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異世界QOL爆上げ生活 〜【万物在庫管理システム】を授かったので、不便なサバイバルを最適化する〜  作者: にのまえあゆむ


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第24話 不踏を越えて

 激しい豪雨は、翌日になるとすっかり晴れ上がっていた。

 小屋から出れば、シルヴィとハルヴァが肉を寄越せと騒いできた。そういえば、豪雨の中、肉をあげることができなかったのだ。


 朝から大量の肉を焼くこととなり、朝から胃もたれを起こしそうになった。


 そして昨夜の狭い小屋での出来事は、既に記憶の彼方へ追いやった。エルネシアに対して変に意識した素振りを見せることもなく、淡々とUSCのマップを確認し、シルヴィとハルヴァに次の進行ルートを指示していく。


 そんな彼の徹底した通常運転ぶりに、エルネシアが少し拍子抜けしたような顔をしていたが、嘉人はそれに気づかないふりをして、再び大森林の奥へと歩を進めた。


 それから、さらに数日が経過した。


 一行は、嘉人が当初弾き出した予測を上回るペースで、不踏の大森林を突き進んでいた。

 エルネシアによる食事の改善は、嘉人の想像以上に心身の摩耗を抑えてくれた。温かい食事と魔法で清潔に保たれた衣服。それらはリソースの維持がいかに重要かを、嘉人に再認識させることとなった。


 道中、幾度となく強力な危険生物の縄張りを掠め、あるいは底なしの沼地に足止めされそうになったが、嘉人のルート選定と、支配種二匹の圧倒的な機動力によって、それらすべての障害は効率的に排除されていった。


 そしてついに、その時は訪れた。


「空気が変わってきたな」


 視界を塞いでいた巨大な樹々の列が、急激に疎らになり、その隙間から強烈な陽光が差し込んでくる。


「抜けるぞ」


 嘉人の言葉と同時に、シルヴィとハルヴァが最後の一蹴りで藪を飛び越えた。

 視界が開ける。

 そこには、どこまでも続く黄金色の草原が広がっていた。

 振り返れば、数え切れないほどの脅威を飲み込んできた深い緑の海が、巨大な壁のように聳え立っている。常人であれば一生をかけても踏破不可能と言われる不踏の大森林を、彼らはついに抜けたのだ。


「……戻れた……本当に戻ってきたんだ、あたし……」


 シルヴィの背の上で、エルネシアが感慨深く呟く。

 本来ならば、不踏の大森林の深部へ進めば生きて帰れる保証はない。人間の力を凌駕する野生生物は凶暴極まりなく、そもそも嘉人が住んでいた森林中心部へ──川に流されたとしても──たどり着けたことさえ奇跡に等しい。


 嘉人はUSCの画面に視線を落とした。


 USCの【エリア・マッピング】でスキャンしなければ進行ルートの確認もままならない不踏の大森林と違い、ここから先は人の手によって切り開かれた道がある。

 相変わらず、最大で半径一キロメートル先しか見えないが、それでも大森林より楽な道程だ。


「よし。ここからは視界が開ける分、ルート構築の自由度が上がる。シルヴィ、ハルヴァ、ここまで連れてきてくれてありがとな」


 嘉人が二匹の首筋を叩いて労うと、ハルヴァは誇らしげに鼻を鳴らした。


「ふふん。どうということはないぞ。それより、この森の外の匂いは面白いな! 風の味が違う。何があるのか楽しみだ!」


 ハルヴァが興奮したように喉を鳴らすと、シルヴィも「まったく、子供みたいにはしゃいでるんじゃないわよ、ハルヴァ」と苦言を呈しつつも、興味深そうに辺りをキョロキョロと見渡していた。

 彼らにとって、この踏破は過酷な旅ではなく、刺激に満ちた遠足のようなものだったのかもしれない。


 嘉人はUSCから目を離し、周囲を慎重に展望した。

 マッピング機能は依然として一キロ先を映さない。だが、肉眼の視界を遮る巨大な樹木が消えた意味は大きい。USCが描画を放棄しているその先の地平までも、今の嘉人には見渡すことができた。


「……エルネシア、君の里の方向は?」

「えっと、あっち。あの丘を越えて、ずっと南西の方に、あたしが生まれ育ったアルケインの村が見えるはず」


 エルネシアが指差した先。黄金色の草原が波打ち、その遥か向こう側に、陽炎を纏った緑の丘陵がうっすらと見えた。

 大森林という巨大な密室を抜け、ようやく嘉人の目の前に、この世界の〝社会〟が姿を現そうとしていた。


「目的地を確認した。ここからは視認情報を優先してルートを構築する。エルネシア、村が見えるところまで行ったら、一度止まってくれ。この二匹を引き連れて正面から乗り込んだら、うっかり攻撃されかねないだろ?」

「あはは、確かに! 村の猟師たちが腰を抜かしちゃうわね」


 屈託なく笑うエルネシアの横顔を、嘉人も自然と頬を綻ばせた。

 道中、彼女には何度も驚かされ、助けられてきた。本来の目的である魔器制作を依頼するにしても、彼女が万全の状態でなければ話にならない。

 だからこそ、こうして無事に送り届けることができて良かったし、送り届けた先で笑っていてくれるのが何より有り難い。


「ハルヴァ、シルヴィ。一気に距離を詰めるぞ。日没までには村の近くまで行きたい。余裕だろ?」

「当然だ! よし、しっかり掴まっていろよ!」


 ハルヴァが不敵に笑って地を蹴り、黄金の草原を切り裂く突風となった。エルネシアを乗せたシルヴィも、その後に続く。


 やがて、なだらかな丘を越えた先で、嘉人の視界にその全貌が飛び込んできた。そこは、馬蹄形に切り立った崖の懐に抱かれるようにして存在する、小さな集落だった。


 崖の下、唯一の入り口を塞ぐように、石造りの頑強な門と防壁が築かれている。その防壁の背後、崖の斜面に沿って三十数軒ほどの石造りの家々が段々畑のように並び、いくつもの煙突から細い煙が空へとたなびいていた。


「見えた……あたしの家、あそこよ!」


 シルヴィの背の上で、エルネシアが身を乗り出して声を上げる。


 一方、嘉人は目を細めて、防壁の上に設置された櫓へと視線を絞った。


 世帯数にして数十程度の小さな村のようだ。それだけに、部外者に対する警戒心は並大抵ではないだろう。

 櫓の上には、ハルヴァとシルヴィという二匹の巨獣の姿を捉え、即座に戦闘態勢に入った守備隊の姿があった。


 構えているのは、弓矢だけでない。


 櫓の先端には、複雑な紋様が彫り込まれた銀色の筒状の魔器が据えられ、その奥に格納されているであろう導魔石の脈動に呼応するように、先端の触媒部が鋭い光を帯び始めているのが、遠目でも確認できた。


「……エルネシア。再会の喜びを邪魔して悪いが、一度止まってくれ。これ以上進めば、挨拶代わりに魔法の一発でも叩き込まれそうじゃないか?」

「え?」


 里まで帰還できた喜びで周囲が見えていなかったエルネシアも、嘉人の言葉で櫓の異変に気づいたらしい。


「あー……そうなっちゃうか」

「だな。ハルヴァ、シルヴィ。あんたたちはここで待機だ」


 嘉人はハルヴァの首を軽く叩いて制止を促した。

 魔器職人の村であるならば、あそこにある防衛設備は魔法的な武器だろうと予測できる。それらの兵器も、シルヴィとハルヴァなら簡単にいなせそうだが、こちらに敵意がないことを証明するにも、まずその足を止める必要がある。

 最後の最後で、敵襲と誤認されて不必要な紛争を招くのは嘉人としても御免被る。


「やれやれ。人間は相変わらず臆病者ばかりだな」


 ハルヴァは退屈そうに鼻を鳴らしながらも、嘉人の意図を汲んでその場にどっしりと腰を下ろした。


「用が済んだら肉だぞ、肉! 忘れるなよ」

「わかってる。シルヴィも、ここでハルヴァの見張りをお願いできるか?」

「ええ、任せて。あんたも変なやつに撃たれないように気をつけなさいよ」


 二匹の軽い言葉に送られ、嘉人とエルネシアは地面へと降り立った。

 ここからは徒歩でのアプローチだ。嘉人はUSCを閉じ、武器を持っていないことを示すように両手を軽く広げ、緊張で顔を強張らせている村人たちの方へとゆっくり歩き出した。


「……止まれ! それ以上近づけば放つぞ!」


 防壁の上から、若い男の鋭い声が飛ぶ。

 確かに、巨大な魔獣から降りてきた得体の知れない存在に、村側が混乱するのも無理はない。嘉人は足を止め、隣のエルネシアに顎で先を促した。


「ほら、出番だぞ」

「任せといて」


 一歩踏み出そうとしたエルネシアだったが、ふと足を止め、悪戯っぽく口角を上げた。


「ねえ、ヨシト。あなたのことを、村の人には『不踏の大森林の奥地に隠住してた大魔道士』ってことにしといていい?」

「なんだよ、急に。俺は魔道士でもなければ、隠居するほど老いてもいないぞ」

「だって、支配種を二匹も従えて、マジックバッグ付きの魔道書とかいう訳の分からないものを使いこなして、しかも大森林から涼しい顔で現れたのよ? 正直に話すより、大森林の隠遁魔道士って肩書きの方が、みんな勝手に納得しちゃうから」


 嘉人は防壁の上の緊迫した様子を窺い、それから隣のエルネシアを見た。

 確かに、未知の存在を既存のカテゴリーに当てはめて解釈させるのは、不必要な摩擦を避けるための合理的な手段だ。この世界の常識に疎い自分が下手に弁明するより、彼女の機転に乗る方がリスクは低い。


「……わかった。余計な説明を省くための必要なコストだと思おう。だが、魔法の披露を求められても対応はできないぞ」

「大丈夫、魔道士なんてみんな偏屈なんだから! 『お前たちに見せるような安っぽい魔法など持っていない』って顔して、黙って立ってればいいの」


 エルネシアはそう言い残すと、今度こそ大きく一歩前に出た。そして両手を口の脇に添え、精一杯の声を張り上げた。


「おーい! あたしよ、エルネシアよ! 帰ったわよ~っ!」


 その声が馬蹄形の崖に反響すると、櫓の上にいた男たちが一斉に身を乗り出した。銀色の筒の輝きが、困惑したようにふっと弱まる。


「……エルネシア? エルネシアなのか!?」

「そうよ! 隣にいるのは、あたしを助けてくれた不踏の大森林に居を構える偉大な魔道士様なの! とっても凄い方なんだから、変なもの向けたら失礼よ!」


 エルネシアの堂々たるハッタリが、防壁の空気を一気に変えた。

〝大森林の魔道士〟という単語に、櫓の上の男たちがざわめき立つ。伝説の支配種を背後に控えさせ、見たこともない奇妙な衣服に身を包んだ男が泰然と立っていれば、その言葉の信憑性は嫌でも高まるというものだ。


 やがて、重々しい音を立てて石造りの頑強な門がゆっくりと開き始めた。


 嘉人はその様子を眺めながら、意識して無表情を保った。

 本物の魔道士ではないが、彼女に魔器を作ってもらうという目的を達成するためには、この世界のルールに合わせた看板を掲げるのが一番効率的だ。


 嘉人はこれから始まる不慣れな配役に向けて、心持ち背筋を伸ばした。

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