第3話 マスター登録とアセンブリ
偶然拾ったタブレットPCにインストールされていたUniversal Stock Controllerは、その名の通り、万物を在庫として収納したり取り出したりできる魔法のアプリだった。
これを使えば、どんな大きな物でも重い物でも自由に持ち運びができる。
しかも、USCにはまだ使っていない二つの機能が残っているようだ。
「マスター登録……つまりは検収ってことか」
独りごち、嘉人はマスター登録のアイコンをタップすると、タブレットPCの画面は再びカメラモードになった。
「ええと、それじゃあ……」
しばし迷い、嘉人は眼下に広がる大瀑布にタブレットを向けて、滝──より正確に言えば、滝の水を画面内に収めてタップした。
瞬時に、画面上の水面にグリッド線が走り、情報の濁流がディスプレイを埋め尽くした。
【マスター登録:大瀑布の原水】
物理特性:液体(常温:約一五度)
化学構成:水、不溶性固形物(砂礫)、有機懸濁物
生物反応:微生物種を複数を検知
安全ステータス:ランクD
ステム判定:非可食物(要:濾過処理)。現状態での摂取は個体生命維持にリスクあり。
「……なるほど、見た目は綺麗でも、チェックしてみると『不良品』ってことがわかるわけだ。物流システムにしては鑑定能力が高すぎる気もするが……安全管理用の製品データベースでも流用してるのか?」
嘉人は、かつて納品された荷物に破損を見つけた時のように、苦々しく、しかしどこか納得したように呟いた。
この滝の水は、現状では〝在庫〟としてカウントはできても、〝食料〟というカテゴリーには分類できない欠陥品なのだ。
「とはいえ、水は水だもんな。ひとまず確保しておこう」
嘉人はメニューを【入庫】に切り替え、範囲指定で滝の一部を囲い込んだ。
実行ボタンをタップした瞬間、轟音を立てていた水の一部が切り取られ、空間ごと光の粒子となって消える。
嘉人はすぐさまメニューの【在庫】を開き、入庫状況をチェックした。
【在庫リスト】
・大瀑布の原水:一万リットル(ステータス:未精製)
「なるほど。カメラに映る範囲のものは、こうやって入庫できるってことか……」
わざわざ近くまで取りに行かなくても【入庫】できるのは有り難い。労力をだいぶ削減できるし、効率もいい。
「そして最後の【アセンブリ】ってのは、俺が知ってる範囲だと〝組み立て〟って意味なんだが……」
確信を持てないながらも、嘉人はメニューの四番目――【アセンブリ】のアイコンを叩いた。
製造や物流の現場において、アセンブリとは単に部品を結合させることだけを指すのではない。複数の素材を組み合わせ、加工し、一つの「製品」へと仕上げる工程そのものを意味する。
かつての職場でも、バラバラに届いた部品をセット梱包したり、販促用の什器を組み立てたりする作業をそう呼んでいた。
(……このアプリでの【アセンブリ】が、俺の知ってる『組み立て作業』と同じなら……)
画面は無機質なリスト表示から、精密なグリッド線が走る3D空間へと切り替わった。
「これは……CADっぽいな。本格的な設計用じゃなく、倉庫のレイアウトや梱包資材を設計する時に使ってた、簡易操作版に近い」
CAD。すなわち、コンピューターを使って設計図面を引くシステムだ。
この手のインターフェースには馴染みがある。倉庫内の効率的な棚配置をシミュレーションしたり、特殊な形状の荷物を運ぶための梱包資材を設計したりする際に、嫌というほど触れてきた道具だったからだ。
「じゃ、早速……んん?」
アセンブリを試そうとしたが、画面下部のリソース欄が赤く点滅している。【在庫】を照会してみれば、あるのは水だけだ。
「……そうか。器を作るなら、構造体となる『個体リソース』も不可欠だ」
そういうことなら──と、嘉人は周囲に山ほどある巨木の一本を【入庫】した。
「さて……」
嘉人は改めて、アセンブリの画面に向き合った。
在庫リストに並んだのは【大瀑布の原水】と、先ほど入庫した【巨木の原木】。
ひとまずこれで、嘉人が思い描くものが作れるはずだ。
「原木を加工して『器』を作り、そこに水を満たす……いや、ただの器じゃ面白くないな」
嘉人の指先が、CADの画面上で軽快に踊り始める。
まずは巨木のモデルを呼び出し、必要な分量だけを切り出した。画面上の原木が、みるみるうちに節のない美しい板材へと姿を変えていく。
「構造は……スタック可能な円筒形。持ち手は、握りやすさを考慮したエルゴノミクス形状に設定。そして……」
嘉人は鼻歌交じりにCADを操っていた。ここが異世界で、なんで自分がこんな場所にいるのかわからずに不安を抱えていたことなど、その様子からは微塵も感じ取れない。
少なくとも今、嘉人はUSCのアセンブリを心底楽しんでいた。
「木の繊維を極限まで圧縮して、天然のフィルタとしてリビルド……いや、待てよ?」
嘉人はCADの操作画面で、さらに深い階層のパラメータを開いた。
もし、このアプリが物質をデータとして管理しているなら、物理的な濾過を行う必要さえないはずだ。
「アセンブリで組み合わせる前に、まず『原料』を整えるのが先か。確か【在庫】リストの長押しメニューに……あった、これだ。構成編集」
嘉人は一度メニューを戻り、在庫の『大瀑布の原水』を選択した。
「不純物データの消去プロトコルを実行……微生物および雑菌のコードをパージ。よし、これで『精製水』のデータに書き換わったはずだ。現場の検収記録を直接いじってるみたいで罪悪感があるな……」
嘉人の思惑通り、画面上では汚れた水のデータから、微生物や砂礫のコードが「除外対象」として弾かれていく。
最後に、カップの中に【大瀑布の原水】を配置して、システム内での「品質改善プロセス」を完了。一つのレシピとして統合した。
物流管理で培った「最適解を導き出す思考」が、魔法のアプリと同期していく。なんだか奇妙な全能感さえ感じていた。
このアセンブリの中でなら、嘉人はまさに創造神のようなものだ。
「よし。組み立て開始!」
実行ボタンをタップすると、画面内では嘉人のイメージ通りに〝水が並々と入ったマグカップ〟が完成した。
その完成データを【在庫】に移せば、準備完了だ。
「最後、指定ロケーションへ……【出庫】!」
嘉人はタブレットの画面上で、平坦な地面をタップして配置を確定させた。
シュン、という短い電子音が静寂を切り裂いた。直後、カメラを向いていた地面に、並々と水が注がれた木製マグカップが出現した。
「できた……というか、実体化してる……」
単に既存の岩や木、水を出し入れするだけでなく、加工したものまで実在化させることができるとは。
「アセンブリ上で濾過はしてるけど……」
本当に大瀑布の水が濾過され、飲料水になっているのか半信半疑の嘉人は、水の入ったマグカップを〝マスター登録してみた。
【マスター登録:木製マグカップ】
構成物:圧縮木質繊維、精製水
品質ステータス:【良品:ランクA】
判定:飲用可。有害な微生物および砂礫は完全に除去されています。
特記事項:容器の構造により、今後三時間は水質の鮮度が維持されます。
「水の品質も込みでランクAなってるじゃないか」
ちゃんと検収もしたのだ。これで飲んで、万が一にも腹を下すことになったら、それはそれで仕方がない。
ここはUSCの性能を信じようと覚悟を決めて、嘉人は意を決して木製のマグカップを口元へ運んだ。
「んっ!」
唇に触れる縁の丸み。自画自賛したくなるほど手にしっくりと馴染む。
そして胃へ流し込んだ水は、驚くほど無味無臭で、それでいて細胞の隅々にまで染み渡るような清涼感に満ちていた。
「っぱぁ~っ! めっちゃ美味い……!」
もしかすると、この後にお腹が痛くなる可能性もなくはないが、その時はその時だと腹をくくった。
「ともあれ、このタブレットPCがあれば、なんとかこの場所でも生きて行けそうだな」
空になったマグカップを傍らに置き、嘉人は「ふぅ」と、深い溜息をついた。




