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第29話 ぬらりひょんを喰った直後、金髪美女がサタンに叩きつけられた

 指揮官から司令室の撤退が指示された。


 さすがに急襲され犠牲者も出た今、それは当然の判断だった。


 司令室にやってきたときとは別の扉が開いた。


 指揮官をはじめスタッフたちは、銃器や書類を抱え、扉から出て行く。


 ママに、「行くわよ」と言われ、


 真一はアンジェリーナの手を引き、スタッフたちの後を追った。


 扉の向こうには、地下の空間が広がっていた。


 そこには、大型トラックを含む、特殊車両が並んでいた。


 真一たちは、最も大きな車両に乗り込んだ。


 車内にはモニターが並び、司令室をそのまま移動させたようだった。


 車両が走り出した。


 薄い窓から覗くと、山道を走っているようだ。


 モニターには外の様子が映し出されていた。


 異形の者に人間が抗戦しているが、あまりの異形の数に人間は押されている。


 モニターの中で戦闘機が墜落し、大爆発を起こす。


 車両は、少し揺れたが走行に問題はなかったようだ。


 モニターには人間が苦戦している様子が映し出された。


「第一対妖魔砲、起動!」と指揮官が叫んだ。


「まず、味方の退路を確保する」


 モニターに映った山々の山腹が開いた。


 そこから幾つもの砲身が出てきた。


 砲身の先に光が集まっていく。


「第一陣を発射後、退路用扉を開く」


 指揮官がマイクをつかみ話した。


「私は対妖魔軍、指揮官である。これより、第三次戦略を発動する。皆、生きてくれ!」


 そういうと、山腹の砲身から光が発射され、縦横無尽にお寺の天地を走る。


 光は異形の群れを消し去っていく。


 お寺の参道を中心とする境内の地面が大きく開き、地下へと続く坂が見えた。


 自衛隊、陰陽師たちは、開いた坂に抗戦しながら奥へと逃げ込んだ。


◇◆◇


 真一が乗っていた車両は再び地下に潜った。


 坂道を下っているようだった。


 車内のモニターには、山腹の砲身が異形たちを狙って光を放射していたが、

 異形の者の反撃を食らい、次々と砲身は破壊されていく。


 しばらく坂道を下り、開けた場所に着いた。


 車両が止まった。


 指揮官をはじめ、真一たちが外に出る。


 その空間は、攻撃を受けた車両や傷ついた人たちで満ちていた。


 数も相当減っている。


 彼らには逃げ切れた安堵感はなく、ただ疲弊していた。


 拓にいさんと剛にいさんの姿を探した。


 見当たらない。


 戦いの前に、いっしょにモニターに映っていた人を見つけた。


 駆け寄って、


「拓にいさんと剛にいさんを知らない?」と尋ねた。


 その人は、避けるように視線を落としたまま、何も語らない。


「どうしたの? 生きているよね?」と問い詰めた。


 だが、何も答えなかった。


「これは、これは、皆さん、おそろいで」


 空間の隅から、この状況と似合わないおどけた声がした。


 皆が身構え、銃口を声がする方に向けた。


 着物を着て、杖を持った老人が立っていた。


「ぬらりひょん……」とママがつぶやいた。


「臆病者のお前が表に出るなんて……」と続けた。


「ええ、千年以上もの戦にようやく終止符が打たれるときがきたのです。こんなに喜ばしいことはありません」と老人は嬉しそうに話した。


 老人に向けて銃弾が放たれたが、老人の前に異形の者たちが立ちはだかり、老人の代わりに銃弾を浴びる。


 異形の者は倒れるが、老人は無傷で立っている。


「無駄な抵抗はやめたほうがいい。さもなければ……」


 と老人が言うと、何人かの人たちが苦しみだした。


 首をかきむしり、言葉にもならない声を発し、顔が溶けていき、


 異形のかたちをした生物が体を破って出てくる。


 現れた異形の者はまわりの人を傷つけていく。


 銃声と混乱の怒号が空間を満たした。


 ママが刀を構え、老人に斬りかかった。


 老人の前には何十もの異形が立ちはだかったが、ママがそれらを瞬殺した。


 老人に刃を下ろしたが、杖で防がれる。


 ママは遠く後ろに飛び、再び、老人に対して身構える。


 真一はママの戦う姿を見て、


――行かなければ――


「力がほしい」と願った。


 体中に力がみなぎる感覚に襲われる。


 体に獣毛が生えてくるのが見える。体が変化するのがわかる。


 だが、以前のように制御不能で飛び出すわけでもない。


 真一の意志で体を動かせる。


 また、以前と大きく変わるところは、左腕が蠢く護符だったことだ。


 老人は真一を見て、顔が青ざめたのがわかった。


 老人に向かって走り出した。


 右手の爪で立ちはだかる異形を薙ぎ払った。


 払えなかった異形はママが間に入って切り刻む。


 老人が視界に入り、間合いに入ったと感じると、護符の腕を老人に伸ばした。


 逃げようとする老人に腕の護符が絡み、吸収していく。


 老人を吸収すると、他の異形は逃げ出した。


 逃げ出した異形に向かって、残った自衛隊と陰陽師が銃器と術式で追い打ちをかけた。


 天井が揺れた。


「全員退避!」と誰かの叫ぶ声がした。


 天井が崩れた。


 落石は免れたが、天井に大きな穴が開いている。


 その穴からサタンが覗き込んでいるのが見えた。


 サタンと目が合った時だった。穴から多くの異形の群れが飛び込んできた。


 銃器と術式で群れを迎え撃つ。


 床にたどり着いた異形たちを、ママと真一で狩っていく。


 無邪鬼も炎を操り、立ち向かう。


◇◆◇


 アンジェリーナは滑空してくる異形たちに向かって腕を伸ばした。


 腕を向けられた異形たちは空中で動きが縛られると、そのまま地面に叩きつけられる。


 隣では美夜子が刀で異形を切り裂き、狼に変化した真一が伸びた護符の腕を振るって、異形を弾く。


 その傍らで無邪鬼の炎の柱が何度も立った。


 他の人間たちも抗戦できる者は抗戦している。


 だが、降ってくる異形の群れは止めどなく、次から次へと天井から降りてくる。


 敵に重力をかけ続けるのも限界に近づいている。


 まして、腕を伸ばしているだけでもきつくなってきた。


 思わず、膝をついて、攻撃が止まってしまった。


 そこを一匹の異形に気づかれ、向かってくる。


 体勢を整えようとするが、間に合わなかった。


 肩から腰のあたりを切り裂かれた。


「アンジェリーナ!」と真一の叫ぶ声がした。


 消えゆく視界の中、狼から真一に戻りながら駆け寄る真一が見えた。


 真一の顔が目の前に来たとき、意識を失った。


◇◆◇


 目が覚めたとき、目の前にマリカの顔があった。


「ねえ、ねえ、知ってる。テストで良い点を取ったら、ママとパパが迎えに来てくれるんだって?」


 とうれしそうにマリカが言った。


「誰が言ってたの?」


「所長さん」


「ママとパパの顔って憶えている?」


「ううん。憶えてない」


「そう」


 施設ではマリカといっしょのベッドで眠り、いっしょにテストを受けた。


 マリカには魔法の才能は乏しかった。他の子たちもアンジェリーナほど才能を持ち合わせていなかった。


 自分が異常であることは認識していたが、目立たないように他の子たちとレベルを合わせていた。


 マリカについては、テストでこそっと手助けをしてやっていた。


 火が出せないときには、隣でわからないように代わりに火を灯した。


 雷、風、雨も手を貸した。


 花が咲かないときには、花を咲かせたりもした。


 ある日、教官に見つかった。


 何も言われなかったが、その夜、マリカは連れ去られた。


 次の日から、火も、雷も、雨も出せなくなり、花も咲かせられなくなった。


◇◆◇


「アンジェリーナ!」


 目を開けると、目の前に心配そうな顔をした真一がいた。


 どうやら、真一に抱きかかえられていた。


 周りは護符で囲まれていた。


 まるで、護符の小さなドームの中にいる。


 真一に抱きかかえられているのもあるが、幸せな気分だった。


 切られた傷も治っている。


 もう少し、このままでいたかったが、ママの顔が浮かんだ。


 アンジェリーナは立った。


「大丈夫?」と心配そうな真一に、


「ええ、それに思い出したの。見てて」


 手のひらを上にして真一に見せた。


 指先から、雷、風、水、蔓を出した。


 それらは次第に大きくなった。


 力を溜め、一気に天井の穴へ放った。


 雷、風、水、蔓は一つの大きな渦になり、異形もろとも穴を突き抜けた。


 体が自然と浮き上がった。ゆっくりと、天井の穴に向かって飛んだ。


◇◆◇


 アンジェリーナの攻撃で、天井から降ってくる異形の群れが止まった。


 天井の穴の向こうに異形で覆われた空がぼんやり見える。その合間から夜空がのぞいている。


 アンジェリーナが天井の穴へ飛んでいく。


「行くよ!」とママの声がした。


 ママは、天井に紐を投げ、絡まると、その紐をたぐって天井の穴へと向かう。


 真一も護符で腕を天井に伸ばし、天井につながると、腕を短くし、勢いをつけ、外に出た。


 目の前には、山より高いサタンが立っている。


 周りの地面、山腹、空には異形の者が覆い尽くしている。


 アンジェリーナが天井の穴に向けた攻撃と同じ攻撃をサタンに向けた。


 だが、サタンは片手で受け止めた。


 真一も護符の腕をサタンに向けたが、伸びた護符の腕をサタンはよけた。


 サタンが何かを投げてきて、目の前に落ちた。


 隣にいたママが嘔吐く音がした。


 真一も思わず吐きそうになる。


 目の前に落ちたのは、拓にいさんの切り刻まれた亡骸と、剛にいさんの片腕しかない上半身だった。


 すかさず、大量の異形の群れが襲いかかってきた。


 腕の護符で皆を守ろうとしたが、間に合いそうになかった。


 そのときだった。


 空から大量の雷が落ちた。


 雷が異形の群れをすべて蹴散らした。


 空を見上げた。


 翼を持った馬に乗っている男の影が見えた。


 馬がゆっくり降りてくる。


 馬には、この世のものとも思えないほどの艶やかな鎧を纏い、

夜なのに光り輝く兜をかぶり、右手には剣、左手には盾を持っている。


 男は真一たちの目の前にやってきて、馬から降りた。


 男は兜を脱ぐと、眼鏡をかけたいかにもサラリーマンみたいな顔をしていた。


「奥さん、久しぶりです」とママに挨拶をした。


「五代さん?」と倒れ込んでいるママが聞いた。


「はい。すみませんが時間がありませんので」と盾に挟んでいた書類を渡すと、


「申し訳ありませんが、これらの武具の持ち出し許可書です。私の方で代筆しましたので、後で、ここに旦那さまのサインをお願いします」


「サタンが固まっているでしょ?」と五代が言った。


 真一がサタンを見あげると、サタンがじっと動かずにこちらを見ている。


「装備している武具は神器と呼ばれるもので、堕天使は攻撃できないんですよ。おっと、いけない。時間がないんだった。これから世界各地を回らなくてはならなくて。サタン退治に私も参画したいのですが、この装備では無理があるので、他を回ろうと思います。ということで、私は失礼します」


 といって、五代という人はペガサスに乗って天を駆け上がっていった。


 目の前の一連のできごとが真一のキャパを超えて、頭が追いつかない。


◇◆◇


 地面が揺れた。


 サタンの足元に暗い闇が現れた。


 暗闇から、生えてくるように剣が現れた。


 剣は陽炎に歪むような熱気を放っている。


 サタンがつぶやいた。


「久しぶりに天界の武具に見惚れてしまったわ。おかげで、俺も持っていたのを思い出した」


 といって、闇から生えてきた剣を握った。


 アンジェリーナが攻撃するが、またもや片腕で止められる。


 無邪鬼の炎に関しては、止めるそぶりも見せず、無視している。


 真一が護符の腕を伸ばした。


 サタンは今度はよけずに、剣で護符の腕を切った。


 切られた先の護符が地面にひらひらと落ちる。


「終わりか?」とサタンが問うた。


「我を喰え!」と足元で声がした。


 見下ろすと、無邪鬼がいた。


「あれを倒せるかどうか、わからないが、他に方法はない。わかっているじゃろ」


 可憐な顔の無邪鬼をじっと見た。


――無理だ。……ちょっと待て、今のボクなら――


 真一は印を組んだ。


 今は亡きおじいちゃんの最期の術式と言霊を思い出す。


 一挙一動、一言一句、克明に記憶していた。


 鮮明にイメージでき、よどみなく言葉を発することができる。


 サタンを中心に丸く地面に亀裂が走る。


 亀裂から十二神将が現れる。


 サタンを封印していた像だった。


「忌々しいものが出てきよった」とサタンが目を細めた。


 地下で封印されていたときは、サタンの何倍もの高さだったが、


 強大化したサタンの半分程度の高さしかない。


 それでも真一は呪文を唱え続けた。


 十二神将の像から光が発せられ、サタンを縛った。


――このまま――


 と思った矢先だった。


 サタンは剣を振り上げると、剣から気のようなものが周りに流れだし、十二神将の光を相殺した。


 自由になったサタンは、十二神将を次々と剣で切った。


「もはや、俺を封印することはかなわぬぞ」


 高笑いするサタンに、剣先を向けられる。


 サタンが剣を振り下ろした。真一に向かうはずだった刃は横に逸れた。その先にママがいた。


 ママは刀でサタンの剣を押さえたが、力の差は歴然で、山の近くまで飛ばされた。


 その返す刀で、アンジェリーナを切ろうとする。


「アンジェリーナ!」


 真一は護符の腕を伸ばし、サタンの剣を防ごうとするが、護符は切られ、アンジェリーナの体は剣で地面にたたきつけられた。


 彼女の体が弾んで目の前に落ちた。


 手を伸ばせば届く距離だったが、動けなかった。


 アンジェリーナの体は、曲がってはいけない方に曲がっていた。


 息をしていなかった。


 動いていなかった。


 眼だけが、見開いたまま、真一を見ていた。


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