第9話 公爵令嬢は進路という言葉を知る
季節は初夏へと向かう。
制服も夏服へと変わり、学園を彩るサマーホワイトの木には白い花が、ぽつりぽつりと咲き始める。
クラリッサは中庭を通り抜けた。
東屋までの道は木陰が多く風通りも良いので、涼しい。
青々とした木々の向こう側、東屋の中にはすでにアリスさんの姿がある。
いつもはお弁当を食べながら本を読んでいるのに、今日は違う。
一枚の紙をジッと見ていた。
「なんですの?それ」
クラリッサが声を掛ければ、アリスさんが「ああ」と返す。
「応募要項」
「……応募、要項?」
そのままオウム返しするしかできない。
言葉の意味は分かるが、なんの応募なのか。
「王立図書館の資料室の募集が出てたんだよ」
「……あ」
クラリッサたちは三年生。最終学年だ。
三月には卒業を控えている。
「それを読んでいるということは、応募するつもりですの?」
「あぁ」
「図書館で働きたかったのですか?」
「いや……特には決めてなかったけど」
「それではどうして?」
「図書館で、しかも資料室だろ?」
「ええ、そう書いてありますわね」
アリスさんが応募要項を見せてくれた。
募集人数はたったの一人。でも、アリスさんなら受かるのかしら。主席ですもの。
「静かで人に関わらなくてすみそうだ」
アリスさんらしい決定打に笑ってしまいそうになる。
「夏も涼しそうですわ」
「冬は暖かいだろう?室内だし」
「……ふふ、でもそれは屋内なら大抵そうだと思いますわ」
「まぁ、そうだな」
「でも、アリスさんにぴったりな気がします」
クラリッサがそう言えば、アリスさんの口元が少しだけ持ち上がる。
目元は前髪がもっさりと掛かっているからよく見えないが、鼻から下は隠されていない。
(……綺麗な顔立ちな気がするのです)
けれどアリスさんは、どうにも顔を見せたがらない。
つまりは見てはいけないということだ。クラリッサはなるべくアリスさんの顔を凝視しないように気をつけている。隠れて位置が分かりづらい目と目線を合わせるようにしている。
(本当に目が合っているかは分からないですけれど……)
それでも表情が動けば分かる。
やわらかく微笑まれていると、なんとなくだけど察せられる。
(……卒業したら、アリスさんには会えなくなってしまうのかしら?)
図書館に行ったところで、資料室なら顔を出すことはないだろう。
わがままを言って押しかけることもできない。
(我がままってズルいですわね)
今までの自分の行動の浅はかさを思い返しつつ、何も感じず好き勝手していた頃がちょっと羨ましくなった。
* * *
我儘で突撃体質だった公爵令嬢は、ここ一か月ぐらいの間でだいぶ落ち着きが出てきた。
元々の土台はこんな感じなのかもしれない。
まぁ、たまに我儘を言いたそうにしているが、ぐっと我慢している。
きっとこういうところが、周りに甘やかされる原因になったのかもしれない。
「あと……一週間で試験ですわ」
はぁとため息が聞こえてきた。
まぁそれはそうなるだろう。
見る限り十位は今のところ無理そうだ。
「数学と政治学以外はいけそうな気がするんですけど」
「……どこからくるんだ、その自信」
「え?……だってアリスさんが教えてくださってるんですのよ?」
「……」
相変わらず無邪気だ。
ローズピンクの瞳は、アリステアの前髪を通り抜けて、目線を合わせてくる。
「それにこの間の小テストの結果だって、どちらも八十点台でしたわ」
「そうだな」
「ね、アリスさんのおかげですわ」
アリステアが教えているからではなく、そこからきちんと学んでいるからだと思うのだが、彼女は自分の努力については無頓着だ。
礼法が一位なのも、帝国語が五位なのも今なら納得できる。
公爵令嬢として努力し続けた、その結果なのだ。
決して甘やかされただけではない。
「となると、今は数学と政治学に力を入れるべきだな」
とんとん、とテーブルの上の教科書を示せば、「そうでしたわ!」と慌てた様に広げ始める。
アリステアの進路の話など、どうでもいいだろうに、彼女は自分のことのように考えてくれたというわけだ。
(……十位か)
一週間しかないのだ、正直厳しい。
それでもなんとかならないかと、アリステアは祈るような気持ちになった。




