第20話 魔力ゼロの新理論
大瀑布の轟音が、分厚い岩壁を隔てて微かな地鳴りのように響いている。 目的の導魔石を山ほど【入庫】した一行は、夕闇が迫る大森林を駆け抜け、無事に拠点へと帰還した。
「きゅぅ~……」
シルヴィの背から滑り落ちるように地面へ降りたエルネシアは、そのまま目を回してぶっ倒れてしまった。
「あ~……やっぱり強行軍すぎたか」
嘉人は苦笑いしながら、彼女を抱え上げて室内の寝椅子へと運んだ。川に流されて衰弱していた体に、支配種の全力移動は負担が大きすぎたのだろう。
「しゃーない、明日にするか……」
嘉人はハルヴァとシルヴィに約束の塩焼き肉を山盛りに振る舞うと、自分も手早く食事を済ませた。
そして──。
明けて、翌日。
「う~……おはよう、嘉人」
エルネシアがようやく起きたらしい。寝室から、バツの悪そうな表情で出てきた。
「おはよう。体調はどうだ? 昨日は完全にヤラれた顔をしてたけど」
「言わないで」
嘉人が差し出したのは、温かいボーン・ボアのスープだ。エルネシアはそれを受け取りながら、気まずそうに視線を逸らした。
「あなたじゃないんだから、シルヴァン・フェリスに乗ったのは初めてなんだからね。あの速さで目を回さないなんて、信じられない」
「慣れればそうでもないさ。それより──」
嘉人は昨日【入庫】した導魔石を一つ取り出した。
「エルネシア。改めて聞きたいんだけど、この導魔石は魔器の中核素材みたいな話だったけど、具体的にはどうやって使うんだ?」
「あ、ヨシトは魔器を見たことないんだっけ。えーっとね、導魔石は、そのままだと普通の石と同じなの。表面に〝術理〟っていう……なんていうか、呪文みたいなものを彫って、初めて魔器の心臓部になるわけ」
「その術理ってのを彫れば、あとは魔力を流すだけで魔法が発動する?」
「ただ彫るだけじゃダメね。工房にある刻印針を使って、魔力を流しながら正確に術理を転写するのよ。少しでもズレたり間違ってたりすると発動しないわ。あるいは、別の魔法になっちゃう場合もあるの」
「彫りながら魔力を流す……ねぇ」
ということは、USCの【在庫】に材料を揃え、【アセンブリ】でどんなに精緻に魔器を複製したとしても、魔力を流しながら彫っていないから意味が無い──ということだ。
もし、魔器を手に入れようと思ったらエルネシアに彫ってもらうしかない。
「改めて確認だけど、魔器は使う人の魔力を使って、封じられている魔法を発動させるって仕組みなんだよな? じゃあ、もし仮に、魔器に魔力を溜め込んだものを触媒にすれば、別の魔器を動かせたりする?」
「……ん? どういうこと?」
「だからほら、俺って魔力回路がないらしいから、魔法が使えないわけだろ? じゃあ、他の人の魔力を何かに溜め込むことができれば、魔力回路がない俺でも魔器が使えるんじゃないかって思ってさ」
「それで、魔力を貯めることのできる魔器が作れないか……ってこと? 面白いこと考えるわね。でも、それは無理。導魔石は、その名の通り〝魔力を指定の方向へ導く石〟なの。だから、魔力を流せば指定した方向へすぐに抜けてっちゃうわ」
「なるほど……」
魔器の心臓部である導魔石は、いうなれば川ようなものらしい。川の水は川に沿って流れるが、一カ所にとどまることはない。同じ水に見えても、そこにある水は一瞬前とは別の水なのだ。
「……待てよ? そういうことなら、例えば魔力を常時吸収し、放出する魔器は作れないか? その魔器は、ずっと周囲の魔力を吸収し続けて放出し続ける。そんな川の流れみたいな魔器を作れば、いけるんじゃないか?」
「川の流れ……?」
「ああ。例えば、常に魔力を放出し続ける魔器を置いて、その隣に本来使いたい魔器を置いておく。その二つの間に、魔力を遮る板を差し込んでおくんだ」
嘉人は手近な枝を二本並べ、その間に平たい石を挟んで見せた。
「本来使いたい魔器を使う時だけ、その板を外して道を通す。使い終わったら、また板を戻して流れを堰き止める。これなら、俺が魔力を持っていなくても、板を動かすだけの腕力があれば魔法を制御できるだろ?」
「……なるほど」
嘉人が二本の枝と石を使って示した『魔力の道と堰』のモデルを見つめたまま、エルネシアは声を漏らした。
最初こそ何を言っているのかと半信半疑だったが、その理屈を噛み砕くうちに、職人としての回路が急速に熱を帯びていくのを感じていた。
「魔器そのものを動かすんじゃなくて、魔力の流れを外部から物理的に制御する……そんなの、考えたこともなかったわ。普通は術理をどう組むか、どれだけ効率よく魔力を流すかしか考えないもの」
彼女は自分の顎に手をやり、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。
「……でも、もしそれが可能なら、確かに魔力回路を持たないあなたでも、ただの切り替えだけで魔器を扱えることになるわね。周囲の魔力というのも、環境魔力を使えばいけるかも。それならスライドさせる機構……いえ、いっそ回転式にした方が……」
その瞳には、先ほどまでの疲れや気まずさは微塵もなかった。
目の前に提示されたのは、魔法学の常識を覆すような、けれど呆れるほどにシンプルな物理的な設計図だ。職人として、これほど創作意欲を掻き立てられる挑戦はない。
「面白いわね、嘉人。あなたのその川の流れの理論、私の技術で形にしてみたくなったわ」
彼女は顔を上げると、まだ手に持っていたボーン・ボアのスープを一気に飲み干した。
「決まりね。里に戻れば、最高の刻印針も大型の研磨機もある。そこであなたの理論に挑戦してみたくなったわ」
嘉人は、彼女の豹変ぶり――いや、職人としてのスイッチが入った瞬間の顔を見て、小さく口角を上げた。
だが、それでも問題が残っている。
「問題は、魔力の絶縁体みたいなものがあるのかどうかだけど……」
「あ、それは大丈夫、あるわよ。断魔石って言ってね、地脈という魔力の流れが全く届かない場所にあるわ。例えば、標高が高すぎて生き物も住めないような山頂や、草木一本生えないような不毛の地ね」
「というと、かなりの貴重品?」
「希少性で言えばそうだけど、使い道がないからね。二束三文にもならないわ」
「なるほどね……」
とはいえ、その石──断魔石がなければ、嘉人の思い描く魔器システムは作れない。
嘉人はタブレットpCをベルトのホルダーから取り出し、【ナレッジ検索】で断魔石を調べてみた。
【品目名】 断魔石
【分類】 鉱石/特殊絶縁体
【希少度】 ランク:S(極めて稀少)
【特性概略】
完全絶縁性: 外部からの魔力干渉を百パーセント遮断する。術理の定着、魔力の透過、蓄積のいずれも不可能。
地脈遮断: 地脈の影響を受けない不毛の地や高山地帯にて、数百年単位の隔絶を経て変質した石。
【現状】
在庫: ゼロ
採掘ポイント: 未検出(圏外)
備考: 本エリアは地脈の供給が過剰であるため、物理的に存在し得ない。調達には遠隔地へのルート確保、または外部組織からの仕入れが必要。
「なるほどな。この場所とは相性が最悪の鉱物ってわけだ」
「……ねぇ、あなたって何かあるとすぐにその板を触ってるけど、それって結局、なんなの? 魔器じゃないんでしょう?」
「え? あー……」
思ったよりもストレートに疑問を投げつけてきたエルネシアに、嘉人はなんと返答すべきか迷った。
日本という平穏な国で育った嘉人にとって、他人を頭から疑うのは、どこか〝性格の悪いこと〟のように感じられてしまう節がある。
だが、その一方で、自分のプライバシーを他人に明け渡すことへの強い拒否感も染み付いていた。
このUSCは、彼にとってこの世界で生き抜くための絶対的な命綱だ。もし、この魔法を使えない男が持っている魔法以上のテクノロジーの価値を、彼女が正しく理解し、誰かに漏らしたらどうなるか。
あるいは、これを奪えば自分と同じことができると気づかれたら──。
エルネシアは、まだ出会って数日の行きずりの相手だ。人柄は悪くなさそうだが、この世界の常識も善悪の基準も、嘉人はまだ完全には把握していない。
(……いや、今だからこそ試せることもある、か……?)
嘉人は一計を案じ、正しく答える前にタブレットPCの画面をエルネシアに見せた。
「念のため聞いてみるけど、ここに書かれてある文字、読めるか?」
「え? んー……」
エルネシアは画面に科を近づけると、無権に皺を寄せた。
「も……じ……なの、これ? 何が書いてあるか、ちっとも読めないんだけど」
「……そうか」
真剣に悩んでいるエルネシアの表情を見て、嘉人は確信を得た。
やはりここは異世界なのだ。使われている文字は、嘉人が慣れ親しんでいる日本語の文字とはまるで違うことがハッキリした。
今、嘉人とエルネシアは普通に会話をしているが、そこにはエルネシア側が意思疎通の魔法を使っているからに他ならない。シルヴィやハルヴァの話では、この世界の高位知性体なら生まれながらにして無意識に使っているコミュニケーション技能だ。
端的に言えば、一人一人が頭の中に自動翻訳機を持っているようなものであり、相手に伝えようとする言葉にも、その魔法の効果は及んでいる。
だが、書き記した文字にまで意思疎通の魔法は効果が及ばない。
だから嘉人が扱っているUSCは、この世界でなら嘉人にしか読めない。
(読めないなら、仮にエルネシアが悪意を持って奪ったとしても使えないわけだ。よし)
嘉人は決断を下した。
「これは……そうだな、俺にしか読めない、マジックバッグ機能付きの魔道書なんだよ」
「マジックバッグ機能付きの魔道書?」
嘉人としては、エルネシアにも理解できそうな表現で簡潔に説明できたと思ったのだが、対するエルネシアは「おまえは何を言ってるんだ?」と言わんばかりの表情を浮かべてみせた。
「そんなものが、この世にあるわけないでしょ」
「いや、ここにあるだろ」
即座に否定してきたエルネシアに、嘉人は負けずと言い返す。
「大瀑布で見つけた導魔石だって、この中に入ってるんだぜ。ほら」
嘉人はUSCを操作し、【在庫】から導魔石の一部を切り取って、さらに百グラムほどの欠片を【出庫】した。
何もなかったはずの空間から、コロリと導魔石の欠片が転がり落ちる。
エルネシアはそれを反射的に受け止め、手のひらの上の感触を確かめるように何度も握り直した。
「……本当にあの山のような導魔石を、その薄い板の中に……?」
「だから言っただろ? マジックバッグみたいな機能がついてるんだ。こいつに中身を覚えさせておけば、いつでも必要な時に、こうやって中身を取り出せるんだよ」
嘉人はホルダーベルトにUSCを戻しながら、少しだけ肩の力を抜いた。
彼にとって重要なのは、USCの仕組みを正確に伝えることではない。エルネシアが納得して、次の工程へ意識を向けられるようにすることだ。
「さっきも言った通り、俺は魔力がないだろ? だから、こういう特殊な魔道書に頼るしかないんだよ。で、この魔道書が言うには、やっぱりこの地に断魔石はないらしい」
「そりゃそうでしょうね。不踏の大森林は地脈の影響が色濃く出てるもの」
エルネシアは納得したように頷いた。
この地に断魔石がないことは、職人の知識として当然だ。
だが、それよりも彼女にとって重要なのは、先ほど嘉人が〝マジックバッグ〟から取り出してみせた導魔石の存在だった。
「……ねぇ、ヨシト。さっきの言葉、信じていいのね? その魔道書の中には、大瀑布で見つけた導魔石が、山ほどあるって」
エルネシアは、手のひらの欠片を握りしめ、縋るような、けれど確信を得たいような目で嘉人を見つめた。
彼女が命を懸けてこの森に来たのは、里の収入源である魔器作りを再開させるため、枯渇した導魔石を大量に持ち帰るためだ。嘉人の話がほんとうなら、彼女はすでにその目的を達成していることになる。
「ああ。少なくとも、当面は材料に困ることはないはずだ」
「……そう。そうよね、あんなにあったんだもの」
エルネシアは深々と息を吐き、ようやく顔に安堵の色を浮かべた。
材料は確保できた。嘉人の斬新な川の流れの理論も聞いた。
ならば、次にすべきことは一つしかない。
「それならヨシト、あたしの里へ一緒に行きましょう。そこなら最高の刻印針も、断魔石を加工するための研磨機も揃ってる。預かってもらってるあの導魔石で、あなたの理論も形にしてみせるわ」
里を救うための素材と、職人としての好奇心を刺激する新たな設計図。
その両方を手にした彼女の瞳には、先ほどまでの疲れなど微塵も残っていなかった。
「……いいね。現場にやる気のあるエンジニアがいるのは、何よりの強みだからな。じゃあ、準備ができたら出発しようか」
嘉人はそう締めくくると、力強く立ち上がった。




