第4話 現状確認とマイナーアップデート
喉の渇きが癒えると、それまで作業に没頭することで無理やり蓋をしていた「現実」が、静かに、だが重く、嘉人へのしかかって来た。
「……そもそも、なんで俺はこんなとこにいるんだ……?」
嘉人は芝生の上に座り込み、改めて自分の手を見た。
最後に覚えているのは、自分のアパートだ。仕事を終えて帰宅し、いつも通り眠りについたはずだった。そして、次に目を開けた時には、もうこの森にいた。
(アパートの天井の代わりに、見たこともない巨木がそびえ立っている……。夢にしては、この水の味はリアルすぎるけど……)
独りごち、嘉人は拾ったタブレットPCをマジマジと眺めた。
(物としては、仕事でも使っていたタブレットPCと同じなんだよな。けど、中に入ってたアプリが魔法みたいだ)
Universal Stock Controller:Ver. 1.01。
訳せば万物在庫管理装置。
略してUSC。
木も水も、大きな岩さえ〝データ〟として【入庫】し、【在庫】としてリスト管理できる。いつでも好きな場所へ【出庫】できるし、おまけに入庫したデータを【マスター登録】すれば、より詳細に調べることができる。挙げ句、【アセンブリ】で自在に作り替えることも可能だ。
もちろん、作り替えた在庫は、データ上の形をそのまま現物として出現させられる。
「こんな訳の分からない場所じゃあ、コイツが俺の命綱だなぁ」
もし、着の身着のまま、なんの特殊能力もなく異世界に放り出されたのだとしたら、とてもじゃないが一日とて生きながらえることはできなかっただろう。
「しっかし……Ver. 1.01だって? 今後、バージョンが上がるのか、これ?」
嘉人がその数字を指先でなぞった、その時だった。
画面が突如として暗転し、中央にプログレスバーが出現する。
【システム・メッセージ】
・基本操作シーケンス(入庫・出庫・マスター登録等)の完了を確認。
・システム習熟度が規定値に到達。
・これより、USC Ver. 1.02へのアップデートを開始します。
「いきなりアップデートが始まった!?」」
嘉人の困惑をよそに、バーは一瞬で一〇〇%まで跳ね上がった。
軽快な電子音と共に再起動した画面は、先ほどまでよりもメニュー構成が整理され、洗練されたインターフェースへと進化していた。
【Ver. 1.02 追加機能】
【ナレッジ検索】:所持している在庫、および周囲の素材を活用するための技術・工程情報を検索可能です。
【エリア・マッピング】:現在地を中心とした半径一キロ圏内の地形図を表示します。
「検索機能に……地図、だって!?」
検索機能ももちろん興味深いが、地図があれば周囲の状況が把握できる。もしかすると、街や村──いや、小屋でもいい。「人が居る」という確信が得られるかもしれない。
「どれどれ……」
嘉人は早速、【エリア・マッピング】を開いた。直後、画面には自分を中心とした高低差のある三次元地図が展開される。
三次元地図は、嘉人の指の動きに合わせて滑らかに回転する。拡大と縮小もできるみたいだ。
「うーん……半径一キロだっけ? 人家らしきものはなさそうだな……」
自分が立っているのは、断崖絶壁の中腹に突き出した棚田のような平地だった。
背後には巨大な滝が白銀の帯となって垂直に落ち、前方には見渡す限りの広大な森林が、緑の海のように広がっている。
だが、嘉人が一番に期待していた「人工的な構造物」の反応はどこにもなかった。
「……厳しいな」
期待が外れた落胆を、嘉人は「まあ、仕方が無い」と即座に切り捨てた。現場で予期せぬトラブルが起きた時、いつまでも溜息をついていても状況は好転しない。
嘉人は視点を変え、地図上に表示されているいくつかの「アイコン」に注目した。
それは、森林のあちこちでゆっくりと動いている小さな赤い点だった。中には赤い点が複数で固まっている箇所もある。
「この動く点は……もしかして」
嘉人は【ナレッジ検索】を起動し、その赤い点の一つを指定した。
【動体検知:フォレスト・バイソン】
分類:草食・大型哺乳類
特性:厚い外皮と強固な角。群れで行動する習性あり。
ステータス:通常(非警戒)
「……バイソン!? そんなものがいるのか……」
検索結果によれば、このバイソンは草食らしい。こちらから手を出さなければ、滅多なことで襲ってこないだろう。
「……こいつ、肉にはなるのか。けど、今の俺じゃあ入荷作業中に返り討ちに遭いそうだ。こいつを入庫するのは、もっと設備を整えてからじゃないと無理だな」
それにしても、この検索機能は便利すぎる。
一般的に『ナレッジ』とは、単なる知識や情報のことではない。経験や事例を体系化し、特定の目的のために役立つ形に整理された〝知恵〟のことを指す。
物流の現場においても、荷物の扱い方やトラブルへの対処法をマニュアル化し、誰もが同じ品質で作業を再現できるようにしたものを「ナレッジの共有」と呼んで重宝していた。
「……なるほどな。こいつは単なる百科事典じゃない。『目の前のヤバイ物体をどう扱うべきか』の正解を教えてくれる、異世界版の攻略マニュアルにもなるな」
目の前の未知なる存在を、嘉人が最も理解しやすい〝管理データ〟へと翻訳し、どう扱うべきかのソリューションを提案してくれる。
それがこの機能の本質だ。
知らない土地の巨大倉庫に放り出されても、手元に完璧なマニュアルさえあれば、どこに何を配置し、どう動かすべきかの「最適解」が導き出せる。 この弱肉強食の現場において、情報の有無はそのまま生存率の差に直結するはずだ。
「よし、この『知恵』を頼りに、まずは安全な場所を探そう」
ただ、こちらとしては最終手段としてバイソンを狩る必要性が出てくるかもしれない。
飲み水は確保できたが、食べ物がないのだ。
「他に動いてるのは……なるほどね」
俊敏そうな小型の獣や、木々を移動する飛行生物の影がマップを賑わせている。地図と検索機能が合わさったことで、この場所が単なる静かな大自然ではなく、野生生物がひしめく弱肉強食の現場であることが浮き彫りになった。
「日が暮れれば、こいつらの行動パターンも変わるかもしれないな。人里が見つからないなら、まずは安全な場所を……自力で作るしかないのか」
そのためにも場所が重要だ。特に、野生動物が多く生息しているなら尚更だろう。
「水場の近くは便利だけど、動物との鉢合わせは御免だな。『入庫ルート』と『客の動線』が被る現場なんて、トラブルの元でしかない。欲しいのは、水場に近いけれど、余計な部外者が迷い込んでこないバックヤードなんだよなぁ……」
嘉人はマップをスワイプし、周囲の起伏を慎重に確認する。
滝の轟音は敵の接近をかき消してしまう。それに、ナレッジ検索によれば、さっきのバイソンのような大型獣が喉を潤しに来る可能性も高い。
「……おっ、ここなんてよさそうだぞ」
現在地から南東へ五百メートルほど進んだところに、少し小高くなっていて三方が岩に囲まれた平地がある。また、現状では赤い点もなく、野生動物の巣になっているわけでもなさそうだ。
「よし、行ってみよう!」
嘉人は目的地にピンを立て、慎重に歩き出した。




