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異世界QOL爆上げ生活 〜【万物在庫管理システム】を授かったので、不便なサバイバルを最適化する〜  作者: にのまえあゆむ


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第32話 黒曜鉱山での大仕事

 王都の門を出て、黒曜鉱山へ向かう道を真っ直ぐ進んでいると、森の方から近づいてくる影があった。

 やって来たのは、森で狩りをしていたらしい二匹のシルヴァン・フェリスだ。


「──む、やはり嘉人か! この鼻を突く悪臭の中でも、お主の独特な匂いは誤魔化せんな!」


 豪快な笑い声と共に着地したのは、灰色の毛並みを揺らす巨大な猫、ハルヴァだった。

 その後ろから、白色の毛並みを持つシルヴィが、どこか呆れたような、それでいて油断のない足取りで姿を現した。


「王都での用事はもう済んだのかしら?」

「ああ。今は別の現場に向かっているところだ。おまえたち、よくここがわかったな」

「お主の匂いは独特だからな! それより、どこへ向かおうというのだ? 面白そうなことなら、儂も連れて行け!」


 ハルヴァは尾を弾ませ、興奮を隠せない様子で北の山並みを見据えた。彼にとって、この魔力の奔流は血を沸かせる刺激でしかないらしい。

 一方で、シルヴィは目を細め、上流から流れてくる空気の質を慎重に吟味していた。


「ハルヴァ、はしゃぐのはそれくらいにしなさい。嘉人、もしかしてあなた、龍脈が漏れ出している場所へ行くつもりなの?」

「ああ。俺の生活の質を上げるのに使えそうだから、採取してくるつもりだ。ついでに、蓋もしておこうかと思ってね」


 嘉人の言葉に、シルヴィは銀色の瞳を細めて深いため息をついた。


「呆れた。おまえは龍脈まで利用しようっていうのね」

「利用できるかどうかは、この目で確認するまでわからないな。それはそうと、現場まで運んでもらいたいんだが……さすがに龍脈近くまで行くと、おまえたちでも厳しいか?」

「そうね……さすがに噴出している所に行くのは難しいけれど……なんだったかしら? 黒曜鉱山? そこの入口くらいまでなら問題ないと思うわよ」


 シルヴィが鼻を動かし、風に含まれる魔力濃度を推測するように答える。


「おお、そいつは有り難い。さすがに人の足じゃ時間が掛かるから、近くまで運んでもらえるなら御の字だ。行けるところまででいい、よろしく頼むよ」

「仕方ないわね。そら、ハルヴァ。ヨシトを乗せてやりなさい」

「おお、いいぞ! 話はまとまったようだな」


 ハルヴァがしなやかな体躯を低く沈めた。嘉人は慣れた手つきでUSCを操作し、ハルヴァの背の形状に合わせて最適化されたライディング・ユニットを取り出した。


「ハルヴァだけだと無鉄砲に突っ込んでいきそうだから、私が先導するわ。ハルヴァ、私の後を着いてくるのよ」

「おお、了解したぞ!」


 シルヴィが先陣を切り、音もなく街道を駆け出した。ハルヴァもそれに続き、嘉人を乗せた状態で軽快に大地を蹴る。

 徒歩なら数時間はかかるであろう距離が、シルヴァン・フェリスの脚力によって急速に縮まっていく。


 街道を進むにつれ、周囲の景観は目に見えて変貌していった。


 木々はあふれ出した龍脈を吸い上げすぎて異常な成長を遂げているようだ。本来なら数十年かけて育つはずの幹が、見ている端から驚異的な速度で成長しているのが観測できた。


「過剰にエネルギーを注入されてるみたいだな」


 嘉人は、不自然に膨張した枝が自重に耐えかねて折れ、道を塞いでいる様子をそんな風に評した。

 あながち間違いではないのかもしれない。

 大地を巡るエネルギーも、適切な流量を超えれば牙を向くということだ。


「ハルヴァ、止まりなさい」


 先頭を走っていたシルヴィが、不意に足を止めた。


「これ以上先は、さすがの私たちでも厳しいわ。運ぶのはここまでね」

「うむ……儂も少々、この魔力の匂いが耐えられなくなってきたぞ」


 シルヴィはともかく、いつも豪快なハルヴァがしおしおとした態度になっている。どうやら龍脈の恩恵が高い不踏の大森林に住まう支配種でも、耐えきれないほどの魔力濃度になっているようだ。


 それでも嘉人がなんともないのは、彼に魔力がないからだろう。


「わかった。それならここまでで十分だ。無理をさせたな、ありがとう」


 嘉人はハルヴァの背から下りると、手早くライディング・ユニットを解除してUSCに回収した。

 前を向けば、心なしか靄がかかっているかのように視界が悪い。もしかすると、溢れた龍脈が可視化できるほどの魔力となっているのかもしれない。


 もし、嘉人がこの世界で生まれ育った人間ならば、この濃密な魔力で具合を悪くしていただろう。下手をすれば、凶暴化している野生生物のように暴走するか、魔力の過剰摂取で命を落としていたかもしれない。

 しかし、嘉人には魔力もなければ魔力を扱う魔力回路なるものも存在しない。視界が悪いだけの濃霧の中にいるようなものだ。


 嘉人はタブレットPCの【エリア・マッピング】を立ち上げ、周囲の地形を確認した。この状況なら、目で見るよりも【エリア・マッピング】の地図を見た方が安心して歩けそうだ。


「じゃあ、ちょっと行ってくる。おまえたちは、キツいようならこの場から離れていろよ」


 嘉人はそう言い残すと、ローブを翻し、黒曜鉱山に向かって歩き出した。

 歩を進めること数分──いや、十分くらいだろうか。

 ほどなくして黒曜鉱山の入口が見えてきた。


「ここか……」


 騎士団や探求者が事態の収束を目的に来ていたはずだが、聖法具とやらの魔器が壊れたことで撤退したらしく、周囲に人の姿はない。野生生物の気配すらなかった。


 文字通り、人っ子一人いない死の大地だ。


 そんな中、嘉人は平然とその場にたたずみ、タブレットPCを操作して目的地までのルートを探っていた。


「場所は確か……第十四採掘層だったな」


 嘉人はタブレットの画面をスワイプし、表示されている地下構造を三次元的表示に変更する。その上で、魔力濃度や有害物質の頒布状況のレイヤーを重ねてみた。


「……見つけた、ここだな?」


 最深部の最奥に、ひときわ魔力濃度の濃い場所があった。そこが目的地で間違いない。

 だが、そこまでのルートが無茶苦茶だ。

 これは嘉人の想像だが、ここに来るまでの道中で見た植物の異常成長のようなことが、鉱山内部でも起きているのかもしれない。それも、想像を絶する勢いで。


「こりゃ鉱山というより、ちょっとしたダンジョンと思った方がいいかもな……」


 動物よりも成長の遅い植物を一気に活性化させる魔力だ。さすがに野生生物がこの魔力を浴びて無事で済むとは思えない。

 なので、鉱山内部にバケモノはいないだろう。事実、【エリア・マッピング】には生物反応らしき、動くものはない。

 だが、見ている間に刻一刻とルートが変わっている。仮にコンベアや昇降機みたいなものがあったとしても、これでは使えない。


「そもそも、過剰な魔力で壊れているか……」


 王国の騎士団が持つと言われる聖法具さえ、近づく前に壊れたのだ。鉱山で使われる魔器なら、コンベアだろうが昇降機だろうが、すでに使い物にならなくなっていて当然だ。


「ま、道が塞がっていたら、その都度、片付ければいいか」


 そう判断し、嘉人は坑道へと足を踏み入れた。

 タブレットPCのライトで道を照らしながら、慎重に歩を進めていく。

 だが、ゆっくりもしていられない。


 進む度に床や壁がグニャグニャと変化し、それはまるで巨人の食道へ入り込んだような錯覚さえ覚える。本来、数十万年という気の遠くなるような歳月をかけて結晶化するはずの鉱物が、溢れ出した龍脈の奔流を受け、分単位の速度で形を変えていた。


 壁面からは鋭い水晶の針が産声のような軋みと共に突き出し、足元の岩盤は熱を持った泥のように隆起しては沈み込む。

 無機物であるはずの石が、まるで生き物のように蠢くその光景は、この世界の物理法則が根底から上書きされている証左だった。


「これは……のんびりしてられないぞ」


 嘉人は道を塞ぐ岩石を片っ端から【入庫】していった。目の前で不気味にせり出していた巨大な鉱石の塊が消失する。


 あとはもう、この繰り返しだ。


 進むべきルートの邪魔になるものは片っ端から【入庫】していく。いったい何が【在庫】になったのか、その確認は後回しだ。

 そんな機械的な作業を延々と繰り返し、時折【エリア・マッピング】で進行方向を確認しながら進んでいくと、外の光が届かない地の底なのに周囲が明るくなってきた。


「……これか」


 たどり着いた第十四採掘層の空間は、想像を絶する光景に変貌していた。

 坑道の奥から溢れ出した〝光る液体〟が床一面を覆い尽くし、巨大な発光する湖を形成していたのだ。

 壁を蠢く水晶──いや、導魔石かもしれない。その群生が光を反射し、採掘場は昼間のような、しかしどこか毒々しい青白い輝きに満たされている。


 嘉人はその不気味で神秘的な光景に心が動かされる代わりに、手元のタブレットで〝光る液体〟を【入庫】してみた。


 その直後。


 画面が突如として暗転し、中央にプログレスバーが出現した。


【システム・メッセージ】

・魔力の【入庫】を確認。

・システム習熟度が規定値に到達。

・これより、USC Ver. 1.10へのアップデートを開始します。


「えっ!?」


 これにはさすがの嘉人も焦りを隠せなかった。

 今のこの状況で、いきなりアップデートが始まるのは勘弁してほしいが、そこまで心配することではないことも知っている。前回のVer. 1.01からVer. 1.02へのアップデートは一瞬で終わったからだ。


 案の定、USCのアップデートはものの一分も掛からずに終了した。


 再起動した画面は、以前のシンプルだったユーザーインターフェースから一変し、より高度な管理を予感させる洗練されたデザインへと更新されていた。


「……随分と見た目を変えてきたな」


 嘉人は表示されたアップデート・ログを指先で弾き、新旧の機能がどう整理されたのかを実務的に確認していく。


 まず、最も多用していた【入庫】と【出庫】はなくなり、新たに【ワークフロー・マネージャー】という名称に統合されていた。この中に、これまで通り、目の前の荷をデータ化する機能と、新たに実装された〝リモート・ドロップ〟、すなわち十キロ圏内の任意座標への直接出庫機能が加わっている。


 次に、所持品リストだった【在庫】と、解析用の【マスター登録】、さらにマニュアル照会用の【ナレッジ検索】の三つは、【アセット・レジストリ】という統合資産管理画面へと一本化された。これにより、在庫を確認しながらその場で詳細な成分データや性質を同時に参照できるようになったようだ。


 そして、設計や加工を担っていた【アセンブリ】は、構造解析シミュレーターを内蔵した【エンジニアリング・エディタ】へと昇華されていた。


「マニュアルを読んでる暇はないが、名称変更くらいは覚えておかないと誤操作の元だな」


 嘉人は新しくなった【アセット・レジストリ】のアイコンを叩き、先ほど入庫したばかりの在庫リスト最上段にある項目を開いた。


「……ん? これって……」


 詳細解析データを見た嘉人は、思わず眉を寄せた。

 画面には、透過解析された流体の3Dモデルと共に、以下のような解析結果が並んでいた。


【アセット・レジストリ:資産詳細データ】

■登録名称:

 未分類の高輝度流体(暫定:龍脈水)

■主要成分:

・地下水:八十二.四パーセント

・高純度液状魔力:十六.二パーセント

・微細鉱物粒子(黒曜石粉末等):一.四パーセント

■ステータス:

・圧力:十二.五メガパスカル(異常高圧)

・温度:四十二.三度

・エネルギー密度:極めて高い(既存の燃料比 二千八百パーセント)

■ナレッジ照合結果:

 本物質は純粋な〝龍脈〟そのものではなく、龍脈の噴出圧によって過加熱・高圧化した地下水に、漏れ出した魔力が飽和状態で溶解したものです。


 詳細解析データを見た嘉人は、思わず眉を寄せた。

【アセット・レジストリ】に表示されたステータスの圧力は、入庫した流体の温度と、マッピング機能が捉えた噴出速度からシステムが弾き出した、供給源の推定圧力のようだ。


「……十二.五メガパスカル。入庫したサンプルの温度から逆算してこれか。噴出孔の直上は、もっとエグいことになってるな。それに──」


 現場に来る前、嘉人は立地条件や起きている事象から龍脈絡みだと予測していたが、当たっていたのは半分だった。実態は、物流や土木現場で最も厄介とされる高圧噴出水そのものだったからだ。


「やっぱり、机上の空論は事実〝空論〟だったわけか。成分の八割以上が、ただの水だ」


 それは純粋なエネルギー体そのものではなく、龍脈の奔流に晒され、限界まで魔力を溶かし込んだ地下水でしかない。

 魔力によって異常な高圧・高温状態となった地下水脈のバースト現象だ。

 嘉人は顔を上げ、青白く光る湖の奥、轟音と共に液体が噴き出し続けている「噴出孔」を睨みつけた。


 原因が『水』であるならば、物流マンとしての対処法は一つだ。

 溢れた荷を回収し、不具合の元となっている〝バルブ〟を物理的に塞ぐ。

 嘉人は、新OSで実装された自動化機能【マクロ・シーケンス】のアイコンを叩いた。


 奥の噴出孔からは、今も凄まじい勢いで「龍脈水」が供給され続けている。普通に【入庫】しただけでは、汲み出す端から水位が戻ってしまうだろう。


 だが、マクロで指定物の入庫をオートメーション化したらどうだろう。


「マクロ名称は……『龍脈水・一括検収』でいいか。実行──っと」


 嘉人が画面をスワイプした瞬間、周囲の光景が異様な変貌を遂げた。

 これまでは写真を一枚ずつ撮るように部分的に入庫されていた〝光る液体〟が、今は映像の早送りのように、絶え間なく、文字通り消え続けていく。

 噴出孔からは凄まじい勢いで龍脈水が供給され続けていても、システムがそれを認識した瞬間に、コンマ数秒の猶予も与えず在庫へと放り込まれていた。


「むちゃくちゃ速いな……」


 USC内部では、入庫と同時に鉱物粒子の分離とパレット詰めが、目にも留まらぬ速度で並列処理されている。在庫リストの数字が、スロットマシンのように激しく回転しながらカウントアップされていった。

 数十秒も経たないうちに、膝まであった青白い湖はぽっかりと底をさらけ出した。

 水が引いたことで、ようやく元凶の姿が露わになる。


「ここか……」


 岩盤がひしゃげ、凄まじい轟音と共に青白い飛沫を上げ続けている巨大な亀裂。

 十二.五メガパスカルの圧力が、まさに今も龍脈水を吐き出し続けている。

 その噴出孔の周囲には、過剰な魔力によって結晶化したトゲのような導魔石が、無数に逆立っていた。


「……これ以上は無理だな」


 噴出孔まであと数メートルの距離で、嘉人は足を止めた。

 そこから先は、激流が岩盤に激突して跳ね返る飛沫の嵐だ。とんがり帽子の鍔を深く引き下げて視界を守るが、それでも顔を叩く水滴は小石のような重みを持っている。

 何より、これ以上近づけばタブレットPCの画面が水滴で覆われ、操作に支障が出る。


「ここからはリモートでやるしかない……か。初めての機能なんだよなぁ」


 一抹の不安は残るものの、身の安全を考えればこれ以上は近づけない。

 嘉人は数歩下がり、水煙の届かない安全な作業域を確保した。

 これまでの旧バージョンなら、入庫も出庫も嘉人の見える範囲が限界だった。だが、バージョンが一.一〇に統合されたことで、複数の機能を連携させることができるようになっていた。


「まずは【エリア・マッピング】を起動させて──」


 嘉人が画面を地図に切り替えると、三次元構築された坑道の図面が展開された。

 このアプリは単なる地図ではない。透過スキャンで捉えた岩盤の亀裂、その一点の座標を正確に抽出することもできるようになった。

 嘉人は荒れ狂う噴出孔のど真ん中を指先でマークし、システムにその位置を叩き込む。


「この座標データを【入出庫マネージャー】へ転送して──」


 嘉人は流れるような手つきでメイン画面へと戻り、座標データを転送した【入出庫マネージャー】へと戻る。

 そこには既に、先ほどマッピングで指定した座標が、新機能である【リモート・ドロップ】の実行先として同期されていた。


「最後に、岩石から抽出した石灰を即席の充填剤として、形状変更で粒径二十から五十ミリにした断魔石と合わせて……総量は十二トンでいけそうだ」


 これですべての準備は整った。


「よし、【出庫】だ!」


 嘉人がタブレットPCの【出庫】をタップした。


 ──刹那。


 轟音を上げる噴出孔の〝外〟ではなく、透過スキャンによって座標を特定した岩盤の内側に、十二トンもの断魔石が直接、顕現した。


 グモォォォォォンッ!


 岩盤の底から、聞いたこともないような鈍い衝撃音が響き渡る。

 外へ噴き出そうとしていた十二.五メガパスカルの激流が、突如として内側に出現した十二トンの血栓に真正面から衝突したのだ。


「よし! 物理的な質量は効いたみたいだ。けど、ここからが断魔石を選んだ真骨頂だ」


 地下から噴き出していたのは単なる水ではない。高密度の魔力を孕んだ龍脈水だ。物理的な運動を止めただけでは、いずれ魔力の圧力に岩盤ごとこじ開けられる可能性もある。


 だからこその断魔石だ。


 噴出孔の内部で、ぎりぎりとひしめき合う砕石群が、龍脈水の魔力を強制的に中和していく。魔法的な推進力を奪われた液体は、逃げ場を失って充填剤と混ざり合い、自らの残圧によって自らを封じ込める完璧な栓へと変わっていった。


「……よし。計算通り、ただの水に戻ればこれ以上は漏れてこないな。状況終了だ。お疲れさん」


 先ほどまで恐怖すら覚える勢いで噴き出していた龍脈水は、今や一滴たりとも流れ出てこない。


 物流の規格と資材の特性──その合わせ技によって、荒れ狂う龍脈の噴出は完全に沈黙したのだった。

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