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ディストピア世界のポツンと団地子育て  作者: ビチンタ


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2/11

1話 パパはどこへ消えた?

〈浜 捩子の朝〉


世界が終わった実感はある。が、スマートフォンだと…こう、心が盛り上がりきらない。

今はゴミクズ同然のちょっと重めの板は、元から重要なようでゴミクズ同然の情報しか詰まっていなかったのだろう。


さて、どう説明したものか。あたしの理性とグリちゃんに。(グリちゃんとは娘の浜宮離子(はまぐりこ)のこと。)


あたしの理性には、このあとの身の振る舞いかたについてよーく考えもらわなくては。あたしは、グリちゃんが自分で自分の行き先を見つけられるそのときまでは、何をやってでもあたしとグリちゃんを生き延びさせる。


そして、問題のグリちゃん。4歳になったばかりのグリちゃん。生活範囲といったらほとんどこの団地と周辺のパッとしない公園くらいか。

だから、まぁ、無理矢理に嘘はつきやすいのだ。


……そういえば、あたしはグリちゃんに嘘をついたことがない。


確かに、親と子のずっと一緒にいる家庭ならば、あたしの比にならない量のコミュニケーションが行われているものだろう。

その中では、子供の精神衛生を良く保つために必要とされる嘘を織り交ぜながら共に過ごしていくはずだろう。


あたしにもグリちゃんには順序を守りながらモノゴトに触れ合って欲しいと思っているので、まだ知らなくてもいいことには嘘で蓋をするように心構えていた。


グリちゃんは果たして、今日までの世界に、そしてあたしに興味があったのだろか?

ないのだとしたら、大問題だ。退屈は飢えに繋がっているからだ。

子供が飢えては、いけないのだ。


いよいよ、真実を打ち明けるべきなのか、はじめての嘘をついてみるか、その答えが出ない。完全に行き詰まってしまった。


〈世界の終わり お隣さんの反応〉


昨日は楽しかった。楽しさを、世代という枠を考えない間柄で享受できたことに、優越感でいっぱいになりながら眠った。


最近は自分も隣の『浜家』の2人もどんどんと好きになっていくばかりだ。

鮮やかな思い出を作った日の夜はだいたいが特に覚えられるような夢を見ず、まして悪夢を見て嫌な目の覚まし方をするようなことなどまずない。

ただ、寝たことを忘れるくらいに呆気なく朝になっているのだ。


薄い素材で無理矢理に半透明に見させられるカーテンから、青く澄んだ空が見えた。

「あら、嫌だわ。寝過ぎちゃったの?」


真っ先に宮離子ちゃんのことを考えた。

今日は平日。預けに来たであろうに対応出来なかった。今ごろ部屋で1人なのだろう。

宮離子ちゃんの特別さを考えれば、普通の4歳児よりも妙な安心感はある。

ある…が、私は宮離子ちゃんと捩子さんの万が一を防ぐ砦としてその役目になれた縁を大事にしたいのだ。


ああ。向こうさえよければ今すぐにこの壁をくり抜いてお世話しに行きたい。

いっそのこと…。


そんな危険な考えを、拭うためにカーテンを開けてそして、噛み締めるように時計を見た。


カーテンを開けると、印象がうんと強くなっており、なんという鮮やかな空。

南国のビーチからこの空を見ることが出来たなら、おそらく接着面など見当たらない程の精巧さで海と空の繋がる様に自然の一体感を全身に受ける体験となっただろう。


そして、時計。指す時刻は午前7時をちょっと過ぎたあたり。音こそ聞こえなくなってしまっても、きちんと秒針の動く様を確認出来ている。

夜の誕生日パーティーのあとの朝としては、問題ない時間に起きている。


空の様相も時計の指す時刻もどちらもおかしい。


日本の朝とはここまでいやらしい青色に覆われているものだったろうか。

違う美しさがあったはずだ。

そう…ケセランパサランが遥かな上空で舞っているかの如く、日本の朝には青空の中に丸のような優しい形の白い雰囲気が散りばめられていた。


今朝は、なんだか違う。


開いたカーテンの前で立ちすくんで動けないのは、違和感に対する反応。

言葉を失ったのは、特に空についてであるが、非日常の煌めくような美しさにはいつも通りの安心感をもつ美しさを打ち破ることはできないのだという、今思いついたところで、あまり関係ないであろう発見が頭の中にジンワリと広がっていったのだ。


今度こそ、頭の中をスッキリ洗い流して整理するために、顔を洗おうとしてみる。蛇口を捻る。


待つ。


待つ。


待つ。


待つ。


どうしたものか。蛇口を捻れば熟練の餅つきの合いの手のようにすぐに、間髪などいれず、滑らかに水が流れ出るはずだ。


困った。予定外の断水。これほど不気味なこともない。まぁ、多分だが水道管か、給水管のトラブルだろう。管理人に連絡をすれば解決する問題だろう。


スマートフォン(らくらくフォンはプライドが許さなかったため通常の機種。まぁ使いにくい)を手に取り、そして連絡する。


待つ。


待つ。


待つ。


待つ。


繋がらない。ため息をする間に、心の中でまた1時間後に連絡することを考えて、スマートフォンを置いた。


口をうがい薬でゆすいで、そのまま朝食と昼食の仕込みを済ませれば、あとは宮離子ちゃんを待つだけだ。


席について、昨日の思い出を、作り置いた味噌汁の沈殿がしっかりと行われたあと上澄みに出来る水鏡を眺めてゆったりと振り返る。


食器に対して、なす術もなくシンクに丁寧に置いておくくらい。

そして、徐にまた、あの空を見ようとカーテンを開ける。


耳の不調も相まっていつもは気にも留めない軽やかな車輪がレールを滑る音を、そのときだけの私は、ゆっくり、はっきりと聞いていた。


きちんと起きた頭で目の前に広がる光景。

普段なら、脳トレでやってるパズルゲームの、なかなかコンボが決まらない難しい盤面のように出来損ないの凹凸を作りながら並ぶビル群が、ハッキリと消してしまっていたものが見えた。


地平線が見えた。


私の眉も困ってしまって地平線と同じようになだらかに弧を描いた。


驚きに驚きが重なり、違和感のヌシのシルエットだけ見えた気がした。

それはとてもショッキングで、私は年甲斐もなく器用にその場にへたり込んだ。


〈パパはどこへ消えた?〉


グリちゃんの寝顔をじっくりと眺めることが出来たのは本当に久しぶりだ。


お隣さんならもしかしたら、お昼寝というタイミングで楽しめるのだろう。

写真でも送ってくれればと思ったが、なんともまぁ機械音痴だ。


人間の脳みそも機械のようなモノだから慣れて使えないようなことなどないはずであるのに、あたしはスパッと指導を諦めた。



生活インフラは死んだろう。日本が生きているのか、日本列島が生きているのかも怪しい。


何故、あたしはコーヒーを飲んでいるのだろう。

団地に残っているガスも貴重なこの世界で。


多分、現実と断層ができるくらいに今のあたしに余裕がある。不思議となんでも出来そうな元気が出てくるのだ。


多分、この考え方をずっと続けることが、何よりも重要なのだ。……そして、あたしはコーヒーを啜る。


ある程度の家事をいつも通りにこなした。

いつも通りにこなしただけなのだが、住めれば良いという雑な想いで居続けたこの団地の、一般的な部屋に今日はその雑な想い以上の丁寧さと労いの心持ちで手入れをした。


ここでグリちゃん起床。


テーブルにあるあたしの飲みかけのコーヒー。マグの取手を使わずに、湯呑みを持つスタイルでぬるくなったコーヒーを口に運んでいた。

あたしもテーブルに戻って、グリちゃんのはじめての自発的な行動に少し戸惑った。


(はじめての勝手にやることが、親のコーヒーを飲む?嘘ぉん!)


まぁ、ほんの少量、ひとくちでも知らない味を知れる経験は楽しいものだ。

それが、苦い経験だとしても。


だからあたしは、目に少しの笑みを作りながら、マグカップをすぐに受け取れる体勢に

「んんー苦いんじゃないかな?ミルクと砂糖をたっぷりと使うヤツなら、飲めそうだけどね。」


でも、グリちゃんははじめてのブラックコーヒーを、久しぶりのモーニングコーヒーを楽しんで少しばかりの無敵感を得ていたあたしよりも美味そうに飲んだ。


まるで、ソムリエのように。そして、小さい手必死につかむ湯呑みスタイルのマグカップを静かにテーブルに置いた。


そしてあたしの目をしっかりと見てこう言った。


「……このおーちにおいてワタチはねママにききたいの」


我が娘に対しての変化の多さに情報過多気味になっていた。

「……ええ。良いわよ。」


グリちゃんは、どうしようもないくらいに輝く笑顔でこちらに問いかける。

「パパはどこへ消えた?」


あたしは頭が真っ白になった。

子育て本番が始まる。


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