第31話 父に半殺しにされたボクから護符があふれて世界は元に戻った
肌を切りつけるような砂嵐。視界は数メートル先も届かなかった。
真行は、気づけば、そこに立っていた。
そこで、不思議な感覚に襲われていた。
天界にいた記憶が、溶けていく雪のように薄れていく。
白い光の中で見たものが、脳裏から消えていくのがはっきりとわかる。
地平線まで続く砂漠までも消えていくのである。
記憶のことはどうしようもないこととして、
――ここはどこか? 藤原家は? 日本は? 地球そのものは?――
と確認しなければならないことが山ほどある。
とにかく歩き出した。
感じるままに進もうとするが、目的にたどり着けるとは到底思えない。
歩き出したとき、胸のところに違和感を覚え、見てみると、内ポケットに、金色に光る杖を見つけた。
取り出してみるが、これが何か思い出せない。
しかし、大事なものに違いないと、内ポケットにしまい、再び歩き始めた。
どれだけ歩いただろう。
砂嵐が少し収まった場所に出た。
遠くに、影が見えた。
この広大な荒野の中で、たった一つの人影が近づいてくる。
近づくと、その容姿がはっきりとした。
毛布のような布きれを体にまとい、くすんだ包帯を顔中に巻き付けている。
風で体をまとっていた布がめくれると、そこには護符で覆われた左腕が見えた。
真一だった。
真行はその姿を見て、立ち止まった。
包帯の隙間から覗く眼球が、小刻みに動きながら周囲を探っていた。
真一が左腕を真行に向けた。
護符の腕が伸びてくる。
とっさに横に飛んで、回避することができた。
――神にいいように使われて……親も見分けられないのか
まあ、見分けられなくなったのは、これで二回目だよね――
と半分、あきれてしまう。
◇◆◇
再び、左腕の護符が攻めてくる。
余裕でよけることができたが、攻めてくる速さ、間隔が次第に速く、短くなっていく。
余裕はなくなり、避けきれなくなり、胸に攻撃を受けかける。
だが、護符の腕が弾かれた。
胸の小さな杖が黄金に光り輝いている。
杖を胸から取り出して、真一に向けた。
護符の腕の攻撃を杖で捌くことができた。
真一は諦めたようで攻撃をやめた。
真一の体が大きくなっていく。
背中をはじめ、腕、足、胸、肩の筋肉が異様に盛り上がっていく。
まとっていた布きれも剥がれ飛び、獣毛が生えた体が見える。
顔の形も変化し、包帯も風に飛んでいく。
現れたのは狼の顔だった。
真一の咆哮が大気を揺らす。
狼になった真一は構えた。
一瞬にして、目の前まで距離を詰め、爪で襲ってくる。
――前より、強くなっている――
と思ったが、まだ見切れる速さだった。
真一の一撃を避けたが、その攻撃は地面に及んだ。
地面は、直径十メートルほどのクレーターになる。
――これは、ちょっとまずいな――
真一の攻撃力に慎重にならざるを得ない。
真一の次の攻撃が飛んでくる。
さらに速さは増していた。
――こいつ……――
なんとか体を回転させて、わずかに腕の肉を削られる程度に回避できた。
真一の腹の下に潜り込むことができ、腹に向かって、気を最大に練った掌底を叩き込んだ。
狼の真一は天高く飛ばされ、落ちてくると地面に強く叩きつけられた。
真一は元の姿に戻って、立ち上がってきた。
印を組み、呪文を唱える。
――十二神将召喚の術式――
真行も対抗して、十二神将の召喚の術式を行う。
地面が揺れ、互いの後方に十二神将の像が現れる。
だが、真一の十二神将は、真行の十二神将の優に二倍以上の高さがあった。
――なるほど、呪力はオレを超えるか――
と感心した。
真一の十二神将が歩き出し、攻めてくる。
――だが、呪力の錬成が足りない――
一方、真行の十二神将は真一の十二神将に駆けだし、一体一体が相手を決めては素早く迫る。
真行の十二神将は、信じられない速さで真一の十二神将に組み付き、投げ、叩きつけ、ねじ伏せ、破壊する。
◇◆◇
真一が後ずさりする。
真行はその瞬間を見逃さなかった。
一気に真一との距離を詰め、首を刈るように地面に叩きつけた。
仰向けに倒れた真一の上に馬乗りになり、気を込めた掌底を打ち続けた。
掌底を打つごとに、地面が丸く沈んでいく。
真一の口から、人型をした紙片が出てきた。
紙片に印を結んだ。
紙片は無邪鬼に変化したが、倒れたまま、意識はなかった。
真一のほうも、動かなくなり、気を失った。
真一の顔はえぐられたままだったが、安らかな寝顔だった。
真行はため息をつき、立ち上がる。
上着を脱いで、真一に優しくかけた。
真一の体を中心に護符が広がっていく。
まるで地面を駆けていくような護符だった。
護符が通り過ぎた後、そこには草木が生えだした。
しばらくして、小鳥の鳴く声も聞こえ始めた。
背後から「息子なのに容赦ないのね」となつかしい声をかけられる。
振り向くと美夜子が立っていた。
傷だらけで腕を押さえている。髪が乱れ、着物も破れていた。
「それより、どうして私は真一に取り込まれなかったの?」
「へその緒だよ。君のその服に細工をしたんだ。もしかしたらって思ってね」
「わからないわ」
「へその緒ってさ。養分は腹の子供に届けるけど、それ以外のものは行き来ができないんだ。ほら、母親と腹の子供で血液型が違うこともあるだろ? でも血液は混ざらない。そういうこと」
真行は真一にかけた上着を引っ剥がすと美夜子にかけた。
「私はいいわよ。真一がかわいそうだわ」と上着を脱ごうとするが、
「真一は大丈夫」と美夜子の肩を抱いて、眠っている真一を二人で優しく見守った。
「顔と腕、治るかな?」と美夜子がつぶやいた。
「また、護符を飲ませるよ」
「まだ、続けるの?」とあきれた顔をする美夜子に、
「仕方ないだろ?」と返した時だった。
天から一筋の光が真一に降りた。
すると、真一の欠けた顔と腕が元に戻っていく。
真行は美夜子と天を見上げた。
「どういうこと?」と美夜子に聞かれたが、
「さあ……たぶん、神からのご褒美じゃない?」となぜか、神のご褒美という言葉を思いついた。
「そうね」と美夜子もなぜか納得してくれた。
◇◆◇
真一から、あふれ出た護符は、山を越え、海を越え、大地を越えて、地球を駆け巡る。
護符が通った後は、草木が生え、道が現れた。
建物も元に戻り、人も含めて生けるものたちが姿を現し始める。
世界が、何もなかったかのように元の世界に戻っていった。




