24、公爵令嬢は嫌われたくない
――公爵家から許可が得られれば
卒業後も会いたいというクラリッサのお願いに、アリスさんはそう言った。
* * *
冬休みが来た。
アリスさんに会えない日が続いている。
「まぁどちらも素敵ね」
お母様がドレスを見てそう言った。
今日は公爵家に仕立て屋が来て、卒業パーティー用のドレスの試作品を持ち込んでいる。
夏休みに依頼していたものだ。
青色のドレスにするか、紫色にするかその時には選べなくて、グラデーションにすることにした。しかし、どちらからどちらへのグラデーションなのかという問題が浮上し、試作品を作ってもらって雰囲気を確認してから決めればいいのではという結論に至ったのだ。
そうして出来上がった試作品が二着、公爵家の応接間で披露された。
レースが繊細に折り重なり、ふわりとした軽やかさ。
グラデーションはどちらも上から下へ。
青から紫色のグラデーションの方は、上品で知的な雰囲気。
紫から青の方は、可愛らしさを残しつつどこか大人っぽさもある。
「素敵だわ!!どっちも素敵ですわ!!」
「お母様、どうしましょう?」
「そうね……貴女はどちらがいいのかしら?」
クラリッサは二着のドレスの前をウロウロとする。
どちらも本当に捨てがたいのだ。
「試着されてみますか?」
「宜しいのですの?」
「ええ、そのつもりでした」
いつもの仕立て屋さんがやさしく微笑んでくださるので、お言葉に甘えることにした。
* * *
「ふふ、楽しみですわ」
「良かったわね」
ドレスの試着を終え、お母様とも相談し、卒業パーティー用のドレスを決めた。
仕立て屋さんはクラリッサとお母様からの最終注文を確認し、帰られた。
「卒業パーティーのパートナーは決まっているのかしら?」
お母様は優雅に紅茶を飲まれている。
クラリッサもそっとカップを持ち上げ、こくんと一口飲んでから。
「はい、お兄様にお願いしますわ」
「……あら?アリステアさんは?」
「アリスさんは注目されるのが嫌いなのです」
アリスさんと踊ってみたい気はするが、これだけは絶対にしてはいけない我がままだとクラリッサは認識している。
クラリッサとダンスをしたら絶対に注目を浴びてしまう。
「……そう、なの?」
「ええ。あ、それでお母様にお願いがあるのですけれど」
「何かしら?」
「アリスさんがサロンの裏口から出入りできるようにしてほしいのです」
「……どういうこと?」
先ほどまではにこやかに話していたお母様の眉間に皺が寄った。
クラリッサは慌てて説明する。
「あの、卒業後もアリスさんと会いたいんです」
「……そう」
「でも、アリスさん、人目を気にしてらして」
「……」
「ですから、表からではなくて、裏口から……」
「なるほど……人に見られないように、ということね」
「はい」
お母様はだいぶ長いこと考え込んでから。
「……アリステアさんは貴女と会って下さるって?」
「……」
お母様は鋭い。
アリスさんがとても後ろ向きであったことはクラリッサとて感じていた。
でも会わないなんて、嫌だったのだ。
「……わたくし、わがままを言いましたの」
「そう」
「でも、アリスさんはわたくしの先生ですの」
「……卒業しても?」
「ええ、卒業しても」
アリスさんには言えなかったことを、お母様に懺悔する。
「わたくし断られるのが嫌で、アリスさんの気持ちを無視しましたわ」
「アリスさんの気持ち?」
「……ええ、わたくしに会いたくない、という」
「そう、感じたの?」
「……分かりません」
「分からない?」
不思議そうにクラリッサを見つめるお母様に抱き着きたくなる。
ずっと、あの日から怖かった。
『アリスさんはクラリッサに会いたくないのでは?』という不安が消えないのだ。
「アリスさんは……わたくしが嫌いなのでしょうか?」
「……」
「でも、それなら断って頂きたいのです」
それ自体がわがままだともう分かっている。
でも、クラリッサはアリスさんに会うことを諦めたくない。
だから、サロンの裏口だって、どこだって、アリスさんがここならと許してくれる場所なら、クラリッサはそこまで会いに行くと決めている。
「サロンの裏口からなら、いいと仰ったの?」
「……最後には、頷いてくださいましたわ」
――公爵家から許可が得られれば
そう仰ったのだから。
頷いた、ということのはず。
「そう」
「……お母様」
祈るようにお母様を見つめる。
ここで許可がもらえなければ、アリスさんに会えなくなってしまう。
クラリッサは膝の上で手をぎゅっと握りしめた。
「貴女の先生は、用心深い方ね」
「え?」
お母様がクラリッサの傍に来て、ふわりと抱きしめてくれた。
「とても誠実な人よ」
脳裏にアリスさんの顔が浮かぶ。
――恋仲と勘違いされるぞ
クラリッサのことを気遣って下さったひと言。
優しくて、誠実な人。
お母様のぬくもりに包まれながら、アリスさんのことを考えて。
そして、ふとクラリッサは思い至る。
「……お母様、恋仲と勘違いされて困るのは……わたくしだけではないのでしょうか?」
クラリッサは必死すぎて、自分のことばかりであったことに今更ながら気づく。
「……貴女、さすがにそれはどうなのかしら?」
さぁっとクラリッサは青ざめた。
そして、言い訳を探した。
(……大丈夫ですわ。アリスさんとこっそり会えば、誰にも恋仲と思われないはずですもの。アリスさんを困らせることはない……はず)
「……クラリッサ」
お母様の視線が痛い。
クラリッサは自分に都合よく解釈するのを諦めた。
「きちんと、もう一度アリスさんと話しますわ」
アリスさんの気持ちを、怖いけれど確認する。
クラリッサはそう誓った。




