第2話 ユニバーサル・ストック・コントローラー
「嘘だろー……俺なんて、ケンカが強いわけでも特殊な専門知識も持ってるわけじゃないのに、異世界でサバイバルしなきゃいけないのかよ!?」
あまりの絶望感に嘉人が頭を抱えた──その時だ。
ドササッ、と何かが高い所から落ちてきたような音が聞こえた。
「へぇゃあっ!?」
口から変な声が出てしまった。てっきり、野生の獣でも現れたかと思ったのだ。
実際は、獣の姿などどこにもなかった。
ただ、草むらの上に銀色に輝く板のようなものが落ちている。
「うん……?」
嘉人は、その銀色に輝く板を拾い上げた。
「え、これ……?」
それは、ただの板ではなかった。仕事でも使っているタブレットPCだ。
嘉人は天を仰ぎ見る。どこまでの続く、抜けるような青空が広がっていた。
音が聞こえたから見つけられたので、木の枝にでも引っかかっていたのかと思ったのだが、そういうことでもないらしい。
「降ってきた……? いや、そもそもなんでこんなものがここに……?」
自分と一緒にこの世界に飛ばされてきたのだろうか。
疑問は尽きないが、このタブレットの使い方なら熟知している。
試しに画面をタップしてみると、淡い光を放った。電源は入るらしい。
「んん?」
だが、タブレットを立ち上げてみれば見知ったアプリは一つもなく、代わりに見覚えのないアイコンが一つだけあった。見えているアイコンの名前は〝USC〟とある。
嘉人はそのアイコンをタップしてみた。
瞬時に画面が切り替わり、黒を基調としたインターフェースが立ち上がった。画面の上部には、このアプリの正式名称らしきタイトルが流れている。
『Universal Stock Controller:Ver. 1.01起動中』
「ユニバーサル・ストック・コントローラー……直訳すれば、万物在庫管理装置? どういうことだ?」
一瞬の暗転の後、画面に表示されたのは、無駄な装飾を排したダークモードのインターフェースだ。
「すっげぇ見知ったことが書いてあるぞ……?」
画面左側には、周囲数メートル程度が写る簡易レーダー。
中央には、現在保持しているリソースを一目で把握できる円グラフと、空の状態の在庫リスト。
そして画面右端のサイドメニューには、彼にとっての聖域とも言えるコマンド群が、整然としたアイコンと共に並んでいた。
【入庫】
【出庫】
【在庫】
【マスター登録】
【アセンブリ】
他はどうなのか知らないけれど、使われている用語やメニューの並び順は、紛れもなく嘉人が務めていた物流会社のシステムと同じだった。
本来は事務処理用の言葉もコマンドとして並んでいるのは、どういうことだろう。
「……無茶苦茶レスポンスがいいな」
試しにメニューをスワイプすれば、指の動きに吸い付くように画面が追従する。かつて現場で使っていた、時々フリーズする安っぽい端末とは比べものにならない。思考の速度にシステムが追いついて来ているように滑らかに動く。
効率を重視する嘉人にとって、それは何物にも代えがたい快感だった。
「でも、なんだってこんな森の中に在庫管理のアプリ入りタブレットが落ちてたんだ?」
下手に触っていいものか悩んでいると、画面上に半透明のポップアップ・ウィンドウが滑り込んできた。
『──初回ログインを確認。ナビゲーションを開始します。入庫品をカメラのフレーム内に収めてください』
「へ……?」
親切というよりは事務的なアナウンスだ。
画面はカメラモードに切り替わっている。嘉人はしばし逡巡した後、アナウンス通りに、目に付いた大岩をカメラで捉えてタップした。
『──対象【岩石】でよろしいですね? 入庫しますか?』
「……入庫、実行」
画面上の「YES」をタップする。
シュンッ、という小気味よい電子音。
次の瞬間、レンズの先にあったはずの大岩が、まるで最初から存在しなかったかのように光の粒子となって消え去った。
「えっ?」
嘉人は思わず、大岩があった地面を二度見した。影も形もない。
すると、タブレットの画面が自動で切り替わり、今度は『在庫リスト』のページが強調表示されていた。
『──入庫完了。在庫コード:00001として登録されました』
入庫完了の文字を見た嘉人は、流れるような操作で【在庫】画面を呼び出した。
そこには『00001:岩石』という項目が計上され、重量や体積が正確な数値でデータ化されていた。
……本物の管理システムだ──と、嘉人は確信した
『──補足:入庫された物質はデータとして管理。取り出す際は【出庫】を選択してください』
「出庫、だって?」
確かに、現実の大岩は入庫したことによって消失した。
そしてUSCの【出庫】を開けば、そこに『在庫コード:00001』があった。
その項目をタップする。
『──出庫を開始します。配置場所を指定してください』
再び背面カメラが起動した。
画面越しに見る地面の上には、先ほど入庫した大岩が半透明のホログラムのように表示されている。どうやら、実際に取り出す前に「どこに、どの向きで置くか」をプレビューできるらしい。
「現場の積み込み作業も、これくらい楽だったらなぁ……」
嘉人はタブレットを動かし、さっきまで大岩があった場所から一メートルほど右側に大岩のホログラムを動かしてみた。
指先でスワイプすれば、大岩の角度も自由に動かせるらしい。
理想の配置を決め、決定ボタンをタップする。
一瞬、空気が弾けるような音がした。
光の粒子が収束したかと思うと、そこには間違いなく、先ほど消えたはずの大岩が実体化して鎮座していた。
「……マジかよ……」
嘉人はおそるおそる近寄り、石に触れてみる。
指先に伝わるのは、ゴツゴツとした岩肌の感触と、ずっしりとした確かな質量。
「…………本物だ」
積んで、運んで、出す。
物流の基本工程が、目の前のタブレット一台で完結してしまった。
「つまりこのタブレット──というよりUSCは、この世界のあらゆる〝モノ〟を自在に出し入れできるってことか!」
嘉人は立ち上がり、改めて目の前の大瀑布を、そして背後に広がる広大な原生林を見渡した。
喉はカラカラだし、足は棒のようだ。相変わらず状況は最悪だが、彼の手には『USC』がある。
「ここにあるものは全部『在庫』だ。なら、なんとかなるかもしれないぞ」




