答えようがないだろう。
もう一度、完全に目をつぶりながら意識してゆっくりと喋る。
不自然じゃないかとついつい考えてしまうが、浜さんをイラつかせる恐怖でその考えもかき消される。
「なにか、あの質問にいい答えがありますか?」
「そうね。天気のことを聞いているのよね。」
(あー。初対面の人とまず最初に話す話題ってことか。だから…ハマグリちゃんは天気の話を?すごいなぁ賢いなぁ。)
「グリちゃんには、質問をするときに必ず、裏の意味が隠されていそうなの。ただ、答えを知りたいだけで質問しているわけじゃないわ。でも…この場合。いったいなにを考えているのか…」
自分の意見を言う勇気は…なかった。
とりあえず、全てを浜さんに任せようと思った。
それが、適切で確実だし、間違いもなさそうだ。
「グリちゃんは…グリちゃんは…」
浜さんと、ハマグリちゃん。
この2人のタフさにも感心する。
普通なら、絶望して無気力になるところを、どうしてここまで元気でいるのだろう。
そして、娘の質問に答えるという、生存戦略には関係ないことにここまで真剣になれるのは、しっかりと文化的に子育てをしようと思って努力していることの証拠だ。
浜さんは、ハマグリちゃんの子育てに全てをかけているのか?
自分の生きる死ぬの問題か常に隣り合わせになっているこの状況で?
より、浜さんが怖くなった。
ワイでは一生かけても勝てない、根本の礎の強さの差を感じた。
ワイのグラつく足元を実感すると、ワイ自身の未来への不安を強く感じた。
それは、終末世界でも、昨日までの現代社会でも変わらない不安である。
「分からない。なんで急に天気のことを喋ろうと思ったの?どうして?」
辛そうだった。苦悩しながら考えていた。
そこまでする必要があるのかと疑問に思う。
もちろんのこと口に出す勇気はないが。
でも…そうか。
ワイのマッマも同じくらい強かったのか。
ワイのマッマも同じくらい辛かったのか。
「あの↑ハマグリちゃんは、おそらく!人と会ったときーの…無難な挨拶をしたいんじゃ?…ほら、天気の話って、挨拶とセットでよく…」
「グリちゃんは、自分一人で、他人と人間関係を築こうとしてる?」
「すごいわ!多分その通りよ!」
浜さんは、娘のハマグリちゃんのことには正直なんだろう。
初対面のときには、絶対に見られないような一面がたくさん出てくる。
おそらく、社交経験のある女性では考えられないほどの表情豊かさだ。
「役に…立ちますか?」
「ええ。」
「なら、手伝います。このハマグリちゃんからの質問に、いっしょに答えを探しましょう。」
「や、やっぱナシで…さしでがましくておこがましー↑」
「いいえ。いいわ。手伝って。あたしよりも、もっと客観的にグリちゃんと付き合える人が必要だもの。」
「が…ガンバリマス」
この何気ない一言で、全てが変わってしまうのだから、現実って怖いのだ。




