13話 ディストピアその3
〈ディストピアその3〉
〜〜〜〜〜〜〜〜回想の続き〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
幸せの青い鳥が無限に広がる群れを作り、飛んでいる空。
休憩していて出来る海。
そこに囲まれて生きている我。
我にピッタリな選択で、人生の洗濯をしてくれる彼女。
全てが完璧だった。
島で盛んなダンスとショッピングと、ディナー以外の全てを彼女と楽しんだ。
2人でいるとき、彼女は我に島の全てを伝えてくれて、我は彼女に島の外の全てを伝えようと努力した。
彼女は、守ってくれる頼るべき者ではない。
けれど、我は彼女と互いを守り合う。
思い出も、環境も、心も、全部壊れないように。
この島で、我は正真正銘の人間として復活できた。
問題は、復活した後だった。
余裕があるおかげで、人は不幸を取り出して見ることが出来る。
ヌメリのある漆黒の液を纏い、手を貫通しそうな程に重い。
その正体を知っている。
島の全ての幸福と天秤で並ぶただ1つの気がかり。
あの貰い手の男の亡霊。
そして、我が殺したという疑惑。
過去だ。
この過去は、現在の全てを壊すパワーを持つだろう。
恐ろしさが身体からいつも抜けない。
例え、彼女が我を癒そうと、我を変える力を強く、強く我に注いでくれても、ねじ曲げることは出来ない。
ある日も、ある日も、例の事件のネットで広まることを恐れた。
小さな事件であった訳ではないはずだが、あのときから新情報が音沙汰なしということは不思議で不気味だ。
我が真っ先に疑って捜索されるに違いない。
この島にいることは、飛行機の記録で簡単に手繰り寄せる情報だ。
交友関係を調べることで、この島で引き取ってくれた家族がわりの人々にだって辿り着く。
なぜ、この島の警察は我を拘留しないのか。
疑問がとめどなく溢れた。
その器をあてがうために、コンピュータであの事件の情報を調べる。
被害者の名前も、姿を消した我の元の名前もちゃんと公表されていた。
行方不明の旨の情報だった。
それだけだった。
器を作ることに失敗した。
溢れた疑問は我を溺れさせてしまいそうだった。
彼女に、訊くことは出来なかった。
幸せは抱えきれないほど容積だけ大きくなっている。
風船という例えがピッタリだろう。
どんどんと膨らんでいく、膨らんでいくだけで重さが大きく増えることはない。
持つことが難しいだけで、頑張れば簡単に壊せる。
我の過去という小さな針のせいで、しぼんでしまうのだ。
心の底から避けたかった。
この危うさは、彼女に伝わって欲しくなかった。
彼女が、我の家と呼べる場所に泊まりにきた。
定期的にあるのだ。
が、このお泊まり会はいつもより緊張感を持って進んでいった。
もちろん、彼女は赤の他人のいつもとの変化もしっかり感じ取れる。
付き合っている我の変化など、分かってしまうのは至極簡単であるのが道理だ。
彼女は、家族がわりの人たちと少し話し込んだあと、我の部屋でこんなことを囁いた。
「忘れていいの。これは気休めじゃなく、アドバイスなんて軽く済む言葉でもない。あなたにあったことは、全てを投げ出せる。全てが消える。この島ならね。」
何度も聞いた言葉だ。
でも、寝て、添われながら言われたら、もう脳の支配は終了している。
宇宙の遥か遠くから長い距離を進み、もの凄い輝きを見せる光を放って届ける恒星。
その光の強さは太陽とは比べものにならない力を持つ。
それでも、1番近くにいる恒星の太陽が、昼間に、遠くにいてもより強いはずの恒星の光をかき消してしまう。
太陽の光が、他の星を見えなくする。
我の今の感覚はまさに、彼女こそが太陽だ。
過去からの使者など、彼女の前ではかき消える。
安らかに眠れた。
彼女の家にも泊まったことがある。
美しかった。
島の骨董品の並ぶ、小さな博物館のような部屋で彼女は外を眺めている。
そっと声を掛けて、隣に座る。
コーヒーと潮の匂い。
彼女の匂い。香の匂い。
南国の匂いではなく、故郷の匂い。
そう思った。
彼女の両親や兄弟と会い、食事ともてなしをしてもらった。
なんだか素性はよくわからなかったのだが、彼女の父親はこの島の有力者らしく、島のほとんどのことをどうにか出来るらしいのだった。
こうして、時間が流れて、あの過去の出来事が薄まってきた頃。
もの凄い流行りのSNSアプリケーションがやってきた。
私生活を偽ってでも投稿して見せつけるという内容だ。
どこにでもバカはいるもので、勿論我の周りにも。我の知らないそのSNSアプリケーションに無許可で我の写真が上がっていた。
彼女のパフォーマンス仲間の誰かなのだろう。
大勢で遊ぶこともあるのでこのような事故も起こるだろう。
今まで、記念写真を撮るときは、こだわりだって嘘をついて、カメラで済ませてきた。
自身の居所をバラすことについて、本当に気をつけて避けるように努力してきた。
問題は、我がその事実を知ることに時間がかかってしまったこと。
更に大きな問題がある。
貰い手の男の遺族。
貰い手の女のおっきいのとちっこいの。
そいつらにこのSNSアプリケーションを通じて情報が渡ってしまったことだ。
そのことがよく分かる事件が起こった。
事件の経緯はこうだ。
ある噂から始まった。
この島の中を、キャンピングカーがずっと走り回っているらしい。
昼も夜も。
島の観光をするのが目的でもなく、島を一周するドライブを目的とするならこの街に留まり気味だ。
謎のキャンピングカーはこの島でなにをするつもりなのか。
彼女からこの噂を聞いた。
我は普通に幽霊の類いだと思った。
「ウンウン、こわいねぇ、大丈夫だからねぇ」
彼女は、子供をあやすように我をイジってきた。
それで、2人で笑って、我の中でその話題はもう熱が冷めた。
数日後だった。パフォーマンス仲間のみんなの衣装を一新した。
だから、みんなで写真を撮った。
その写真は共有された。
例のSNSアプリケーションで同じバカが、その写真を投稿した。
これが布石となった。
パフォーマンス仲間のうち何人かが、例のキャンピングカーを見かけた。
尾行される者がほとんどだった。
噂になっていたこともあり、全員が警戒して逃げることが出来たようだ。
しかしなぜ、この友人グループの中のダンサーが尾行されているのかが全く分からずに不安だけが残った。
我は半信半疑だった。
パフォーマンス会場の周りで、話しかけてくる人がいて、パフォーマンス仲間の集合写真を見せて、この会場のダンサーなのかという質問をしてきたらしい。
更に、写真以外のダンサーはいないのかと訊いてきたらしい。
誰も、なにも答えなかった。
我は、少し不安になった。
まさかと思って、銃とはいかなくても、最低限の防犯グッズを装備しようと考えた。
嫌な予感がしたのだ。
会場の中では、ダンサーの中であらぬ恨みを買ってしまった者がいるのだということで全員が納得していた。
そこで、集団で移動したり、ダンサーに催涙スプレーが配布されたり、警備員の数を増やすなどの対応がとられた。
我も、スプレーの他にスタンガンも用意して、特にスタンガンの方は肌身離さず持ち歩いていた。
心配だった。彼女のことが。
また数日経ち、事件当日。
いつも通りの業務が行われていた。
公演と公演の間の休憩時間。
SNSアプリケーションをやってるあの子が皆んなに明るく話しかけた。
「ねぇねぇ…今さ、飲み物買って駐車場に戻ってきたらさ、例のさ、キャンピングカーが駐車してたのー!今、この会場にもしかしたら、キャンピングカーの中の運転手が来てるかも…よ!」
「あー。笑い事じゃなくて、一応警備員に知らせないと。」
もう公演も近かったので、裏方の我がそのことを警備員に言いにいった。
入り口のチケットカウンターの売り子と、入り口の警備員が、首を掻っ切られて殺されていた。
劇場と通路間の反対側にあるスタッフオンリーのドア。そこから侵入してきた痕跡があった。
警備員が駆けつけられるように繋がっているのだ。
(今、この犯人は!ステージの方を移動してる!?)
彼女が心配になって、携帯電話を警察に繋ぎながら、入り口のスタッフオンリーのドアからステージまでの通路を進む。
そこで、再会した。
貰い手の女に。あの最悪な男の妻に。




