第5話 拠点作り
道中、草木をかき分けながらも、嘉人の視線は常に手元のマップと周囲の状況を交互に捉えている。まるで、広大な新設倉庫の検収を行っているような手際だ。
さらに、移動中も邪魔な巨木や岩を【入庫】し続けている。【在庫】リストの数字が着実に増えていくのを確認し、嘉人はわずかな安心感を覚えた。
何しろ『安全な場所に着いたらすべて解決』ではないからだ。
雨風をしのげる小屋を作ったり、外敵が襲ってこないように柵なども作らなければならない。
「……あそこか」
ほどなくして辿り着いたのは、見上げるほどの高低差がある頑丈な岩盤がぐるっと三方を取り囲み、袋小路のような一角だった。
足場は少しゴツゴツしていて傾斜もあるが、ある程度の岩を【入庫】すれば平らにできそうだ。少々薄暗いが、上から野生動物が飛びかかってくることもないだろう。
「うん、野生動物の巣も近くにないな」
嘉人は再びタブレットPCを操作し、新機能である【ナレッジ検索】の入力欄をタップした。
「……さて、Ver.1.02の新機能を実戦投入してみるか」
嘉人は検索窓に、『野外 就寝 安全』と打ち込んでみた。
さっきのバイソンの件では、対象の『正体』というマスターデータを引けた。
次は、その在庫をどう運用すべきかという『工程マニュアル』を引っ張り出せるかどうかのテストだ。
すると画面には、単なる用語解説ではなくすると画面には、一般的なサバイバル知識としての〝シェルターの構造図〟いくつか表示された。
ただ、それらはあくまでも一般的な構造図だ。穴を掘ったり木に吊したりと、今の嘉人が出来る範囲を超えている。
「こういうのはさすがに無理だけど……ふむ。辞書代わりだけじゃなく、マニュアルも無事に引っ張り出せたぞ」
表示された案の一つに目が止まる。
背後の岩盤をそのまま『壁』として利用し、少ない資材で作る小屋だ。
「岩壁を利用するのはいいけど、上から獣が落ちてきたら困るな……」
そもそも、木材や岩といった建物を作るのに必要な材料は山のようにある。倹約する必要はないだろう。
大事なのは安全だ。
「うーん、安全面で考えると、この岩壁をくり抜いて、その中に小屋を作れればいいんだけど……」
しかし、今の嘉人に岩盤をくり抜くような掘削機など持っていない。
「……いや、待てよ?」
そういえば、大瀑布の水を【入庫】したとき、流れるすべての水ではなく、ごく一部の水だけを入庫できた。
(……範囲を指定すれば、一部分だけ【入庫】できるのかもしれない)
嘉人は期待を胸に、目の前の切り立った岩盤にタブレットをかざした。
【入庫】のアイコンをタップし、画面上で対象を選択する。これまでは対象を漠然とタップするだけだったが、画面に指を置いたままスライドさせて、岸壁の一部分を範囲指定した。
「よし。入庫実行!」
ポーン、という軽い電子音。
直後、嘉人の目の前の岩盤が、まるで鋭利な刃物でくり抜かれたかのように、範囲指定した部分だけが綺麗に切り抜かれた。
後に残ったのは、滑らかな断面を持つ、完全な「横穴」だ。代わりに【在庫】には、くり抜いた分の『岩石リソース』が大量に計上されている。
「……ふむ」
本来なら数日がかりの土木工事をコンマ一秒で終わらせた事実に、嘉人は感心する。万物在庫管理とはよく言ったものだ。
「なるほど……平面範囲での指定だと、奥行は二メートルくらいで抉り取るのか」
嘉人は、スパッと切り取られた岩の断面を指先で確認し、その仕様を即座に分析した。
幅三メートル、奥行き二メートル。
これでは横になることはできるものの、それ以外は何もできない。このままでは寝返りを打つのにも苦労するだろう。
「寝たら元の世界に戻れるって保証もないし、ひとまずこの世界で生きていく拠点にしないとな。とすると……」
嘉人は再びタブレットPCをかざして画面をなぞり、空いた穴の「奥」の壁をターゲットに定めた。
二度、そして三度と【入庫】を繰り返し、穴を広げていく。
ポーン、ポーンという軽快な電子音とともに、岩盤はさらに四メートル分ほど消失した。
これで幅三メートル、奥行き六メートル。合計十八平米。
畳数に換算すれば、およそ十一畳弱だ。
「……よし。このサイズなら、日本で住んでいたワンルームのアパートと大差ないな。寝床だけでなく、台所やトイレ、風呂なんかも拵えることができそうだ」
嘉人は、高さ二メートルほどに抉り取った岩穴の入り口から数歩下がった場所に立ち、改めてタブレットを操作した。自分が穴の中にいては、巨大な内装を一括出庫した際に押し潰されてしまう。
【在庫】にある『原木』のストック量を横目で見ながら、【アセンブリ】の画面上で原木データを加工し、まずは床面の設計を開始した。
岩盤に直接板を敷くのではない。短い柱を等間隔に立て、その上に床板を乗せる「上げ床」構造だ。
「岩盤からの湿気と冷気を逃がすには、この床下の通気層がないとねぇ」
物流倉庫のプラットフォームと同じ考え方だ。住居とするなら断熱材も欲しいところだが、あいにくとその材料が思いつかない。
なので、嘉人は手際よく、壁面にも岩肌との隙間を作った「二重壁」にすることとした。せめて空気の層で岩盤から染み出る冷気や湿気を防ごうという考え方だ。
「……あとは、換気だ。これだけ厚い岩盤の中で扉まで擬態させるとなると、空気の供給路を確保しなきゃ死活問題になる」
嘉人はマップ機能で岩盤の厚みを計測した。最短距離でも数メートルはある。普通なら絶望的な掘削作業だが、USCの『範囲指定入庫』なら話は別だ。
居住区の天井の隅から山の斜面へと抜ける最短ルートを計算し、極細の直線を引く。直径十センチにも満たない、だが確実に外気と繋がる数本の換気ダクトを、岩盤を貫通させる形でアセンブリの設計図に書き加えた。
「……そうだ。岩盤の穴をそのまま通気路にしても、雨水とか虫とか入ってくるよな」
嘉人は在庫の岩石データを呼び出し、ジョイント用に石造りのダクトを設計図に配置した。これは今後、耐久性を見て取り替えることになるかもしれない。
続いては防虫網だ。
嘉人は在庫の『巨木』から、強靭な繊維を持つ内皮の部分だけを抽出した。それをミリ単位の細い紐状にスライスし、格子状に編み上げる。
これを石のリングで固定し、換気口のジョイント部分にパチンとはめ込んだ。
「これで換気システムも完成だ」
さらに、将来的には水回りもなんとかしたい。入り口付近には配管スペースを意識した隙間を空け、奥の約七畳分を居住区として区切った。
最後に入り口だ。
ここには、外側からはただの岩壁にしか見えないよう、表面に薄く削り出した岩を貼り付けてカモフラージュしておく。
「よし、設計完了。この構成案を『居住ユニット』としてアセンブリ完了!」
画面上の計算機が走り、材料となる原木と岩石の在庫数が差し引かれ、代わりにリストへ新たな『ユニット』が計上された。
「そして指定ロケーションへ、一括出庫!」
重厚な振動が足元に伝わり、空っぽだった岩穴の内側にピタリと適合した「木造の箱」がはまり込んだ。
嘉人は外側から、岩壁に擬態した扉を開け、玄関となる土間に足を踏み入れた。
奥へ進み、内側から扉を閉めれば深い闇が広がっている。
だが、息苦しさはない。
岸壁を刳り抜いた洞穴に木材で小屋を作った以上、換気のことも当然考えている。
設計段階で、部屋の奥の壁から石で作った煙突を伸ばし、数本の細い「換気孔」を貫通させてあるのだ。
「空気の循環が止まれば棺桶と変わらないからな。とはいえ……」
嘉人は小屋の中を見渡した。換気口のおかげで全くの暗闇ではないが、過ごすに十分な明かりが確保できているとは到底言えない。
「次は明かりの確保……いや、その前に食料の確保が先か……? 空気層での断熱はしてるけど、日が暮れてから、どれだけ冷え込むかも分からないし……火を熾すか?」
同時多発的にやらなければならないことが増え、嘉人は頭を悩ませた。




