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異世界QOL爆上げ生活 〜【万物在庫管理システム】を授かったので、不便なサバイバルを最適化する〜  作者: にのまえあゆむ


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第21話 旅立ち

 嘉人の拠点がある森──エルネシアが〝不踏の大森林〟と呼ぶこの場所は、大まかな推定でも一辺が八百キロメートルから千キロメートルに及び、日本列島がすっぽり収まるサイズ感だ。

 そんな大森林の中で、嘉人の拠点はほぼ中央付近に位置していると思われる。

 そんな場所からエルネシアを里まで送り届けるには、数日がかりにの行程になることは避けられない。

 そう考えると、今の拠点をどうするべきか、大いに悩むところだ。


「今はシルヴィとハルヴァがいるから他の獣は寄ってこないけど、そうでなくなったらどうなるか……考えるまでもないな」


 あっという間に荒らされて、嘉人が戻ってくる頃には見るも無惨な光景になっているだろう。


「ここはやっぱり、まるごと【入庫】して持ち運んだ方が安全だよな」


 嘉人は淡々と事務作業を進める。

 物流において、移動先で一からインフラを整えるのは最大の無駄だ。既に完成し、安定稼働している拠点を目的地へ移送することができるのなら、それが最もリードタイムを短縮できる。

 USCの画面上から拠点のすべてを選択し、【入庫】のアイコンをタップする。


 ――パァンッ!


 乾いた電子音と共に、これまで嘉人の生活を支えてきた平屋の拠点が光の粒子となって消滅した。

 後に残ったのは、建物の重みで踏み固められた不自然なほど平坦な更地だけだ。


「家一軒と周囲の設備まるごと取り込むこともできるのね。とんでもないわ」


 大瀑布の滝裏で、導魔石の功績をまるごと取り込んでいるのを見ているエルネシアは、驚くよりも先に深い溜息をついた。


「あなたまさか、移動の先々で家を取り出して休むつもりなの?」

「そうしたいのはやまやまだけど、給排水の配管問題があるんだよ。持っていくのは、防犯と再設営のコストを考えた在庫管理の一環さ。移動中に家を出すなんて、不確定要素が多すぎて割に合わないじゃないか」


 嘉人はタブレットの画面を閉じ、ホルダーに収めた。

 土地の勾配も地質もわからない場所に、無理やり平屋を据え付ければ建付けが狂うか配管が詰まるのがオチだ。そんな二度手間に工数を割くほど、嘉人はおめでたくはない。


「じゃあ、これから数日は野宿になるわね。それなら、私でも手伝えることはあると思うけど」

「いや、野宿はするが、不便な思いをするつもりはないよ。最低限の居住性をパッキングしたセットは別に用意してあるんだ」


 家という大型拠点ではなく、設営と撤収が数分で完了する移動用キット。それをデジタルデータのまま持ち運べるのが、USCの最大の利点だ。

 ハルヴァの背に物理的な荷物を積み込む必要すらない。移動中は空荷で機動力を最大化し、休憩時にのみ必要な資材を展開する。これこそが、嘉人の考える高効率な長距離輸送の形だった。


「何から何まで準備がいいのね。まるで、この森から出ていくことをずっと前から計画していたみたいだわ」

「備えあれば憂いなし、だ。在庫の重要性は、どんな現場でも変わらないからな」


 嘉人はエルネシアにそう短く返すと、ランディング・ユニットを二セット【出庫】し、シルヴィとハルヴァの背に取り付けた。


「これからしばらく、また頼むよ。目的地はエルネシアの里だ」

「おお、いいぞ。お主居ると、退屈せずに済むからな」


 ハルヴァが愉快そうに鼻を鳴らし、その巨躯を震わせる。


「私としては、あんたが約束の肉を忘れずにくれるなら、なんだっていいわ」


 シルヴィはそんなことを言いながらも、エルネシアが乗りやすいように体を伏せた。


「おまえたちの給料分は、ちゃんと在庫に確保してあるよ。安心してくれ」


 嘉人は既に跨っているハルヴァの背で、隣に並ぶシルヴィとエルネシアを見やった。

 シルヴィが伏せてくれたおかげで、エルネシアも戸惑うことなく、嘉人が取り付けたばかりのランディング・ユニットへ腰を落ち着けることができたようだ。


「……本当、この鞍一つとっても、あなたがどれだけ移動を甘く見ていないかが分かるわね。まるであつらえたみたいに安定しているもの」

「揺れによる疲労は、判断力を鈍らせるからな。長距離輸送におけるコンディション管理は俺の義務だと思ってる。それより──」


 嘉人はハルヴァのランディング・ユニットに装着したタブレットPCから、USCの画面を操作して【エリア・マッピング】を呼び出した。

 目的地となる里の座標はまだ空白だが、これから刻まれる軌跡がどれほど長大なものになるかは予想が付かない。


「エルネシア、ここから先の道案内は君の役目だ。頼むぞ」

「ええ、わかってるわ。と言っても、あたしは川に流されて来ただけだから、確実なのは川を遡上していくことね。そうすれば──ひゃあぁぁぁ……」


 すべてを言い終える前に、シルヴィが先行して地を蹴った。エルネシアの悲鳴がドップラー効果を引きずりながら、瞬く間に森の奥へと吸い込まれていく。


「なんだかんだ、やる気じゃないか、シルヴィのヤツ。ハルヴァ、追うぞ。エルネシアが振り落とされでもしたら一大事だ」

「なぁに、ああ見えてシルヴィも繊細な身のこなしをする。お主こそ、しっかり掴まっていろよ」


 ハルヴァの言葉が終わるか終わらないかのうちに、嘉人の体に凄まじい加速度が襲いかかった。

 だが、さすがは自作のランディング・ユニットだ。深く弧を描いたU字型のホールド構造が、前傾した嘉人の体を物理的に包み込み、激しい衝撃を逃がしながらも確実に座面へと固定している。

 視線は、首の付け根に固定されたタブレットの画面へ向けられた。


(一キロ先までしか映らないとはいえ、この速度だとマップの更新が激しいな……)


 USCの【エリア・マッピング】は、嘉人の移動に合わせて半径一キロの現実を次々と描写していく。それは嘉人にとって未知の領域を塗りつぶしていく作業だが、ハルヴァたちにとっては勝手知ったる庭を駆けているに過ぎない。

 嘉人はハンドルを握る手の位置を微調整し、ハルヴァの背の鼓動に自身の呼吸を合わせた。


「ハルヴァ、先行するあいつらを見失うなよ!」

「ああ、任せておけ!」


 木々の隙間を縫うように、二頭の支配種が風を切り裂いて進む。

 それから数時間、嘉人の視界はUSCの画面と、ハルヴァの首筋越しに流れる原生林の緑だけに支配されていた。

 時折、巨大なシダ植物がハンドルをかすめ、跳ね上げられた泥が防護シェルを叩く。当初はドップラー効果を伴って聞こえていたエルネシアの悲鳴も、今ではただの風の音に紛れて聞こえない。

 嘉人は数分おきに、首の付け根に固定されたタブレットを睨み、現在速度から算出される進捗状況を、脳内の工程表と照らし合わせ続けた。


(平均時速は悪くない。だが、この密林を突っ切るルートは、足場が安定しない分だけ体力を削られるな……)


 ふと視線を上げれば、木漏れ日の角度は鋭くなり、原生林の奥底には濃い影が落ち始めている。一キロ先を検知し続ける【エリア・マッピング】の画面も、太陽光の乱反射で見づらくなってきた。

 物流マンの勘が、今日の稼働限界が近いことを告げている。


(エルネシアの言う通り、まずは川沿いの遡上ルートを進むとして……この速度を維持したまま走り続けるのはここらが限界か。そろそろキャンプ場所の選定が必要になるな)


 嘉人がそんなことを考えていると、遡上する川のせせらぎが、いつしか重苦しい水音へと変わっていることに気づいた。

【エリア・マッピング】で確認すれば、境界線が一キロ先に不自然な水位の上昇を捉えている。


(……この先の流速、計算が合わないな。水が詰まってるのか?)


 ハルヴァの走りに合わせ、USCの画面に詳細な等高線が描かれていく。そこには、上流から流れてきた巨大な岩と倒木が川幅の狭い部分に挟まり、即席の天然ダムを形成している様子が読み取れた。

 水は行き場を失って溢れ出し、周囲は広範囲にわたって泥濘みと化しているようだ。


「ハルヴァ、一キロ先で川が溢れてる。正面から突っ込むと足を取られるぞ。左岸側の斜面を迂回してくれ。そこに迂回ルートがあるはずだ」

「ふむ、水が溜まっておるのか。お主の板切れは、相変わらず鼻が利くな。よし、シルヴィに合図を送るぞ」


 ハルヴァが短く吠え、先行するシルヴィにルートの変更を促す。

 嘉人は、【エリア・マッピング】で泥濘みを避けた後に標高が一段高く、平坦な場所があることに気づいた。


(日没まであと少し。この泥濘みを抜けた先の座標が、今日の運行終了地点だな)


 移動を優先した結果、今日は一日中ハルヴァの背で揺られていた。

 ニーグリップを続けていた両腿は熱を持ち、防護シェルに伏せていた腹部には、ユニットの振動による鈍い疲労が蓄積している。


 嘉人は不踏の大森林において初めて訪れる場所での最初の夜に向けて、意識を切り替えた。

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