12話 ディストピアその2
〈ディストピアその2〉
悪魔から目覚めたあとは、最初の印象は最悪なのだが、しばらくすればなんの夢も覚えていない時よりも脳みそがスッキリしたような感じがしている。
島の中を緑で包んでいく作業を淡々と続けていった。
気が向いたタイミングで、木の実を採取し、サバイバルではなく、キャンプ気分で野宿の支度をした。
島といえば、パイナップルだろう。木陰が欲しくて、パイナップルを念じてみたら、目の前に立派な果実をつけたパイナップルの木が生えていた。
一個千切って皮を剥き、かぶりついてみる。
食べたことで、また頭痛がきた。
それは、パイナップルの酸っぱさが頭に響いてきたわけではない。
また、あの感覚。記憶が頭蓋を突き破るような感覚が広がった。
なんとなく、この島で、自分の住んでいたであろう逃亡先であり受け入れてくれたクイーンビーの親戚の家を復元してみようと思った。
このまま、記憶の封印をしておくのは、我の中の権利をフル活用できていない気がしていた。
目を閉じて、また開くとそこにあったのは歪な形の家屋だった。
どうやら、我のイメージ通りの再現が起こっているらしい。
所々の我の覚えていなかった家に必須のパーツが、忌まわしい貰い手の家のパーツに置き換わっていた。
使う気にはなれなかった。
更に記憶を辿るなにかを見つけてみようと、両手で必死に頭を押してみた。こうすれば、先程までと同様に、いいアイデアとか、忘れていた記憶とかが出現するのではないかと、そう思った。
だが、なにも起こらなかった。
これまでは全て手に入ったのに。
〔ちょうどこの頃、日本 とある団地の404号室〕
「ママのコタえわ、『タシャとカカわること』ね。」
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我が脳みそに電流が走った。
いや、脳みそはそもそもが電気のほとばしるものだから、この衝撃を的確にあらわしてはいないだろう。
だとすれば、おそらく…あぁ!そうだ!
ピザにパイナップルを乗せた時の、あのとき味わった衝撃!これがピッタリだ!
で、結局、どういう類いの衝撃だったかというと、アイデアが湧いてきたのだ。
このアイデアは、ものすごい。
実際のところ、不安はある。
夢の中なら、我は無敵である。
この記憶の封印を解くために、イメージする。
人間を!
今、パイナップルを食べたときの、あの衝撃を元に、この島に来てからの1番の思い出となる人物をイメージする!
あぁ。ちぢれた黒の髪の長くて、スパンコールのように輝く日光に照らされた部分。
オレンジの夕陽に茶色の中で最も温もりのある、ミルクチョコレートのような瞳孔。
その周りを囲むのは、手入れされた黒猫のような艶やかさの虹彩。
曲がらない性格を表した鼻。
ハイビスカスの色味の薄い唇。
我の恋した人。人形だった我が、遊びではなく本気で関わった人。
その人は、どんな笑い方をしていたのか。
海を、見飽きた海を、辛気臭い顔で見て、感動している我に苦笑していた、あの女性は!
「こんにちは。」
彼女が、我へと微笑みかける。
動悸が海の音をかき消す。
血流が、全身を確かに巡る感覚を理解している。
封印は解けた。
パイナップルの実が1つ落ちた。砂に埋もれた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜回想〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
我を、受け入れてくれた。
クイーンビーの親戚一同も、島で会う人々も。
腫れ物でもなければ、財産でもなかった。
我は我であった。
観光の盛んな島だから、そのパフォーマンスや、接客を勧められた。
まあ、顔がいいから。
パフォーマンスをすると、所在がバレそうだから断った。
嫌な顔ひとつせず、人と関わらないで出来そうな仕事の斡旋をしてくれた。
パフォーマンスをやる舞台裏の、楽器の手入れや服の手入れをする役に任命された。
ダンサーの女たちのセンター争いやイジメを想像していた。
しかし、そんなことは毛ほども起こらなかった。
センターに決まっている、圧倒的に美しい娘がいた。
我と並ぶくらいの美少女だ。
その娘が、イジメを許さなかった。
みんなが従っていた。反抗する意識すら削ぎ落とす。そんな娘だった。
だんだん好きになった。
あの人形への気持ちとは全く別物の心を学んだ。
だが、大袈裟な演技をすることでしか相手と関わることの出来なかった我が通用するとは思えなかった。
その娘は人を見通す目をしていた。確かにしていた。
まともな考えを、世の常識を、友人からどうにか情報を引き出しながら学びとる。
そうでなければあまりにモノを知らないのだ。
そんな我の正体を、かの娘に知られたくない。
気をつけて、気をつけて、気をつけて、でも、かの娘は我にいつも、
「無理しないで。」
と、声をかけ続けていた。
優しさの辛さ。思いやりの切なさ。気遣いのやるせなさ。
ここまで感じて、初めて我は恋をしているのだと実感した。
ここまで人間に狂わされた我が、人間を好きになる。
それはやはり、滑稽に思えるだろう。
我は分からなくなったのだ。
人間という種の巨大迷路の中に突き落とされたのだ。
この世て1番憎い相手と、この世で1番愛おしい相手に左右の肩を押された。
とにかく、出来ることをやった。
かの娘は、この島を愛しているらしいから、我も同じ思いを持ち横に並ぼうと、そう考えた。
島のためになるようなボランティアを1人でやり、島の文化を勉強して、島の伝説を老婆から聞き漁った。
続けているうちに楽しくなってきた。
自分の目的を持って、自分のために始めて行動したこと。
この島の雰囲気は、よそから来た我に自由を届けるには充分だった。
かの娘の、パフォーマンスに向けた情熱をただ理解して、気がつけば、舞台の袖で見ることが常となった。
声をかけることはなかったが、ときどき合う視線が妙に親しい。
袖から帰るすれ違いざま、
「あなた、分かってる……わね。」
こう言われた。
我の視線の流れを向こうも読んだのだ。
踊りの注目すべきポイント、かの娘の工夫とこだわりを我はきちんと理解している。
そう知ってもらえたのだ。
かの娘の衣装直しの担当になった。
もっと強調して見せたい部分がきちんと見えるように、我は衣装を改造した。
「島の文化を守る範囲で、目立つような加工をしてくれたわね。腕の部分。海の見せるうねりを思わせる飾りだわ。」
我の飾りをただ触れて、少し舞って、そして外す。
そのちょっとの時間が、久遠の幸せとなる。
「あなたは、この島で何をしたい?」
唐突な質問だった。
「生きてみたい。」
我はこう答えた。
かの娘は実に女性的に笑った。
「いいわ。わたしが手伝う。あなたがこの島と生きようとしてくれるなら、わたしはあなたを島のように扱うわ。」
そう言って抱きしめてくれた。
ただの愛だった。
素朴な愛だった。
シンプルな愛だった。
ここで後悔が押し寄せた。
愛を知ったことで、自分の穢れを知ってしまった。
我は、間接的だが、人の死に関わっている。
我は逃げてきた女だ。
対する彼女は?
もちろんのこと、自分の力で及ぶことなら、なにからも逃げてこなかっただろう。
(釣り合わないぞ!)
貰い手の男の方の声だった。
(おまえは歪んでいるんだ!)
(誰にだってある歪みではなく、もはや救えない歪みだ!)
(もっと歪む!もっと歪め!歪め!歪め!歪め!)
「この島で生きるんでしょう!」
この声かけと共に気がつけば彼女と一緒にビーチの夕陽を見ていた。
近くにいた日本人のカップルがこんなことを話していた。
何故か、男の方の言うことだけ内容が理解できた。理由は分からない。
「じゃあ、夕陽に心だけでなく、魂……人格とか今までの記憶とか、そういったことまで奪われたってことですか?」
「ウニャウニャウニャウニャウニャウニャ」
女の方はなにを言っていたのか聞けなかった。日本語はムズカシイネ!
「うーん。太陽に包まれるだけでそんなことに?なりますかね?太陽に溶けて戻ってくる感覚?アイスクリームのことでしょうか?」
「ウニャウニャウニャウニャウニャウニャ」
女の方が、男の腕を本当にか弱くこずいた。
「はぁ。なるほど。恐らく雄大で、美しさの極まるものは、人をそのような感覚に襲わせるのでしょう。全てを投げ出せるような、全てを裏切れるような。積み重ねを崩す、危うい満足感とでも言いましょうか。そんなようなことですか?」
我は、沈む夕陽の、聞こえてきたその力にすがりつく思いだった。
我に、その感受性はなかったようで、でも、夕陽を見続けていれば、いつかは全てが思い出からも消えてくれるのではないかと思った。
「太陽は、海は、目の前の全ては島からの贈り物。そしてわたしも、あなたにとっては島からの贈り物。」
「島の外から来たとするなら、その思いは強くなっているはず。」
「うん。」
「あなたもまた、この島の一部となるなら島の贈り物に感謝するの。心の底から。一切の雑念を捨てて。」
我にとっては望むところの提案だった。
向き合えば向き合うほどに嫌悪感が積もる、ゲテゲテしい泥にまみれた記憶。
捨てたい!と心の底から願っていた。
「んんん。難しい。どうすれば……」
「ほら。」
彼女が胸を貸してくれた。
我は彼女を抱きしめて、泣いた。
夕陽が沈みきっても太陽の温もりは消えなかった。




