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王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す  作者: 星見蒼


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27/28

27、公爵令嬢は最後のお昼をとる

季節は春へと進み始める。

フェアリーブロッサムの木が淡いピンクの蕾をつけ、光を受けて淡く光る。


クラリッサは走る。

東屋までの道を走る。


最後の日なのに、先生はお昼の鐘が鳴っても授業を終わらせてくれなかった。

最後だからと有意義な話をして下さったらしいけれど、それでアリスさんと過ごすお昼の時間が減らされるのは納得がいかない。


いつもの木陰の道を通り、角を曲がる。

高い生垣の先に東屋がある。


「アリスさん!」


名前を呼べば、こちらに顔を向けて下さる。

この一年でクラリッサが得たものだ。


王太子妃としての資格でもなく、知識でもなく、アリスさんという存在を得たことが、クラリッサの一番の収穫。


もっさりとした前髪のせいで、目元は全然見えない。

でもそんなことは全然気にならない。


クラリッサは東屋に入る前に、足を止めた。


そうすると不思議そうにアリスさんが首を傾ける。


ダークグリーンのジャケットにスラックス。

アイボリーのシャツと、ジャケットと同じ色のネクタイ。

アリスさんの制服姿もこれで見納めなのだ。

そう気づいて、クラリッサはその姿を見つめた。


「……何?」

「アリスさんの制服姿を見てましたの」

「……は?」


心底理解できないと、そういう声が返ってくる。

その冷たさだってクラリッサはもう慣れっこだ。


「ふふ、アリスさんもどうです?」


クラリッサは、その場でくるりと回って、そして優雅に一礼してみせた。

礼法一位の実力を見せつけた。


アリスさんは相変わらず何も言って下さらなかったけれど、それで充分だった。



* * *



ふわりと回るのは何度か見た。

そこからの一礼は初めてだった。


アリステアに向けられた公爵令嬢の本気の一礼。


制服姿でも、綺麗だった。


「……これでしばらくアリスさんに会えないんですのね」


寂しそうにされて嬉しくないわけがない。

だがアリステアが同じように返すことはできない。


「そうだな」


と、どうでもよさそうな声を出すだけで精いっぱいだ。


「アリスさんはいつから図書館でお仕事されることになるんですの?」

「四月一日から開始だ」


春が近づいても、彼女のお弁当の中身はサンドイッチ固定だ。

不思議に思って聞けば、食べやすくて今更戻るのは面倒だと返された。公爵令嬢らしからぬ態度に、自分の影響だったらどうしようと思った。これ以上、公爵家に睨まれたくない。


「羨ましいですわ」

「……まだ、決まってないのか?」


家庭教師を目指していても、受け入れ先が無ければ意味がない。

公爵家だから簡単だろうと思っていたが、公爵家からの紹介は無し。彼女なりにあちこちに声を掛けているらしいが、相手先から是非にと言われても、公爵家が許可しないそうだ。


「……難しいですわ。お母様の審査が厳しすぎます」


娘を預ける先として安心できる家でなければ無理なのだろう。

彼女の性格を考えれば、母君が慎重になるのは理解できる。


「この間もロクスリー侯爵家からお声が掛かったのですけれど」


(あ~……)


母君の心配が手に取るように分かる。


「年頃の子息がいらっしゃるとかで、ダメになってしまいましたわ」


公爵令嬢はふぅと息を吐いてから、もぐもぐっと凄い勢いで食べたかと思うと。


「でも!!そんなこと言ってたら、どこもダメじゃありませんの?」


むぅと膨れる頬。

ここ数日ずっと見てきた表情だ。

こどもっぽくて。


(……これを可愛いと思うのは、小動物的なあれだ)


自分の中の感情をテキトーな箱に入れるのがだいぶ得意になったと思う。そうしないとこの先ずっとは無理だ。

アリステアが見つけた唯一の逃げ道。


「もうこうなったら!!」


嫌な予感がした。

影がついているはずだから、止められるとは思う。

思うが、確信はない。

いや、母君は元王女だ。そうなれば、公爵令嬢についている影は王家の影のはずだ。その実力を疑う余地はどこにも。


「わたくし、勝手にロクスリー侯爵家に行きますわ!!」


アリステアは考えた。

すごく、すごく考えた。


きっと影なり護衛なりが彼女を止めてくれるはずだ。

だが、もし止められなかったら……


ロクスリー家の嫡男に彼女が会うかもしれない、というわずかな可能性がどうしても消えない。


(ダメだ……絶対にダメだ)


なにがダメなのか。もうアリステアには分からない。

自分が今から提案しようとしていることなのか。

それとも彼女の思考の方なのか。

だが、考えがまとまるよりも早く、口から飛び出してしまった。


「妹が家庭教師を探している」

「……領地の?」

「いや、領地から王都に移ったんだ」


ぱぁっと彼女の表情が花開く。

嬉しそうにされて、『やっぱり、なし』は言いづらい。


(……きっと母君が断ってくださるだろう)


同年代の男がいることがいけないのだから、アリステアがいる以上、間違いなく断られる。


(……大丈夫だ)


喜ぶ彼女に少しの罪悪感を感じつつも、アリステアはそう結論付けた。

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