第13話 新たな拠点を目指して
ハルヴァの背に揺られ、拠点へと戻ってきた嘉人はとんでもないものが積み上がっているのを目撃した。
「おいおい……この荷物の山はなんなんだ……?」
岩壁に擬態させた小屋の入口前に、ボーン・ボアやまだ見たことのない巨獣の死骸が、まるで検収待ちのコンテナのように積み上がっていた。
「おや、早かったねぇ」
そんな山盛りの死骸の前で、シルヴィが涼しい顔をして丸くなっていた。
「早かったね、じゃないよ。なんだよ、この死骸の山は!?」
よく見れば、どれも首の角度がおかしい。おそらくだが、シルヴィの牙で一瞬にしてへし折られたと思われる。
「死骸と言うと気色悪いけど、どれもこれも立派な肉じゃないか。おまえが持ってる、その不思議な板で美味くなるんだろう?」
「まぁ……出来なくはないと思うけど……」
確かに、すべて【入庫】した上で【在庫】上から構成編集を行えば、可食部と素材、不純物などは的確に選別できる。
おまけに、【入庫】してしまえばすべて〝データ〟となり、以降、時間の経過は関係なくなる。このまま放置しておけば本来なら腐敗するものも、鮮度を現状でキープしたまま保管ができる──というわけだ。
「まぁ、これだけあれば、当分は食うに困らないだろうけどさ……」
やれやれと言わんばかりに呆れながらも、嘉人は積み上げられている巨獣を残らず【入庫】した。初めて見る巨獣は、どうやらフォレスト・バイソンだったらしい。
(バイソン……牛、ってことだよな? 牛肉が手に入ったのは、地味に嬉しいな)
フォレスト・バイソン――その姿は、嘉人の知るバイソンをさらに獰猛かつ、この森の環境に特化させたような外見だった。
体長は優に三メートルを超え、全身は湿った土や苔を思わせる暗緑色の剛毛に覆われている。最大の特徴は、側頭部から前方に突き出した巨大な二本の角だ。
それは単なる骨ではなく、樹木の皮のような質感と硬度を持ち、枝分かれした先端は獲物を絡め取る「槍」のようにも見える。
また、背中から肩にかけては盛り上がった筋肉のコブがあり、岩石をも粉砕する突進力を生み出す駆動源となっているようだ。
「フォレスト・バイソンが群れで走ってきたら、並の防壁じゃ耐えられそうにないな……」
これほどの巨体と重装甲を持つ獣を、傷一つなく仕留めてきたシルヴィの戦闘能力に改めて戦慄する。
だが、物流屋としての嘉人は、すでにその資源価値を計算していた。
この分厚い体躯を支える筋肉は、間違いなく良質な赤身肉の宝庫だ。さらに、この防水性と保温性に優れていそうな剛毛や、鋼鉄に匹敵する硬度の角も、これから行おうと考えているインフラ整備において、有用な資材になるに違いない。
「それで、そっちはどう? 目当ての物は手に入れられた?」
「ああ、収穫は完璧だ。ハルヴァのおかげで、予定していた以上を確保できたよ」
嘉人はタブレットを叩き、USCの【在庫】をシルヴィに見せた。そこには『デルタ・ポテト(土壌ユニット)』と『クリムゾンベリー(苗木ユニット)』の文字が並んでいる。
「それは良かった。でも、それをどこに置くの? ここ、岩ばっかりよ」
シルヴィが不思議そうに、三方を高い壁に囲まれた拠点を見渡した。
嘉人の小屋は岩盤をくり抜き、その内部に木造二重構造を組み込んだ、この世界で最も清潔で安全な居住空間だ。だが、その周囲はただの無機質な岩場であり、農作物が育つような土もなければ、流れる水もない。
「そう。この環境にそのままデルタ・ポテトやクリムゾンベリーの苗や株を植えても、上手く適合するかわからない。だから、周囲の環境も整備し直そうと思ってね」
嘉人はそう言うと、手元にあるタブレットの【エリア・マッピング】を起動した。
画面には、現在の拠点を中心とした半径一キロ圏内の詳細な三次元地形図が展開される。
「水の【在庫】は十分あるけど、減ってきたら汲みに行かなくちゃならない。まずはその手間を減らす」
嘉人が目を付けたのは、この拠点から北西方向に位置する大瀑布だ。この世界に放り出されて、初めて見た〝異世界〟の光景は、ナイアガラの滝を凌駕する巨大な水の壁だった。
まだ一週間と経っていないのに、もはや遠い昔のように感じるのは何故だろう。
(さすがに大瀑布から直接水を引くのは無謀すぎる。けど、上流に派川があると思うんだけど……半径一キロ圏内じゃ見つからないな)
どうやらUSCの【エリア・マッピング】機能の限界のようだ。この機能は、USCが入っているタブレットPCを中心に、半径一キロ圏内までしか表示されない。
大瀑布から枝分かれした派川は、その一キロ圏内にないようだ。
「シルヴィ、ハルヴァ、ここの近くに大瀑布があるだろう? あの大瀑布を作ってる川が枝分かれしている所を知らないか? ここより高い位置にあれば、なおいいんだけど」
その問いに、シルヴィとハルヴァは互いに顔を見合わせた。
「あったかのぅ、そんな場所?」
「あるわよ。ほら、ここの崖を登った先に」
「うむ……? おっ、おおっ、そうだそうだ! あの巨大な岩壁の裏手にあったな。確か、ずっと北に行った──おお、そうだ。舐めるとピリピリする石が転がっている洞窟の近くだったな」
「……うん?」
舐めるとピリピリする石──というハルヴァの言葉に、嘉人は引っかかりを覚えた。
そして、すぐに思い出した。
「そうだ、塩だ! 塩も採りに行かなくちゃいけないんだった!」
居住環境の改善は大事だ。ストレスのない環境は、ミスの少ない作業効率を生む。
だが、それと同じかそれ以上に重大なのが食の問題である。
嘉人はこの世界に迷い込んでから、まだ三日程度しか経っていない。その間も、なんとかボーン・ボアの肉を食べたり、脂蝋樹の実を加熱調理して食べたりして腹を満たしていた。なので、空腹で倒れるような心配は今のところない。
しかし、塩──すなわちナトリウムを摂らずにいたら、一週間かそこいらで死ぬ可能性も否定できない。人間の体はそういう風に出来ているのだ。
(早いとこ塩をなんとかしなくちゃな。けど、シルヴィやハルヴァが〝かなり北の方〟というのなら、数十キロ先の場所だ。そして、どうやら派川もその近く……)
腕を組んで唸る嘉人。頭の中では、さまざまな状況や条件を元に、目まぐるしくあらゆる状況を想定し、シミュレーションが行われている。
「……よし!」
そして、結論が出た。
「シルヴィ、ハルヴァ。この拠点を放棄して、その水源と塩の洞窟がある場所へ引っ越そう!」
「引っ越し? 縄張りを変えるってことかしら?」
シルヴィの問いに、嘉人は大きく頷いた。
「ああ。物流の理想は、需要と供給の距離を最短にすること。水の確保に数十分、塩の確保に数時間かかる場所に居続けるのは、管理コストが悪すぎる。幸い、デルタ・ポテトもベリーもまだ植える前だ。身一つで移動できる今のうちに、もっと条件の良い場所に引っ越そう!」
「そう簡単に言うけど、今の住処はどうするの? 割と居心地がよさそうだけど」
「もちろん、全部持ってくよ」
嘉人はタブレットPCの【在庫】を開いた。
そこには、ハルヴァに連れられて【入庫】してきたデルタ・ポテトなどの〝在庫あり商品〟の他に、グレーアウトした〝在庫なし商品〟が並んでいる。
・木造二重壁ユニット
・高効率囲炉裏
・鏡面石製調理台
これらはすべて、嘉人がこれまでに【アセンブリ】で設計し、一度は【出庫】して実体化させたものだ。
逆を言えば、この〝在庫なし商品〟を【エリア・マッピング】に照らし合わせて範囲指定すれば、その商品だけを選択できる。
それが例え、岩壁の中に組み込まれたものであったとしても、だ。
「システム上で、設置済みの全アセットを逆引きで選択して……【入庫】!」
嘉人が画面をタップした瞬間、岩壁の奥からシュンッ! という鋭い吸気音が響くと、擬態用の外壁のわずかな隙間から、青白い光の粒子が溢れ出してすぐに消えた。
光が収まった後、嘉人が岩壁の扉を開けて中を覗くと、そこには何もなかった。床も壁も天井も、あるのは嘉人が最初にUSCで刳り抜いたままの、冷たく荒々しい岩肌だけである。
あんなに生活感のあった居住空間が、最初から幻だったかのように、跡形もなく消え去っていた。
手元のタブレットには、これまでの拠点にあった資材がすべて【入庫】され、データとして収まっている。
「よし、荷造り完了」
「おおっ! まるっと消えておるではないか!」
岩壁の中を覗き込んだハルヴァが、とても愉快そうに声を弾ませる。デルタ・ポテトやクリムゾンベリーの時もそうだったが、どうやらハルヴァは、USCの【入庫】や【出荷】で、ものが突然現れたり消えたりするのを見るのが楽しいようだ。
「あらまぁ、便利だこと。おまえが持ってるその〝板〟は、この世のあらゆるものを出したり仕舞ったりできるのね。いったいどこで手に入れたのよ、そんなもの」
「気づけば俺の前に降ってきたんだよ。まぁ、それよりも準備は整った。出発しよう」
嘉人はライディング・ユニットを取り出して、ハルヴァの背に固定した。シートに深く腰を下ろし、慣れた手つきでラッシングベルトの締まりを確認する。
「それじゃ頼むぞ。目的地はここから北にある大瀑布の派川と、その近くにある岩塩の洞窟だ」
「良いだろう」
「案内は私がやりましょうかね」
シルヴィが地を蹴って駆け出すと、嘉人を乗せたハルヴァがその後を追って駆け出す。
大型馬をも凌駕するその爆発的な脚力が、嘉人の体をシートへと押し付ける。ライディング・ユニットのサスペンションが衝撃を吸収し、嘉人は激しい揺れの中でもタブレットの画面を注視し続けた。
銀色の閃光となって先行するシルヴィ。
重厚な茶色の獣となり、嘉人と全物資を運ぶハルヴァ。
木々が背後へと飛ぶように流れ去り、一行はより良い〝住処〟となるであろう北の領域へと踏み込んでいった。




