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異世界QOL爆上げ生活 〜【万物在庫管理システム】を授かったので、不便なサバイバルを最適化する〜  作者: にのまえあゆむ


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第12話 世界を切り取る検収

 シートから降りた嘉人は、立っているだけでも膝が震えるような疲労困憊状態だった。

 ハルヴァの移動速度は、おそらく時速五〇から六〇キロ程度。しかし、体感速度としてはもっと速く感じたし、何より障害物を避けるのに飛び跳ねたりするものだから、どんなにランディング・ユニットが衝撃を抑えるといっても限界があった。


「なんだ、お主。ふらふらではないか」

「いや、ちょっと……酔った……」


 嘉人は脂蝋樹の幹に手をつき、荒い息を吐きながら深く深呼吸を繰り返した。

 物流センターのフォークリフトでも、ここまで荒い荷扱いはしない。ハルヴァという超高性能な〝配送トラック〟の加速に、まだ完全には適合しきれていなかった。


「……ふぅ。待たせた。検収を始める」


 嘉人にとって〝検収〟とは、USCが算出したデータと現物の状態を照合し、正式な【在庫】としてステータスを確定させる工程だ。システムが完璧でも、この現場判断こそが管理者の責任だと彼は考えている。

 嘉人はタブレットを構え、USCの【入庫】インターフェースを立ち上げた。


(前に大瀑布の水を指定して切り取った時と同じ方法が使えるはずだ。カメラに映る一部を範囲指定で囲えば、USCはそれを一つの在庫ユニットとして認識する)


 嘉人は画面を操作するが、ふと指を止めた。

 滝の水とは違い、ポテトは土の下だ。目視できないものをどうやって正確に囲い込めばいいのか。


「……ん? このアイコン、レイヤーの切り替えか?」


 画面の隅にある、等高線が重なったような小さなアイコンが目に留まった。それをタップした瞬間、タブレットのプレビュー画面が変色し、ノイズのような走査線が走る。


「おっ! これって『地質透過スキャン』か? こんな機能まで標準装備なのかよ」


 画面には、地中の密度分布がワイヤーフレームで投影され、そこにデルタ・ポテトの反応が、熱源感知のように赤く強調されて浮かび上がった。

 もしかすると、他にもいろいろと嘉人が気づいていない機能が内蔵されているのかもしれない。いずれ、じっくり調べてみてもよさそうだ。


「ハルヴァ、念のため少し離れてくれ。座標が重なると危ないからな」

「ほう、また何か始めるのだな? よかろう」


 ハルヴァは期待に満ちた目で数歩後退した。

 嘉人は指先を滑らせ、可視化された反応を包み込むように、複雑な多角形の境界線を引いていく。


(一個ずつ掘り出すなんて手間は時間の無駄だ。やるべき仕事は、リソースを最も効率的な形で実行することにある)


 画面上で、指定された空間が青いグリッドの境界線によってロックされた。


「範囲画定よし。【入庫】だ!」


 嘉人の指が、画面上の〝実行〟をタップした。

 次の瞬間、嘉人の目の前の地面が光の粒子となって弾ける。

 かつて滝の一部を切り取った時と同様、指定したラインに沿って世界が粒子状に分解され、空間ごとUSCへと吸い込まれていく。

 光が収まった後に残されたのは、複雑な多角形の輪郭を持つ巨大な穴だった。

 断面は鋭利な刃物で断裁されたかのように滑らかで、そこが元々どのような地表だったのかを思い出すことすら難しいほど、周囲の景観から断絶した〝穴〟になっていた。


「ほほう! これは面白い!」


 ハルヴァが、愉快そうに喉を鳴らして笑った。

 彼は穴の縁まで歩み寄ると、その垂直の断面を感心したように覗き込む。


「あの光と共に、これほどの質量を瞬時に消し去るとはな。お主、やはりただの人間ではないな! その『板』には、世界を切り取る力でもあるのか?」

「え? うーん……世界を切り取る、か。あながち間違いじゃないかもな」


 嘉人は照れ隠しのように鼻先を指で擦り、タブレットの画面に視線を戻した。

 そこには、新しい在庫データが更新されている。


【新規在庫:デルタ・ポテト群生土壌×1ユニット】


 デルタ・ポテトそのものが具体的にどれだけの量を収穫できたのか、それは拠点に戻ってからだ。そもそも、嘉人の狙いはすぐに食糧とすることではないからだ。


(在庫が尽きるたびに、この距離を往復するのはナンセンスだ。移動コスト、エネルギー消費、そして何よりリスク。その点を踏まえて考えれば、デルタ・ポテトを拠点の近くに移設した方がいい)


 嘉人の頭の中では、すでに〝拠点インフラの充実〟という、次のフェーズへのロードマップが描かれていた。在庫を補充しに来るのではなく、拠点そのものを〝生産機能付きの倉庫〟へとアップグレードさせるつもりでいる。


「ハルヴァ、次はクリムゾンベリーのところへ行こう。案内を頼むよ」

「うむ! では早速、儂に乗るが良い!」


 嘉人がハルヴァに取り付けたランディング・ユニットに乗ると、ハルヴァの巨躯が風を切って森の深部へ駆け出した。

 移動中、嘉人はタブレットの【入庫】設定を精査し、一つの機能に目をつけていた。


(ポテトは土壌ごとさらった。だが、ベリーは苗木としての移植と食糧としての確保を切り離して考えたい。……あった、スキャンの『フィルタリング設定』だ)


 やがてハルヴァが速度を落とした場所は、膝丈ほどの低い茂みが延々と続く陽だまりだった。枝先には、宝石のような輝きを放つ赤い実――クリムゾンベリーがたわわに実っている。


「着いたぞ。ここがお主の探していた実のなる場所だ。……どうだ、これも『穴』にするのか?」


 ハルヴァが冗談めかして茂みを指差した。嘉人はユニットから降りると、一房のベリーを観察して言った。


「いや、まずは果実だけを抜き出そうと思う。USCの【在庫】にすれば品質は保持されるけど、食べる時にいちいち収穫するのは面倒だろ? 食べる時にいちいちデータの中から実だけを選り分けるのも二度手間だし、今やっといた方が後々楽だろう?」


 一度データ化してしまえば、そこにあるものはすべて〝情報〟として固定される。だが、その情報の塊から、空腹時にわざわざトゲのある枝を除去して実を取り出すピッキング作業が発生するのは、嘉人としても遠慮したい。


(そこでフィルタリング設定だ。バッチリ、クリムゾンベリーの実だけをターゲティングできてるぞ)


 嘉人が画面の端にあるスライダーを微調整すると、プレビュー画面に映る茂みの緑が透過し、完熟した果実だけが鮮やかな光の点として強調された。


「対象を属性指定……よし、実行」


 嘉人が決定キーを叩いた瞬間、あたり一面に光の粒子が舞った。

 地面に穴が空くことはなく、ただ、低木の枝先に実っていた無数のクリムゾンベリーだけが、音もなく消失したのだ。


「なんと……! 果実だけを消し去るとは!」


 流石のハルヴァも、これには身を乗り出した。先ほどの豪快な現象よりも、さらに精密で正確に〝獲物〟だけを射抜くような挙動に、黄金色の瞳が驚愕に揺れる。


「消したわけじゃないぞ。【入庫】したんだ」


 やんわりとハルヴァの言葉を訂正しながら、嘉人は【在庫】を開いて確認した。


「……よし。欠損や潰れはゼロ。完璧なパッキングだ」


 だが、嘉人の作業はそこで終わらない。彼はそのまま、実を抜き取られて空になったはずの茂みに、再びタブレットPCを向けた。


(物流の鉄則はリードタイムの短縮。なら──)

「ハルヴァ、今度は株そのものを【入庫】する。拠点のすぐ近くに移植すれば、ここまで採りに来る必要はなくなるからな」

「ほう? ならば何故、最初からそうしない? すでに実を採ってるではないか」

「クリムゾンベリーは、俺にとって大切な食糧だからな。実も株も一緒くたにしてたら、食べる時にいちいち選り分けなきゃいけないだろ?」

「……なるほど。お主は後で楽をするために、今の手間を惜しまぬというわけか。カカッ、やはり面白い男だ!」


 ハルヴァの愉快そうな笑い声を背に、嘉人は再び空間座標の指定に入った。

 今度はポテトの時のように雑に切り取るのではない。スキャン画面を三次元モードに切り替え、クリムゾンベリーの根が地下でどの程度広がっているか、その生存圏を慎重にトレースしていく。


(ポテトは地中の塊茎が含まれるエリアを土壌ごと厚く削れば済んだけど、クリムゾンベリーはできるだけ根を傷めず、かつ地上の枝葉を潰さないように立体的に囲った方がいいだろう)


 嘉人はタブレット上で、クリムゾンベリーの株を土壌ごと、かつトゲだらけの枝が四方に伸びる空間を保護するように、複雑な多面体の境界線を引いていった。


(イメージとしては、巨大なプランターごとユニット化する感覚だ。拠点に再配置した瞬間に、環境変化のストレスなく光合成を再開できる状態……それが理想の移送品質だ)


 スキャンの完了を知らせる電子音が鳴る。


「範囲画定よし。【入庫】実行!」


 嘉人は一度大きく頷き、実行ボタンを力強くタップした。

 再び光の粒子が狂い咲いた。

 先ほど実だけを抜き取られたはずの低木たちが、足元の土壌ごと、一株残らずUSCの仮想空間へと吸い込まれていく。

 光が収まった後には、ポテトの時と同様の、しかしより深々と掘り抜かれたような滑らかな穴が並んでいた。


「……よし、検収終了だ」


【在庫】には『クリムゾンベリー苗木×二十八本』が追加されていた。これを拠点の近くに移設すれば、ポテトとベリーの農場のできあがりだ。


「供給源を自社の管理下に置く。これがインフラ充実の第一歩ってもんだよな」


 ハルヴァは、ぽっかりと空いた巨大な二つの穴と、何一つ残っていない地面を交互に見て、満足そうに尾を振った。


「お主、単に食う分を奪うだけでは飽き足らず、木まで奪っていくのか! 全く、お主ほど欲深く、そして合理的なヤツは見たことがないぞ!」

「褒め言葉として受け取っておくよ。さて、仕事は終わりだ。ハルヴァ、帰ろうぜ。シルヴィが暇を持て余してるだろうしな」


 嘉人は充実感とともに、ハルヴァの背に飛び乗った。

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