第19話 眠れる神が目を覚ますと天使がささやき悪魔があざわらった
真行は住宅街で車を止めて待っていた。
真一が組織の施設に運ばれてきて、二日になる。
バックミラーに映る家から少女が出てくるのを確認すると、真行は車を降りた。
少女に近寄ると、
「ああ、真一君のお父さん! お久しぶりです」と少女は挨拶をした。
屈託のない笑顔だった。真一の幼なじみとして、何度か藤原家にも遊びに来たことがある。そのときと同じ、人懐こい表情をした加藤瑞穂だった。
真行は背筋を伸ばし、静かに頭を下げた。他の人には気づかれないように小さく。
「斯様な場にての拝謁、何卒ご容赦ください」
加藤瑞穂の顔から笑みが消えた。
それと同時に周囲の空気が変わった。
「許す」
低く、静かな声だった。その言葉で時間が止まった。
聞こえていた鳥の鳴き声が止み、道路を走っていた車、通りを歩いている人たちが静止した。
「恐れながら、お伺いしたいことがございます」
「何を聞きたい?」
少女とは思えない低い声だった。
「神は息子に何をさせようとしているのです?」
加藤瑞穂は答えなかった。
「まさか贖わせるつもりですか?」
加藤瑞穂はため息をつき、
「神々の御心を、我々ごときが推し量ることはできないのです。この私、ガブリエルにとってもそれこそ不敬にあたるのです」
天使から情報を得ようなんてこと自体、無理だとわかっていた。天使は神に盲目的に仕えるだけだというのは昔からの定説だった。
「ただ」とガブリエルは話を続けた。
「天界に、噂が流れています」
――まさか、天使が天界のことを話すのか?
ありえない――
ガブリエルは少し間をとった後、
「眠れる神が、目を覚ますと」
真行は目を見張った。
「それは――」
「噂です。あくまでも」
そういって、ガブリエルは黙った。
車や人が動き出した。鳥のさえずりも聞こえ出す。
「じゃあ、また……」
加藤瑞穂の声は、明るく、軽く、天真爛漫な女子高生の声に戻った。
手を振って歩き出した加藤瑞穂が見えなくなるまで、見送った。
――眠れる神が、目を覚ます――
真行は踵を返し、考え込みながら歩き出した。
◇◆◇
「これは、これは。悪魔界のお偉方がおそろいで、どうされました?
まあ、玄関先で話すのもなんですので、どうぞ。お入りください。狭苦しいところでございますが。今、お茶をいれますね。
ええ、上等な茶葉が手に入ったんです。
どうぞ、おかけして待ってください。
ええ、わかっていますとも。人間界の話でございましょう? 悪魔にしては珍しく神と仲の良い私を慕ってこられたのでしょう?
といわれましても、私も何も聞いていなくて……いえ、本当です。
嘘をつくなとおっしゃいますが、嘘なんてとんでもない。私は正直が取り柄でございまして。ええ、ええ、そのお顔、信じていらっしゃらないのはよくわかります。
少年? 噂程度には知っています。相変わらず神のすることは私のような凡人には計り知れません。
え! そうなんですか? その少年の家が代々ルシファー様を……へえ。いえ、本当に知らなかったんです。
じゃあ、このことにルシファー様が絡んでいると?……かもしれませんね。
あ! 今はルシファー様ではなかったですね。堕天使になられてサタン様でしたか、そう呼ばれていると……
天界の噂? 眠れる神様でしょ? もちろん聞いています。もし本当だったら大変なことになりますね。でも、どうなんでしょうね?
え! もうお帰りになる?
もうすぐ、美味しいお茶を用意できますが……
そうですか。それは残念です。
お役に立てず申し訳ありません。何かわかりましたら、お知らせしますので。
ええ、いつでも遊びに来てください。歓迎します。それでは。
行ってしまいましたね。
ああ、何百年ぶりにわくわくしますね。この感情がまた味わえるなんて夢みたいです。
こんな楽しいこと、誰にも邪魔はさせませんからね」




