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〈浜 宮離子(4)について〉
人の、世界が1番広いと感じるタイミング。
多分だが、受精卵となる瞬間だ。母親の内側から無限の世界を認識しているんだろう。
生きるとは段々と世界を狭くしていく作業だと感じる。
この考えは、最近特に強まって私を苦しいほどに抱きしめている。
もはや諦めた過去の証。顔のシワ。お隣に住む捩子さんには
「私も眉間に…ね。人生で乗り越えた山と谷が顔に浮き出た。そう思うとずっと見ていられそうなんです。」
と言われて。
でも、私はシワのことを世界を縛る枠線なのだと。
どうあがいても、ポジティブな印象など持てない。
まだまだ未熟だと、目の前の状況を眺めながらひと息。
現在。捩子さんのお願いで、娘の宮離子ちゃんを預かり1年が経つ。
住宅団地での近所付き合いがここまで濃密になることを予想できなかった。
楽しい。なんと豊かな暮らしなのかと噛みしめる。
どうにもこの親子のことを心の底から支えてあげたくなったのは、老人のお節介でもなく、孤独に耐えられない人の本能でもなく、好意である。
お昼ごはんを作るとき、愛情でずっとごまかすことで、使うことを避けてきたこだわりや気配りが、“小さな女の子の食べるもの”というお題の前に覚醒したのだった。
宮離子ちゃんの話をしよう。1年が経つ今の私からの印象。“見られている”だ。宮離子ちゃんに会った一万人のうち一万人全員が眼に吸い込まれるだろう。
透き通って青みの溶け込む白目は広いわけではない。不思議と、計算されたように真珠の輝きを持つ黒目が入ることで、目を眼に奪われる細工が完成する。
目尻と頬がただの赤ではなく、紅に見えるのはそれなりに他人の顔を見続けたはずの人生で初観測の驚きを味わった。
肌の白色と艶から生まれた色味なのだと気がつくまでには中々の時間がかかった。
輪郭。シャープ。鼻筋。シャープなくの字。耳。耳たぶまでシャープである。口。唇と唇の間の影がシャープに谷を作っている。
今日で宮離子ちゃんは4歳になる。おめでとう。この1年で神秘的な雰囲気がより強まった。
私が自分の生き方や、人生についてや、世界のあり方について考えることが増えたのは、老いたときに誰もが通る今までの反省ではない。私の性格ではあり得ないことなのだから。
ひとえに、宮離子ちゃんが近くにいたに尽きるだろう。自分や人や世界を超えているかもしれない、強大な何かとの関わりによって、考える機会が与えられたんだろう。
宮離子ちゃんの雰囲気に更につけ加えるとしよう。
初めての出会い。だいぶ幼い子に凛として緊張感までもが纏われていたのは不釣り合いだと思わずにはいられなかった。
1年経つ今まで、この子の笑顔や、挨拶、なにがあったかの報告。子供の可愛らしさの象徴である行為を一度もこの目で見たことがない。
違和感が最高潮に到達したのは初めての宮離子ちゃんを預った日。
小さな女の子が知らない大人と2人きり。1人ぼっちよりはマシだなんて楽観的にはいられないのが普通のはず。はずなのだが……
宮離子ちゃんは“お母さんはどこ”や、“いつお母さんは帰ってくるの”や、“あなたは誰”、当然湧き上がる質問を口に出さない。どころか、頭にも出ていないようだった。
ただ、自然と私の部屋の中でまったりと、リラックスに富んだ様子だった。
私は違和感と興味深さと未知なる刺激の複合した浜宮離子を好きだと決着をつけた。
このことを誇りに思う。
〈浜 捩子(29)について〉
最近には死臭の漂うテレビ業界。死臭に群がるハエやウジことクレーム。そのクレームへの対応があたしの仕事。
クレーム対応。恐ろしさに溢れ、心労と過酷さに押し潰されるようなイメージを持たれているんだろう。
でも、実際のところはマニュアル通りのことを行うことで全部解決してしまうのだ。
もちろん、局や部署の用意した“表マニュアル”ではなく、正規にはもちろん物理的にも存在しない“裏マニュアル”をあたしらは使う。
あたしの仕事か、それとも全部の仕事がそうなのかは分からないが、子育てとは大きく違う。真反対と言ってしまって問題ないんじゃないか?
子育ては私の全てをぶち壊した。
子育てが加わると仕事も単なる修行に思えてきた。
子育てを通じて人間との関わり方が進化した。
不屈の精神を育てて今日この頃。
コールセンター業務の全てを、死んだような目をしながらだったらこなせる。
そんなところまでに成長できた。
あだ名を“大天使”。ほとんどの先輩、同僚、後輩の声の出し方の師である、この道40年のベテランからは、
“捩子さんの行く道は、邪道かつ苦しい道だが、極めれば王道のその先に辿り着ける”
なんて曖昧な言葉をかけられた。ほんとに聖典に載ってそうな言葉だと思ってしまう。
テンプレート的俗物な嫌なオヤジがあたしの上司にあたる。
今日もあたしの胸から股まで視線を落とすのを、バレないようなこざかしさを感じさせる速度で見てから、ハッとするように右肩を見ながらいつもの挨拶をしてくる。
「やぁ、今日もね、いつものようにね、化粧が美しさを底上げしてるよね。うん。キミは電話対応じゃなくて対面で対応すればさ、きっとみんなオドオドしちゃうんじゃないのかな?ね。」
「ありがとうございます。」
どうだろう。この、無駄なことだけで構成されている挨拶と、無駄を一切省いた挨拶の対比は。
美しさまで感じさせるのでは?
あとは、まぁ語るまでもない。プロの技が光る。クレーマーがなんの解決もしない電波のやりとりを繰り返す。繰り返し繰り返す。
とまぁ、そんなこんなで昼休み。全員がもっぱらスマートフォンの虜。幸せだねぇ〜。
世間ではか弱くも手頃な武器を大勢が持つことで「人間狩り」が頻繁に起こっているように思う。まぁ、こんな考えに至ったのはあたしが狩られる側にいたわけで。
片親も底辺も本来は説明のためにある語句だ。
片親とは父親と母親のどちら一方のことを指すだけ。
底辺とは算数の公式の中に出てくるだけの言葉だった。
それが、このザマ?
ほんとに?
化粧室にきた。鏡の前、手洗いの陶器の台その排水溝部分をじっくりと眺めて、鏡に視線を移した。
彫りのある顔にキレのある目元やくっきりとした鼻筋。ふくよかさを微塵も感じさせない頬。
可愛げのないパーツを、主張しすぎない色でまとめた唇と、二重をつくるアーチでどうにか無理矢理可愛げを演出しているようだ。
さらに、とことん淡い緑が基調となっている化粧は
ぱっと見るだけの街ですれ違う大多数の通行人に優しさのありそうな雰囲気を感じさせることに成功している。
が、だ。
いけない。もう取れそうもない。眉間のシワ。お隣さんへのおべっかが上手くいったからあたしの娘は面倒を見てもらっている。
なんだかシワに対して妙に嫌悪を匂わせていた人だったから。思いきったことを言ってみた。娘がいたからこその挑戦。結果、おおきなものを得た。
でも、本当はあたしもシワは嫌い。美はあたしの持つ中でも屈指の強さを誇る武器だ。その武器の…もしかしたらサビなのかも。
化粧室の鏡を見ながらぼんやりと考え事をする。
あたしの様子こそ呆けているようなものだったかもしれないが、考え事の内容はハッキリとしたインパクト強めなものだ。
『あたしって、バカ親なのかな?』
しばらく考えていると、腹に何かを抱えたような“大天使”が個室へと駆け込んできた。
また数分が経ち、個室から出てきた“大天使”は唇をとんがらせて、鏡越しにあたしを見つめてきた。
「私はね、あなたの悩みを癒してあげたいわぁ。」
「親になるとか、子育てとか、資格が必要ですかね?」
「うーん。あなたはね、愛にまみれて、愛に溢れて、浴びるほどに愛を受けとめる。最近のあなたは、自分と娘ちゃんの2人をどうにか守るように生きてるわよね。それなら、1番持つべきは、攻撃する武器ではなく難攻不落の城よ。」
「その城を築くために必要なのが…」
「愛よ。あなたの最近育てた無関心その真反対。」
「癒されは…しませんでした。」
「ふふふ」
実は“大天使”のプライベートボイス(地声)は雷のようなしゃがれ声なのだった。
しゃがれる笑い声と共にあたしは化粧室をあとにした。
残業も終わり、ケーキを片手に団地へ帰る。キャンドルを消すあのイベントは外でやったらさぞ映えるのだろうと感じさせる程暗かった。
お隣さんと娘と誕生日パーティー。絆はある。幸せもここにある。なのに感じる焦り。年々この感情が強まるのは、あたしがより良い母親を目指しているのだろうか。
2人で3歩帰宅。後就寝。
そして目覚めたらー。
〈世界の終わり〉
テレビ番組がどこも始まらない。小鳥が鳴かない。朝の独特な青白さが消えた。娘はまだ寝ている。外に出てみる。
周りの棟が消えていた。
スマートフォンで昨日の続きを辿ってみる。
阿鼻叫喚の天変地異。世界は終わったらしい。
あまりのショックにスマートフォンを落とす…なんてことはなく、ただ呑気にコーヒーを淹れた。モーニングコーヒーなどいつぶりなのだろうか。
そしてこう考えてしまった。
『やっと、子育てに専念できる。』
私はバカ親であり、親バカなのだろうか。




