第19話 大瀑布の青い希望
大瀑布の轟音が、分厚い岩壁を隔てて微かな地鳴りのように響いている。
青く、淡く、どこか脈動するような光を放つ導魔石の群生を前にして、エルネシアは目を輝かせて結晶を見つめていた。
「……信じられない。これだけの量があれば、向こう十年は導魔石に困らない。いいえ、それどころか、どんな魔器でも作れちゃうかもしれないわ」
「へぇ、そんなに価値があるもんなのか」
嘉人はタブレットを構え、既に【エリア・マッピング】から【入庫】のスキャンモードに切り替えていた。
エルネシアにとっては希望の光かもしれないが、嘉人にとっては顧客が求めている商品に過ぎない。
「エルネシア、この鉱石自体が発光しているのは、魔力が漏れ出しているからなのか?」
「いいえ、それは地脈の魔力がこの石を通る時に起こる、一種の摩擦光よ。この石自体に魔力が溜まっているわけじゃないわ。導魔石はあくまで〝魔力を通すための道〟なの」
エルネシアの説明を、嘉人は即座に脳内で翻訳する。
(なるほど。石自体が電池なわけじゃなくて、抵抗値が極めて低い魔力の超伝導体……あるいは、特定の術式を保持できるROMのようなものか)
そういうことなら、嘉人にも導魔石の使い道はいろいろあるかもしれない。
嘉人はUSCの【ナレッジ検索】を回しながら、目の前の結晶群をスキャンしていく。
【対象】:導魔石
【分類】:高効率魔力伝導性鉱物/術式記録媒体
解析詳細:本オブジェクトは魔力を伝送・変換するための物理的基板。
導魔特性:魔力損失率 〇.〇〇〇三パーセント以下の超伝導体。
保持能:特定の指向性を持った魔力を物理的に記憶可能。
警告:本オブジェクトの起動には外部魔力による起動が必須。
推奨案:周囲の微弱な環境魔力を収集・蓄積する「受動的給電回路」の実装。
(なるほど。導魔石っていうのは、魔力という〝荷物〟を運ぶための、めちゃくちゃ滑りのいい〝高速コンベア〟みたいなもんなんだ。で、エルネシアがやってることは、そのコンベアに『右へ行け』とか『火を熾せ』っていう〝仕分けの指示〟を書き込む作業だ。ということは──)
嘉人の頭の中で、ひとつ思いついたことがある。ただ、彼は魔器職人ではないので、その思いつきが実現できるかどうかわからない。
どちらにしろ、目の前の導魔石は、彼の中で〝自分に関係ないただの石ころ〟から〝利用価値があるかもしれない物資〟に格上げされた。
「エルネシア、悪いけど少し下がってくれ。一気に削り取るから」
「削り取る? って、どうやってそんな──」
言いかけた彼女の目の前で、タブレットPCを掲げた嘉人が画面をスワイプした。
――パァンッ!
乾いた電子音と共に、洞窟の一角、数メートル四方の岩盤が導魔石ごと光の粒子となって消滅した。
「……え?」
「よし、入庫完了。……ん、重量バランスを考えて、こっちの層も追加しておくか」
続けざまに、嘉人は座標を指定し、数トンの導魔石を含む岩塊を次々とUSCの仮想倉庫へと吸い込んでいく。
もちろん範囲指定すれば導魔石だけ【入庫】することもできたが、ただの岩石でも『構成編集』すれば様々な資源を抽出することができる。決して無駄なものではないのだ。
跡に残るのは、あの最初の拠点で岩壁を削り取った時と同じ、ゾッとするほど滑らかな切削面だけだった。
「ちょっ、ちょちょちょっ! 導魔石が消えたんだけど!? あなた、いったい何をしたの!?」
「消したんじゃなくて、俺の【在庫】に【入庫】しただけだよ。えーっと、わかりやすく言えば……マジックバッグに入れた……みたいな?」
「ごめん……まったく意味がわからない……」
「あれ? こう……見た目以上にいくらでも物が入る魔法のバッグみたいなものって、魔器にないの?」
「そんな伝説の魔器職人しか作れないようなものなんて、国宝になってるか大富豪しか持ってないわよ! そもそも、いくらマジックバッグでも岩盤ごとなめらかに削り取って中に入れるなんて機能、あるわけないでしょ」
「そっか。まぁ、俺のは出来るんだよ、そういうことが」
「……あなた、本当に普通の人? 不踏の大森林に住む、精霊とか神様の類いじゃないわよね……?」
「ははは。俺がそんな類いに見えるか? いたって普通の人間だよ、俺はね」
確かに嘉人は普通の人間だ。規格外なのはUSCである。
「いちおう、地表に出ている導魔石はあらかた【入庫】したけど、掘ればさらに出てきそうだな。どうする?」
嘉人の問いに、エルネシアは首を激しく横に振った。
「もう十分、十分すぎるわ! これ以上あったら、私の里どころか国中の魔器の相場がひっくり返っちゃうわよ!」
「相場か。供給過多で価格が暴落するのも困りものだよな。よし、今日の検収はここまでにしておこう」
嘉人は【在庫】の重量バランスと、仮想パレット上の導魔石の配置をタブレット上で最終確認した。
数トンもの荷物が増えたというのに、ハルヴァとシルヴィにかかる物理的な負荷は一切増えていない。データのやり取りだけで物流を完結させるUSCのチート性能を、嘉人は改めて「便利だな」と、他人事のように噛み締めた。
「じゃ、暗くなる前に帰るぞ。シルヴィ、エルネシアがまた三半規管をやられないように、帰りは少しマイルドに頼めるか?」
「注文が多いわねぇ。まぁ、いいわ。その代わり、帰ったらいつもより多く肉を頂戴ね」
「ああ、約束するよ」
嘉人はエルネシアを優しく促し、シルヴィのライディング・ユニットへと座らせた。 彼女はまだ、目の前の削り取られた岩壁と、嘉人が持つ「板」を交互に見て、夢でも見ているような顔をしていた。
「それじゃ、出発!」
嘉人の号令と共に、二匹の支配種が再び地を蹴った。
帰路は往路よりも幾分か穏やかに、しかしこの世界の常識を置き去りにする速度で、一行は導魔石を抱えて拠点への帰路に就いた。




