第21話 金髪美女の優しい嘘にボクは救われた
牛鬼との戦いに巻き込まれてから、もう一週間も経っていた。
その間、アンジェリーナは真一に会わせてほしいと何度も美夜子にお願いしたが、真一の居場所は教えてもらえなかった。
「傷も癒えておらず、疲れとショックでまだ会わせられないの」というのが、いつもの答えだった。
美夜子にそう言われると何も言えない。
最後に見た真一の姿を思い出すたびに胸が締め付けられるように痛くなった。
美夜子は時々、真一の様子を教えてくれる。
「食事が食べられるようになった」
「今日は機嫌が良かった」
「少し笑ってくれた」など聞くことができた。
快方には向かっているようだが、傷は相変わらずのようだった。
真一はいつまで経っても帰ってこなかった。
それでも、いつもの明るい美夜子に、無駄口ばかり叩いている無邪鬼。
体育祭の前とは変わらない二人だった。
でも、どこか寂しそうだった。
もちろん、アンジェリーナも寂しかった。
だから、こちらから真一のことを聞くことはやめようと決めた。
いつもの夕食の後、アンジェリーナは美夜子と並んで食器を洗っていた。
「ねえ、真一に会ってみない?」
突然、美夜子がそう言ってきた。
「いいんですか?」
「ええ、どうも元気がなくてね。あなたから励ましてやってほしいの」
「わかりました。お役に立てるかどうかわかりませんが……」
「お願いするね」
「実はどうしても真一に伝えたいことがあったんです」
美夜子は蛇口を閉め、タオルで手を拭くとアンジェリーナを振り返った。
「いい? わかっていると思うけど、過度な励ましはしないでね? 無垢な少年をたぶらかすのはなしよ」
美夜子の口元は笑みを含んでいたが、目には微塵も含んでいなかった。
釘を刺された。そんな気はなかった。ただ三崎愛理のことは伝えないといけないと思っていた。
◇◆◇
アンジェリーナは、白い廊下を美夜子に案内されて進んだ。
ガラス張りの部屋に行き着いた。
部屋の中にはモニターが並び、白衣を着たスタッフが、さらに奥の集中治療室の真一の状態を監視していた。
「中に入って、真一に声をかけてくれる? 私はここで見ているから」
アンジェリーナは頷いた。
集中治療室のドアを開けた。
白い壁。白い床。機器がいくつか並び、モニターが静かに数値を刻んでいる。
外にいる美夜子たちは白い壁の向こう側にいるが、見えない。
ベッドに、真一が眠っている。
白いシーツを被って、横たわっている。
顔は、きれいだった。傷一つ見えない。
ただ、頭部の右側は包帯で覆われ、包帯の隙間から護符がわずかに覗いていた。
左腕はなかった。シーツの左側の腕のところが平らに沈んでいる。肩から先がないのだ。
アンジェリーナは、息を呑んだ。
アンジェリーナはベッドの横に椅子を引き寄せ、座った。
しばらく、真一の顔を見ていた。
寝息が聞こえる。穏やかな寝顔だった。この顔だけを見ていれば、何も起きていないように思える。
「真一」
小さく呼んだ。
真一の瞼が、かすかに動いた。
ゆっくりと、目が開いた。
焦点が合うまで、少し時間がかかった。天井を見て、それからアンジェリーナの顔を見た。
「……アンジェリーナさん」
かすれた声だった。
真一はアンジェリーナを見つめた。
「ひどい顔でしょう?」
「そうね。いつものひどい顔ね」
「ひどいな」
「痛いの?」
「いや、痛くはない」
「じゃあ、こんなところでいつまでも寝てないで、家に帰りましょうよ」
「そうだね。でも体が動かないんだ。それにボクなんて……」
アンジェリーナは椅子に深く座り直した。
「三崎愛理ね?」
真一の顔が、かすかに強張った。
「前に、三崎愛理とお話ししたことがあるの」
「なんて言っていました? いや、言わなくてもいいです」
真一はそう言って、アンジェリーナから目をそらした。
「彼女、言っていたわ。幸せすぎるって。学校が楽しくて、友達がいるのが楽しくて。自分には分不相応だって」
真一は目を閉じた。
「でも、それはいつか終わるってわかっていたみたい。怖がっていたわ」
真一の唇が、わずかに震えた。
「それに失ったら、きっと誰かのせいにしちゃうって。その人のせいじゃないのに。……だから、本当の自分を受け入れてくれる誰かが必要だったのね」
アンジェリーナは続けた。
「それで、最後にこう言っていたわ」
間を置いて、
「こんな私がこんな楽しい生活を送れたのは、真一のおかげだったって」
真一はアンジェリーナをじっと見た。
しばらくして、真一の口が開いた。
「嘘ですね」
アンジェリーナは少し笑った。
「嘘じゃないわ。私はそう聞こえたもの」
真一は目を閉じて、口元に微笑みを浮かべた。
アンジェリーナを見ると、
「ありがとう」と言った。
アンジェリーナは不意に胸が詰まった。落ち着きをなくしそうになる自分を、必死に抑えた。
「こんなところで、寝てばかりいないで。出かけましょう。彼女も心配しているわ」
真一は小さく笑った。
「それも嘘だね」
「どうかしら」
二人は黙った。
機器の音だけが、静かに時間を刻んでいた。
真一はアンジェリーナを見つめていた。アンジェリーナも真一を見つめた。
「でも、その顔じゃあ、出かけられないね」とアンジェリーナ。すると真一が、
「これね。多分、大丈夫だよ」と言って、包帯を押さえた。
包帯が動いている。まるで何か生物が包帯の中で蠢いているようだった。
動きが止まると包帯をほどきだした。
そこには、元の傷のない真一の顔があった。なくなったはずの左腕もある。
「どういうこと? 何が起きたの?」
真一が左腕の肌を軽く摘み上げると、そこから数枚の護符が、鱗のように剥がれた。
「そういうこと。もしかしたらできるかなって思って、やってみたら、この通り」
アンジェリーナは思わず真一を抱きしめた。
でも、それは間違いだった。
壁の向こうに、異様な殺気を感じたのだ。
美夜子が見ているのを忘れていた。
アンジェリーナは慌てて真一から離れた。何もなかったように椅子に座ると、口元を手で押さえて咳をした。
真一が固まっている。その反応があまりにも初々しくて、アンジェリーナは思わず笑ってしまった。




