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異世界QOL爆上げ生活 〜【万物在庫管理システム】を授かったので、不便なサバイバルを最適化する〜  作者: にのまえあゆむ


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第17話 稀なる客人

 パチチッ、と乾燥した薪が爆ぜる音がした。

 意識が覚醒し始めた女性が最初に感じたのは、心地よい熱気と、肺の奥まで洗われるような澄んだ空気だった。

 冷たい濁流に呑まれ、死を覚悟したはずの彼女は、困惑と共にゆっくりと瞼を持ち上げた。


「おっ、気が付いたみたいだな」


 聞き慣れない、しかし落ち着いた男の声に、彼女の意識は一気に覚醒した。

 視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど滑らかな石材の天井。そして、その下に佇む黒髪の青年の姿だった。


「え……?」


 ハッとして体を起こすと、目の前に信じられない光景を見た。

 部屋の隅で、純白の大猫と無骨な灰色の巨猫が、自分をじっと見つめていたのだ。


「しっ、シルヴァン・フェリス……!」

「え? ああ、大丈夫。君から悪さをしなければ、こいつらは何もしないよ。むしろ、小舟に乗って流されてきた君を助けたのも、灰色の方なんだよ」


 毛皮の毛布を必死に掴み、後退りする彼女を安心させるように、嘉人は声をかけた。


「落ち着いて。……別に危害を加えるつもりはないよ。ここは僕の家で、あいつらは僕の相棒だ。君が川を流れてきたのを、あそこのハルヴァが拾い上げたんだ」


 嘉人はできるだけ刺激しないよう、一歩引いた位置で静かに告げた。

 ハルヴァが面倒くさそうに大きなあくびをし、シルヴィが「騒がしいわね」と言いたげに尻尾を揺らす。その、あまりに気を抜いている仕草を見て、彼女は呆然と口を開けた。


「……家? ここに? 不踏の大森林の支配種が……相棒?」


 彼女の混乱は深まるばかりだったが、嘉人が水を差し出す様子を見て、わずかに呼吸を整えた。


「……ごめんなさい、取り乱して。あなた……たち? が、助けてくれたのね。私はエルネシア。魔器作りの村の職人よ」

「魔器……?」


 聞き慣れない単語に嘉人は首を傾げたが、今はあれこれ質問するような段階ではないと言葉を飲み込んだ。


「俺は嘉人。さっきも言った通り、ここで一人で暮らしている」

「一人で……? え? ここ、不踏の大森林よね? そんなところに一人で暮らしている!?」


 エルネシアは信じがたいものを見る目で嘉人を見つめた。

 無理もない。

 彼女の常識では、この森の深部は人の命が数分と持たない禁域のはずなのだ。


「まあ、いろいろ事情があってね」


 対して嘉人は、短く曖昧な返事をするだけだった。

 さすが『気がついたら別の世界からここに転移させられていた』なんて答えても、信じてもらえるわけがない。


「其奴は魔力の回路を持ってないみたいでな。そうなると、人間の群れでも爪弾き者だろう。それでこんな場所に隠れて暮らしているのだ。はっはっは!」

「ちがぁう!」


 横から適当なでたらめを言うハルヴァに、嘉人は間髪入れずに否定した。


「……驚いた……」


 そんな嘉人とハルヴァのやりとりを聞いていたエルネシアが目を丸くしている。


「あのシルヴァン・フェリスと冗談を言い合える人間がいるなんて。この森の支配種が、自分の縄張りにいる人間を対等な相手と見なしているわけでしょう?」

「なんか気に入られたらしい」


 嘉人は肩をすくめて軽く流すが、エルネシアにしてみれば〝奇跡〟を目の当たりにしている気分だった。

 知性ある高位の存在が意思疎通の魔法を介するのは、この世界の常識だ。なので、理屈の上では人とシルヴァン・フェリスの対話も不可能ではない。

 だがそれは、種族内での伝達や、神話の怪物が一方的に下す「啓示」のような限定的なものである。今、目の前で繰り広げられているような、種族の壁を越えた対等で軽妙な掛け合いなど、彼女の知る歴史のどこにも存在しなかった。

 そんなエルネシアの驚愕の沈黙を破ったのは、嘉人が椅子を引く乾いた音だった。


「それで、こちらからもいろいろ話を聞かせてもらっていいかな? 君はどうして、小舟でこんな所まで流れ着いてしまったんだい?」

「え? ああ、えっと……そうよね。でも、どこから話せばいいのか……」


 エルネシアは弱々しく笑い、嘉人が差し出したコップを両手で包み込んだ。


「私は、ここからずっと川上にある魔器の里の人間よ。そこで生活のための道具、魔器を製造する職人をしていたの」

「えっと、一つ質問いいかな?」


 嘉人は弱々しく片手を挙げて、エルネシアの話に割って入った。


「そもそも、〝魔器〟って何?」

「えっ、魔器を知らないの……?」


 エルネシアは信じられないものを見る目で嘉人を見つめたが、しかし確かに、この家の中を見れば、魔器らしきものはどこにも確認できない。

 そもそも、嘉人は魔力回路を持っていない──と、彼の相棒であるらしいシルヴァン・フェリスのハルヴァが言っていた。そうであるならば、こんな大森林の奥深くに一人で生活している嘉人が、魔器のことを何も知らないのも理解できる。


「〝魔器〟って言うのは、魔力を流すことで特定の効果を発揮するように作られた道具の総称よ。例えば、火を灯したり、水を浄化したり……現代の生活では欠かせない必需品ね」

「そんなものがあるのか……」


 エルネシアの話に、嘉人は驚きとともに感心した。


(つまり、魔力を燃料、術式をプログラム、道具をハードウェアとするデバイスのようなものか)


 この世界における〝魔器〟とは、地球における電化製品とほぼ同義なのだ。

 電気が通っていない場所でも、電池や発電機があればスマホやライトが使えるように、この世界では人間が持つ〝魔力〟という個人資産をエネルギー源として、あらゆる利便性を引き出している。

 火を熾す手間はコンロ型の魔器が解決し、暗闇は灯火の魔器が払う。おそらくは、温度を保つ冷蔵庫のようなものや、遠くへ声を届ける通信機のようなものも存在するかもしれない。


(そうなると、この世界の人間にとって魔器がない生活というのは、現代人が電気を奪われるのと同じくらいの衝撃を伴うわけなんだな)


 だからこそ、嘉人は強い懸念を覚えた。

 インフラが〝魔法〟という未知のエネルギーに依存している以上、魔力を持たない自分はその文明圏において、文字通り無力な存在として定義されてしまう。

 嘉人は無意識に、腰のホルダーに収まった自作のタブレットケースに触れた。

 電気がなくても動く、この世界の理から外れた自分だけの道具。

 文明の恩恵を等しく享受できない自分にとって、USCがどれほどの生命線であるのかを、エルネシアの言葉が逆説的に浮き彫りにしていた。


「……で、君はその魔器を作ってる職人なんだよな? どうしてこんな所まで?」


 思考を切り替えて、嘉人が本来の問題を問いかけると、エルネシアはさらに深く表情を曇らせた。


「本当は、こんな危険な場所に来るつもりなんてなかったの。でも、里の生活が限界だったから……」

「限界?」

「魔器を作るために欠かせない『導魔石』っていう石があるんだけど、それが手に入らなくなったの。隣の里の鉱山が閉鎖されたとかで、流通が完全に止まってしまって」


 エルネシアは顔を伏せ、膝の上で拳を握りしめた。


「私の里は、その石を加工することで成り立っていたわ。石が来なければ新しい道具も作れないし、壊れた魔器を直すこともできない。だから、不踏の大森林に導魔石の鉱山を探しに入ってみたんだけど……」

「結局、その導魔石の鉱山は見つかったの?」


 核心を突く嘉人の問いに、エルネシアは弱々しく首を横に振った。


「鉱山が見つかるどころか、ミストスネークやルートトラッパーに襲われて、いのちからがら船に飛び乗って逃げたわよ……」

「あー……」


 エルネシアが挙げた生物は、嘉人も遭遇したことがある。

 ミストスネークはこちらの感覚を無効化してくる蛇だどこにいるのかわからない状態で襲ってくる厄介な相手である。ルートトラッパーは植物に擬態している生物で、天然の罠みたいなものだ。

 もっとも、嘉人の場合はその辺りの生物に襲われそうになった場合、先んじてシルヴィやハルヴァが蹴散らしてくれている。

 嘉人にとっても脅威となる危険生物だが、シルヴィとハルヴァにとっては相手をするのが面倒な雑魚扱いというのが、生物として一番の差を感じるところだ。


「それで結局、目当ての鉱石も見つからず、君は小舟に逃げ込んだまではいいけれど、流されてここまで漂流した──という感じかな?」


 嘉人の結論に、エルネシアは弱々しく頷いた。


(サプライチェーンの崩壊か……)


 嘉人の脳内には、馴染みのある〝供給不足〟という言葉が浮かんだ。

 確かに、そんな状況になれば絶望的だ。自分たちが生きていく上での仕事が奪われてしまったも同然なのだから。


「ちなみに、その〝導魔石〟っていうのはどんな石なんだ?」

「えっ? ああ、そうよね。見たことがないんじゃわからないわよね」


 エルネシアは記憶を辿るように空中に指を動かした。


「透き通った青色をしていて、内部に淡い光の筋が見える結晶体よ。魔力を流すと独特のハミング……小さな振動を起こすの。それが魔器の心臓部になるのよ」


 嘉人はその特徴を聞きながら、ホルダーベルトからタブレットPCを取り出し、【ナレッジ検索】を起動して、キーワードとして『導魔石』と『青い結晶』を入力。照合を開始してみた。


(……なるほど、地脈の魔力が結晶化した半導体のようなものか)


 解析データによれば、それは確かにこの世界の文明を支える重要素材だった。

 だが、あいにく嘉人の【在庫】には、それに該当するデータは存在しない。ざっくばらんに岩石を【入庫】していたが、その中には含まれていないようだ。


「なあ、シルヴィ、ハルヴァ。今の特徴に当てはまる石、この辺で見かけたことないか?」


 嘉人が背後の巨躯たちに問いかけると、シルヴィが面倒くさそうに片目を開けた。


「その人間が言っているのは、あの裏側に転がっている石ころのことでしょ』

「裏側?」

「ほら、私たちが最初に出会った場所よ。あの大瀑布の裏の空洞が、まさに特徴と一致する石でできてたわね』

「…………えっ?」


 エルネシアが、彫像のように固まった。


「……今、なんて? 大瀑布の……裏……?」

「ああ、あそこか」


 嘉人がこの世界に転移して、ここが異世界だと確信する切っ掛けともなった大瀑布。かなりの高さがあり、下まで降りるのも一苦労なあの大瀑布の裏に、そんな洞窟があったとは。嘉人は今の今までまったく知らなかった。


(下まで降りるのが面倒で、禄に調べてもいないんだよな、あの大瀑布。生きてく上で重要な場所でもなかったし……)


「どっ、どういうことなの!? 導魔石の鉱脈を、あなたは知ってるの!?」


 呆然と自失した様子のエルネシアが、震える声で問いかけてきた。


「え? ああ、どうやら君が探している石は、僕が最初にこの森に放り出された場所に、掃いて捨てるほど転がっているらしいよ」


 嘉人が何気なく告げたその言葉は、エルネシアは開いた口が塞がらない。

 職人として、里を憂う一人として、決死の覚悟で赴いた不踏の大森林だったが、為す術無く追いやられて流された深部は、自分の命運が尽きた絶望の淵だと思っていた。

 ところがどうだ。

 助からないどころか、確かにここに里の希望、導魔石はあると言う。自分だけでなく、里の皆が助かるのだ。


「あ、案内して! その場所へ!」


 エルネシアは、嘉人の肩を掴まんばかりに身を乗り出した。

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