14話 ディストピアその4
〈ディストピアその4〉
〜〜〜〜〜〜〜〜〜回想の続き〜〜〜〜〜〜〜〜〜
互いに固まった。
向こうは、我にどのような言葉をかけるのか、脳みそのショートを起こして時間がどうしてもかかってしまうようだ。
唇を震わせているのは、なにも歳のせいというわけだけでもないらしい。
感情のツナミが全てを溺れさせて、息継ぎも出来ないのだろう。
我はというとなにもかける言葉などなかった。
これは、貰い手の女のおっきい方にが目の前に立っていても、多分ちっこい方が立っていても、変わらない反応を示していた。
間違いない。
「あら、ショットガンを持ってくるべきだったわ。」
ようやく言葉をみつけたらしい。
「フフ。でも…そう…私達も遂に!神に見捨てられた訳ではなかった!アハハハハハ!」
「こんなに早く会えるなんてね!」
「私達は、今日はあなたのお友達を皆殺しにするつもりで来てるのに。いやぁ……ハハハハハ」
言葉が止まらないらしい。
嫌な声だった。女の持つ独特なドスのよく効いた声で、人のことを馬鹿にしてるような感覚を生じる音域で喋る。
どうして、私の居場所が!
目の前のこの女は、私に関する捜査状況の進み具合を隠蔽する権力を持っているのだろうか?
いや、少なくとも、貰い手の私にはなんの関係もない家庭は、権力とは無縁の、でも権力を欲してやまないような滑稽さを持つ奴等だった。
なぜ、この島の交友関係がバレているのか。
パフォーマンス仲間の皆を知っているのか。
彼女のことを知っているのか。
彼女は無事なのか?!
白状しよう。
そのときばかりは、“我”を忘れた。
一人称の話だ。
我のとった行動は、自分でも勇敢であったと思う。
貰い手の女の持つポリタンクと、通路の中からのハッキリとした異臭で、何がやりたいのか理解した。
ガソリンだ!
この会場を火の海にするつもりなのだ!
絨毯には、コーヒーをこぼしたときとそっくりな茶色いシミの筋が出来上がっていた。
廊下の端、多分ステージ前のドアにも繋がっているのだという予感がした。
貰い手の女は、ポリタンクをノールックで後ろに投げ捨て、自分の作ったガソリンの道を見ながら、ゆっくりとライターを取り出した。
その隙に、我はスマートフォンをスピーカーモードにした。
通話先にいるのは警察だ。
私は出来るだけのメッセージと起こることを警察に伝えることにした。
「この…こ、この…パーティーキのことを燃やすつもりなの。」
パーティーキとは、パフォーマンス会場のことである。
「ええ。ハハ。この会場のことはよく調べたからね。どこの避難経路にもガソリンを撒いてきたわ。流石にステージには火をつけれなかったけど、ジワジワとお前の友達が死んでいくのもいいなって思ったわ。」
「お前が、死なないことだけが懸念点だったけど、でも!もう関係ない。好き勝手に火をつけて、燃やして、この場所の燃える様を特等席で楽しんでやる!」
「そうはいかないわ。」
我はポケットからスタンガンを取り出す。
「ハァ?私のことを気絶させようって?馬鹿ね。ほら!」
貰い手の女は、血のついたナイフを我に向けてきた。
「揉み合いになれば、その顔も、手も足も、身体中をズタズタにされるよ!」
「別に、このスタンガンはあなたを気絶させるためのものじゃないわ。」
「火をつけるためのものよ。あなたの作ったガソリンの道にね。ガソリンなら、スタンガンでも簡単に火がつくわ。」
「あのドアの入り口からマメにガソリンをまいたおかげで、逃げ道はないんでしょう?」
「つまり、唯一の出口は我の入ってきたドア。我の方が出口に近い。火をつけて、あの出口のドアを抑えてやれば、あなたは死ぬわ。」
「正気なの!?ありえない!?お友達が中にいるんじゃないのぉー?」
貰い手の女がこの台詞を言ったときには、もう既に笑みが消えていた。
「いいえ。ここに我のしる人はいない。この島に我の友達などいない。」
「でも、このスタンガンで火をつけて逃げれば、あなただけ死んで、私は生き残る。」
膠着状態を作ろうと思った。
警察への連絡はもう取れている。
これほど警察を恐れていた我が、警察のことをこれほど頼りにしているんだから、法律と人間の関係ほど勝手気ままなものもないだろう。
「あらぁ?それなら、わざわざ宣言しなくても、いいんじゃない?奇襲をかければ良かったじゃない。」
「……」
「ひとつは、あなたが悔しがると思ったの。もうひとつは、警戒しなくちゃいけない要素があるって思った。あなたの娘をね。単独で来るとは思えない。いるはずよ。」
「そして…今分かった。この島を放浪して、最近はこのパフォーマンス会場の周りをうろついているキャンピングカーの正体を!あなた達だったのね。」
「………時間稼ぎしてるわね。」
「ああ。そうなの。通報済みなのね。」
「なら、提案よ。ここを燃やさずに出てあげるわ。代わりに、お前もついてくるのよ。」
「飲むと思う?」
「それは、これから分かるわ。」
カチリ。と、嫌な音がする。
タレのある顎をオレンジ色に染めて、貰い手の女はライターの火をつけたまま腕を上に掲げた。
ライターが落下運動する。
持っているもの全てを投げ捨てて、ライターの火を受け止める。体を使って火を掴みにいった。
手の中から、一瞬だけ肉の焼ける匂いがした。
その匂いは遺伝子が恐怖するらしく、本能の防衛機能がサイレン音をオーケストラなみの大音量で響かせていた。
その匂いは自分の肉の焼ける匂いだった。
熱くて痛くて気持ちが悪かった。
不幸中の幸いと言えるのは、その焼ける範囲が全身ではなく、自分の手の中に収まっていることだ。
貰い手の女の下にうずくまるようにスライディングしてる状態になった。
そこからすぐに、貰い手の女に血のついたナイフを突きつけられた。
「そうこなくっちゃねぇ。ンフフフフ。」
このタイミングで遠くから、本物のサイレンの音がしてきた。
警察だ!
「あら残念。お前に、この場所に火をつけさせる時間は取れないらしいわ。さぁ、立ち上がって!」
「ここから逃げるわ、入り口前に。」
貰い手の女はちっこい方、娘と無線でやり取りしていたようだ。
入り口の方から外に出て、例のキャンピングカーが数秒後に到着した。
「乗るのよ。地獄を見せてあげるわ。」
我はキャンピングカーに詰め込まれると、ロープで拘束された。
「まぁ!ラッキーだったわねママ!」
「ええ。このままこの街から離れましょう。こうなった場合の手筈通りに、どんどん西へ西へと向かうのよ。」
「ひっさしぶりぃー!おねぇちゃん!会いたかったわぁ!」
警察の方は、現場に急行することで、このキャンピングカーに気がつくことはなさそうだった。
燃えてない会場を見ながら、我は連れ去られた。
島の高速道路を走っている中で、これからの我の処遇についてとことん脅された。
まぁ、要約すると、
『死にたいと思うよな目に散々に合わせてから、ちょっとずつ下半身から生きたまま燃やして殺してやる』
という内容だった。
喋る内容よりも、喋る声やイントネーションや下品な笑い声が本当に煩わしくて鬱陶しかった。
そこから話は、どうしてこの復讐に至ったのか、自分達の悲壮な境遇を話すフェーズに入った。
これから悲願を達成できることに興奮していて車内は大分盛り上がっていた。
「お前が殺して、この島に逃げたあと、私達は家に帰ってきたわ。」
「そしたら、夫の出迎えがないじゃない。」
「おかしいと思って声をかけながら寝室に行って、それでもいなかったから2階に上がったの。」
「そこで異臭を感じたのよ。人生で嗅いだことのない不快な臭い。その臭いを辿っていったら、お前の部屋のドアの前にいたわ。」
「ドアを開けてすぐ、夫の死体があったわ。ハエがたかり、うじが湧き、体はカビの生えたような緑と茶色の混じった色になっていた。」
「その場にへたり込んだわ。娘にはなんて言っていいのか分からなかった。ただ、見せてはいけないってそう思った。だから急いでお前の部屋に鍵をかけて、下に駆け降りた。」
「娘の心配の声を聞いて、まず娘に友達のところへ挨拶をしてくるように言ってきたわ。どうにかして家から出した後、警察に連絡したわ。」
貰い手の女のちっこい方が運転しながらミラー越しに我と自分の母親を見ながら話に入ってきた。
「あの時はショックだったなぁ。帰ってきたらさ、知ってる限りの緊急車両が家の前に並んでて、怖かった。」
「ママに聞いたら、ママがあたしの前で初めて泣いちゃってさぁ。そこで、余程のことが起こったんだって知ったわよねー。」
「でさ、警察の1人にあたしの父親が死んでたって知らされてあたしも泣いたわ。うん。人生で一番泣いた。」
「ホテルに泊まって、涙を流しながらパパのことを思い続けたわ。」
「涙も枯れない頃に、事情聴取を受けたわ。」
語り手は目の前に戻った。
「2人ともお前の名前を出したわ。まぁ、正確には警察に会ってからすぐにそのことを伝えたのよ。」
「行方不明になっているし、ここはお前の部屋だから何かあるはずだってね。」
「はじめのうちは、きちんとした捜査が行われていたの。何度も報告があったし、お前に関する情報をまとめて知らせてくれていたわ。」
「でも、ある日から突然、なんの音沙汰もなくなった。未解決になると決めつけるには絶対に早い期間にね。聴取を受けてからたったの3週間後よ!」
「それで、確認を取りにいったの。『お待ちください。』で、待って、担当者がきて、した話といえば『捜査が思いのほか難航している』とかいう言い訳ばかり。急に連絡が途切れる理由になるはずがないのに。」
「で、そこからお前に関することはほとんど分からなくなったの。何度も、何度も警察を訪ねてみたわ。けど、結果は同じ。」
「怒ったわ。娘と共に。神に見捨てられたのだと思った。そこで娘が提案してきた。」
「あたしとママで、あの女を見つけ出して殺してやろうってね。あたしは、大したスキルはなかったけど、ちょっとずつ勉強して、おねぇちゃんがどこかのサイトに写真を撮られてないか探し続けたわ。」
「でも、しばらくはなんの収穫もなかった。人を拘束したり、拷問したりできる道具を買い漁りながら我慢して過ごした。そして、見つけたの。」
「神さまは人を見捨てても、悪魔は絶対に人を見捨てないんだって思ったわ。それは全くの偶然だったもの。」
「休憩がてら、復讐した後にどこかで休みたいなって思ったの。そこで、まぁh島についてただただ綺麗な景色見たさに流行ってるアプリケーションで調べてたの。」
「そしたら偶然よ!本当に偶然!ママァ!あたしのスマートフォンを取って見せてあげてよ!」
我には知らない、マーブル技法の使われたピンク色のアイコンのアプリケーションが立ち上げられる。
SNSなようで、フォローしているアカウントを見れば、パフォーマンス仲間達で撮った写真が並んでいた。
その中には、この前撮った集合写真に、中には我も写り込んだパフォーマンス仲間達で遊びに行ったときの写真もあった。
「この写真を見つけたの。だから、この島におねぇちゃんがいるって確信したわ。そこからどんどんと計画を練ったわ。この島に来たあとも、で、この会場でおねぇちゃんの友達が働いてそうだったから、手始めに燃やそうって思った。」
「それで、駆けつけたところを拐ってやろうって。でも、そんな手間をかけなくてもおねぇちゃんは今、このキャンピングカーの中にいる!」
謎が解けた。どうして我の居場所がバレたのか。
どうして働く場所もバレて、友達も危険に晒されたのか。
インターネットに晒されていたんだ。
インターネットイコールデンジャー
この等式を頭の中で組み立てていた。
夜も更けていった。
〔事件直後。我が一人称の女の彼女視点〕
おかしい。
いつもなら舞台袖でわたしの踊りを見ているはずの彼女が、さっき警備員に伝言を伝えに行った直後から姿を見せない。
なんか、不安だ。
舞台裏から支配人が来た。ただならぬ表情だった。
緊急事態が発生したのだと、一緒にいる人々で簡単に察することが出来た。
警察官だ。
公演は途中で中止になった。
機材のトラブルが起こったのだという嘘の説明と、機械がショートしたら火災にも繋がるので会場の外に全員で出るように誘導された。
「オーナー。実際には何が起こったんです?」
「あぁ。通報が入ったんだ。ここを放火しようとすることを伝えるね。なんでも女の子の声と、初老の女性の声がしたようだ。」
「まさか。」
「ああ。もう伝えた。彼女だろう?誘拐されたと思う。すぐに追跡を始めるそうだ。」
外に出たついでに走って駐車場を見る。
観光客がほとんどで、スタッフや島から来る客くらいしか車を使う人はいない。
そんな中で、キャンピングカーが停まっていた事実。
そのキャンピングカーが今、駐車場から消えているという事実。
「オーナー。じゃさらにこう伝えて。『今朝から停まってたキャンピングカーが怪しい』って。わたしは、パパに連絡する。」
「もしもしパパ?マズイことになったわ。彼女が誘拐されたの…」
「」




